24聖女として生きていくことを強要されました
「ああ、これが異世界転生というやつか。」
「この子の名前はソフィアにしましょう。私たちの大切な娘。」
ソフィアと名付けられた赤ん坊が、ある貴族の家で誕生した。彼女はすくすくと病気をせず、健やかに成長した。性格はおとなしく、年齢の割に大人びている雰囲気を持っていたが、どこにでもいる普通の娘だった。誰も、中身が三十歳を過ぎた異世界の女性だということは信じないだろう。
「今年でやっと十五歳です。私があの事故で死んでいなければ、あれから十五年たったということ。ということは……。いや、考えるのは良しましょう。今はこの姿が私なのだから。」
ソフィアは誰もいない部屋でぶつぶつと独り言をつぶやく。
「それにしても、転生として定番なのは、女性だと悪役令嬢のヒロインとか悪役とかが多いみたいだけれど、私は何の役割を果たせばいいのかしら。」
ソフィアは、貴族の令嬢らしい。しかし、ソフィアの中身である女性は、いまいち自分が置かれている立場が理解できないでいた。そもそも、女性は貴族間の恋愛小説が好きだったが、身分さの男女のすれ違いや葛藤が気に入っていたのであって、貴族階級の伯爵や侯爵については、適当に流し読みしていた。そのために、いざ、自分が貴族階級に転生しても、よく理解できないでいたのだ。
「でもまあ、私は乙女ゲームをしていたわけではありませんから、これがどこかのゲームの世界だったとしても、わかりようがありませんから、考えてもどうしようもないということでしょうか。」
ソフィアはこの時、人生を楽観視していた。何かのゲームになぞらえていなければ、何も起こらず、平穏な毎日が送れるだろうと思っていた。しかし、それは大きな間違いだと気づくのは、十五歳が終わり、十六歳の誕生日目前になってからのことだった。
「ソフィア。私たちの大事な娘。大事な話があるから、聞いてちょうだい。」
彼女の両親はソフィアをたいそうかわいがっていた。一人娘ということもあり、甘やかされていたと自覚があった。十六歳の誕生日を控えたこの日、主催者であるソフィアの家では、誕生日パーティの準備に奔走していた。そこに、両親がソフィアを呼び止めたのだった。
「はい、何でしょうか。お父様、お母様。」
ソフィアの中身の女性は、自分がソフィアとして転生したことにすっかりと慣れ、言葉遣いや仕草も違和感なく、貴族令嬢として溶け込めるまでとなっていた。そのしぐさに満足していた両親が ソフィアに改めて話があるとは珍しい。ソフィアは、前世でのことを思い出し、話の内容を推測する。
「貴族社会って、女性の結婚が早かったかしら。そう、十六歳で結婚とか全然あり得るのだったわ。だとしたら、お見合いについての話かもしれないわね。」
ソフィアは、人見知りする性格だった。前世の彼女がそうであったため、そのままソフィアの性格も人見知りな性格となってしまったのだ。さらには、彼女は前世で男性恐怖症だったため、今でもそのことが尾を引いていて、男性と親しくなることができないでいた。
「十六歳で結婚とか、私が転生前の頃だったら、ただの盛りのついたガキとしか思えなかったけれど、まさか自分が十六歳で結婚する羽目になるとは思いもしませんでした。」
ソフィアは少し浮かれた気分で、両親の話を聞くために、応接間に向かった。彼女は自分の家の状況を把握していなかった。最近、使用人の姿が少ないことや、料理の品数が減っていること、ドレスの新調をしていないことなど、兆しはあったのに、それを気にすることをしていなかった。
ソフィアが応接間に向かうと、すでに両親がソファに向かい合って座っていた。何やら深刻そうな顔をしているのが気になった。
「自慢の娘を嫁がせるのだもの、真剣に見合い相手を探すのは当たり前のこと。お父様もお母様もあんなに真剣に悩む姿は初めて見たわ。」
「お父様、お母様、お話とはいったい何のことでしょうか。私の誕生日パーティの準備を止めてまでの話ということですが。」
一週間後に十六歳の誕生日を迎えたソフィアは、誕生日パーティの準備に追われていた。
「そのことだけどね。誕生日パーティは、今年は中止になった。もうすでに話は招待客にはしてある。みな、残念がってはいたよ。まあ、この家の現状を知っている者からしたら、パーティをやるという計画自体が無理だと知っていたから、特に問題は起きていないよ。あまつさえ、できもしないパーティをひらくなんてと笑われてしまったよ。」
「な、なにを言っていますの。お父様。だって、もう一週間後に控えているではありませんか。それなのに、今更中止などと……。」
「かわいいソフィア。よく聞いておくれ……。実は、私たちの家は……。」
あまりにも衝撃的な話の内容に、途中から上の空となり、そのまま両親の話が終わるまで、正気の戻ることはなかった。そのため、両親の話した内容は、ソフィアの頭に入ってはいなかった。その部分の記憶だけ抜け落ちているという始末だ。
両親の話が終わり、自分の部屋に戻る頃にようやく、ソフィアは正気を取り戻した。そばに控えていた使用人に両親の話がなんだったのか、聞いてみると、使用人の年配の女性は嫌な顔一つせずに、丁寧に説明してくれた。
「この家の主人と奥様がお話しした内容は以上となります。お二人とも、一人娘のお嬢様を手放すのは苦渋の決断だとおっしゃっていましたよ。」
ソフィアは知らなかったのだ。父親の事業がうまくいかずに、大量の借金をこさえていること。返す当てがなく、もう貴族としての生活をしていくことができなくなりつつあること。
不幸中の幸いと呼ぶべきことは、自分の自慢の娘が司祭のお眼鏡にかなったことだった。だからこそ、両親は自分の娘よりも、貴族の体裁を保つ選択をした。自分の娘を売ることで、貴族として生きていけるのならばということらしい。
その日、ソフィアは考えることを放棄した。考えることはたくさんあるのだが、それを頭が拒否していた。だからこそ、就寝には早いが、夕食後にはすぐに湯あみをしてベッドにもぐりこみ、ふて寝することにしたのだった。
次の日、ソフィアは改めて、自分が置かれている状況を把握するために、再度両親に昨日の話をしてくれるように頼んだ。両親は、娘が自分たちに抵抗することがあってはいけないので、二回目の説明にも関わらず、懇切丁寧に話し出した。
「昨日の一度で理解できるわけがないわよね。ごめんなさいね。ええと、単刀直入に言わせてもらうと、あなたは、十六歳の誕生日の日に、司祭様と共に聖フローラ共和国へ向かうことになっています。これからは、聖女として生きていくのですよ。」
「ソフィア、私たちもこの選択は最終手段にしたかったのだけど、どうしても、私のやっている事業がうまくいかなくてね。私たちの家の家系は今、火の車なんだ。どうか、わかってくれるかい。」
いきなりそう言われて、わかるはずがないが、これはすでに決定事項のようだった。そのため、ソフィアに否と答えることはできなかった。それも承知で両親は畳みかけるように話し出す。
「司祭様がソフィアのことをたいそう気に入られてね。ソフィアには聖女の才覚があると言ってくださったのだ。だから、これからは、司祭様のいうことをよく聞いて、立派な聖女になってくれるように祈っているよ。」
司祭という言葉に、ソフィアは自分が売られる先が教会だということを理解した。聖フローラ共和国といえば、聖女を輩出する有名な国であった。司祭といえば、ソフィアも一度会った記憶がある。去年の誕生日パーティの招待客にいた男だ。あの時から、ソフィアのことを値踏みしていたのだろうか。とはいえ、ソフィアが気に入り、両親は多額のお金と引き換えにソフィアを打ったことは事実。
「この家のためならば、仕方ありません。お父様とお母様と離れるのは辛うございますが、精一杯聖女としての勤めを果たしたいと思います。」
一週間はあわただしく過ぎていった。そして、誕生日当日、司祭と呼ばれる中年の中肉中背のパッとしない男がソフィアを迎えに来た。
「さあ、行きましょうか。」
「さようなら。」
こうして、ソフィアは十六歳の誕生日を迎え、司祭に売り渡され、聖フローラ共和国へと旅立つのだった。ソフィアの地獄のような日々が始まりを告げた。




