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嘘と詐欺のあとに 2


「よくここまで来れたな」

「……」

「嫌味ではないよ。―――あの街からこの都市まで、よく来れた」

 あのままひとりでどこかへ行ってしまう可能性も高いと思っていた、とサムは続けた。

「―――そうであってもおかしくないと、思っていたよ」

「―――そうだね」

 呟く。……ひとり、落とすように。

 そんなミユキを見下ろして、……サムが言った。

「……まだ赦せないかい? 君のことを」

「……」

「このままでいることを彼は望んでいない。……君だって、わかっているだろう」

「……」

「……僕がが鷹の眼を持つならば、君が持つその眼は鏡だ。

どんな幸福も残酷さもそのままその眼に映す眼だ。

相手をそのまま映すから、相手の想いをもそのまま映す。

君の眼を見るだけで、その相手は君がどれだけ愛し愛されて来た人間なのかがわかる。

その相手は君を通して、かつて君を愛した人間を想う。君を形作ったひとを想う。

―――だから君の眼には過去も映る」

「……」

「僕はずっとずっと、やさしいひとは可哀想だと思っていた。利用されて、何も棄てられなくて、抱えたままで、それが苦しくて、やめたくて、けれどやさしいが故にやめられなくて。―――でも気付いた。僕の周りにいるやさしいひとは―――みんなみんな、本当に強い人間だった。弱さなんかに敗けない、戦うことと涙を流すことの尊さを識っている―――本当に高潔なひとたちだった」

「……」

「君はひとりぼっちじゃないんだ。彼に過去の全部に会いに行かれて、彼と別れてからだって今だってこれからだって、ひとりじゃなかったんだ。―――ひとりで生きていけるほど、君は弱くないんだ。

いいか、ゴールなんてないんだ。気持ちに終わりなんてどこにもない。

君は、悲しいんじゃなくて、さみしいんだ」

「……ッ、」

 想いが、

「……識って、るんだよ」

 苦い。―――痛い。

「それは想いで、それは希望で、それはファンタジーで、それは祈りで、それは……愛なんだ」

 識っている。識っている。―――あなたを失った時から、識っている。

 だからこそ苦しかった。だからこそ辛くて痛かった。

「わたしがオーリを想って撮った写真が、作品が、いつか誰かの眼に止まるかもしれない。誰かの心臓を直接叩くかもしれない。

 その誰かがその写真を見てなにか決断するかもしれない。なにかを辞めるかもしれない。なにかをはじめるかもしれない。なにかを続けるかもしれない。……選択して、自分の人生の路を変えて……その先で出会うひとに、なにか言うかもしれない。大切に大切に、なにか言葉を伝えるかもしれない。それが誰かの心臓を直接叩くかもしれない……そうやって形を変えて、ずっとずっと続いていくんだ」

 馬鹿みたいな夢物語。

 笑う? ―――笑って、いいよ。わたしだって馬鹿だと思うから。―――けどね。

 わたしはそんな馬鹿であることを誇りに思うんだよ。胸を張ってしまう、そんな人間なんだよ。

「識ってるんだ……オーリを失くした。でも、すべてを失くしたわけじゃないんだ。だって、続いていく。どんな形になろうとも、わたしはオーリのすべてを失くしたわけじゃないんだ……」

 だって。―――だって。


「キサラギオーリは、わたしのことを愛しているから」


 オーリ。

 ずっとずっと想っている。思い出すまでもなく、想っている。

 あなたが愛してくれたわたしが、あなたのことを愛しているわたしが誰かと関わり続け生きていく限り、あなたは永遠に消えない。

 例えわたしが死んだとしても、あなたを想って生まれたものは消えない。いつかどこかで、誰かの心臓を直接叩くかもしれない。

 その誰かもどこかへ行く。歩いて、進んで、誰かに会って―――形を変えて、輝き続ける。

いつかは明ける夜のために

夜が続けばいいと思っていたのに。

終わらないでいいと思っていたのに。

オーリ。

ごめん、好きだ。

オーリ。

ごめん、大好きだ。

オーリ。

ごめん、愛してる。

オーリ。

ごめん、会いたい。

オーリ。

ごめん、忘れられない。

オーリ。

ごめん、嘘じゃない。嘘なんかない。

オーリ。

ごめん、ごめん、ごめん。


こんなに月日が経っても。

あれからどれだけのひとと出会っても。

わたしの中にはあなたがいる。あなたがいい。―――あなたに会えるのなら、わたしは死ぬことすら容易い。

あなたと一緒にいたい。

あなたと一緒に生きたい。

あなたと手を、繋いでいたい。

いたい。痛い。

これだけ経っても、あなたの不在が、痛みになる。

オーリ。

ありがとう、好きだ。

オーリ。

ありがとう、大好きだ。

オーリ。

ありがとう、愛してる。

オーリ。

ありがとう、会いたい。

オーリ。

ありがとう、忘れられない。

オーリ。

ありがとう、本当だ。本当しかない。

オーリ。

ありがとう、ありがとう、ありがとう。

愛してる。

愛してる。―――心の底から、どれだけ経っても愛してる。

―――だから。

「……選ぶ、よ」

あなたはわたしの過去に会いに行くと言った。

未来のわたしには、一言も触れずに。

ずっとずっと気付いていた。最初から気付いていた。

それは、わたしに未来を与えるためでしょう? わたしの未来を、自由にするためでしょう?

馬鹿だね。―――本当に、馬鹿だね。

あなたに縛られたいと思っていさえするのに―――だからこその、言葉だったのかな。

オーリ。

オーリ。

あなたは本当に―――わたしのことを、愛してくれる。

あなたがいる。あなたがいた。ただそれだけで、世界は素晴らしい。

なんて素敵なところで出会えたんだろう。なんて素敵な時間を過ごせたんだろう。

「―――君は本当に、愛されて生きて来たんだな」

「……識ってる」


「識ってるよ」


溢れ出る涙は止まらない。

その温度が愛おしい。

「……ありがとう」

ありがとう。

愛してくれて、ありがとう。

本当に、本当にありがとう。

だから選ぶよ。

愛してる。愛してる。―――本当に、愛してる。

「……オーリ。生まれてきてくれて、生きててくれてありがとう。わたしを選んでくれてありがとう」

おやすみなさい。

ありがとう。

愛しているよ。


―――またね。



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