セントエルモの光跡 3
夢が嫌いだった。いい夢でも悪い夢でもどちらでも、夢というものが嫌いだった。
現実ではないところ。
現実のようなリアルさ。
まざまざと見せ付けられて、眼が醒めて、この世界の話ではないのだと、思い知る。
いい夢を見て希望を持ちたくない。悪い夢を見て絶望したくない。
いい夢を見ても悪い夢を見ても、結局は絶望するのが夢を見ている最中か夢を見たあとかの違いになるだけだ。
眠ることが嫌いだった。眼を醒ましたくなくても眼醒めるのが怖かった。もう二度と眼醒めたくなかった。
一番怖いのは朝だった。どんなに辛くても世界は必ず明るくなる。それが耐えられなかった。そのひとの不在など世界からしてみればどうでもいい取るに足らないことなのだと突き付けられるようで嫌だった。
失うことが怖かった。
得ることが怖かった。
変わることが怖かった。
時間が過ぎることが怖かった。
あの日からミユキは、ひとりでは立っていられないほど、臆病になった。
「彼と最期に逢ったあと、やっぱり君は泣いていた」
頬を伝う涙をブレンダンが拭った。
「僕はそれからもずっと、彼を看ていた。―――最期まで、看ていた」
ブレンダンがこの街の病院に配属されたのは、およそ六年前のことになるとカーターは言っていた。
そう。―――オーリが入院するのとほぼ同時期に、だ。
「……あなたはとても、優秀なひとなんだね」
あとからあとから静かに零れ続ける涙をブレンダンに拭われながら―――小さく、ひとりごとのように零す。
「サムから指示を受けてこの街に来てくれたんでしょう? オーリが少しでも苦しまないようにと、来てくれたんでしょう?」
―――あの探偵が、あのひとが、別れたあとミユキたちがどうなったを知らないなんてことは、なかった。
すべてを識って。―――そして動いた。
最期の餞に。餞別に。少しでも何かをと。
「……サムの指示はこうだ。『彼の望むように』と」
「……」
「それ以上の指示は、ない。……彼を看取った時点で、僕の仕事は終わりだったんだ」
「……」
「……僕はね。君に、恩があるんだ。君たちに、恩があるんだ」
「……なにを……」
ブレンダンが笑った。涙を拭う指先がそっと、ミユキの頬を撫でる。
「ありがとう。アレックスを―――僕の義姉と甥を救ってくれて、本当にありがとう」
ブレンダン・ベーカーは微笑んだ。
心の底からうれしそうに、微笑んだ。