アウロラの夜明け 8
ドラム缶で焚かれた火の隣に立っている。それでも寒さは痛みだったが、それでも。
それでも見たいものが、そこにはあった。
「……ほら、来た」
込み上げる感情を抑え切れないようにダニエルが言い空を仰いだ。
「夜明けの使者だ」
「……うわあ……!」
心は、勝手に声になって漏れた。
首が痛くなるほど喉を反って空を見上げる。―――その黒を背景に、いっぱいに。
広がるふわりとした白い波。―――空に昇ったオーロラ。
はじめて見た。はじめて見た。
堂々と、『そこに在る』ことを報せる天然の奇跡を―――初めて見た。
「……すご、い……」
それしか、言えない。こんな―――こんな宇宙を眼の前にしたらもう、大層な言葉なんて、何も出ない。
「―――現実世界はね。こんな風にあっさり、創り出す世界を越えるんだ」
どんなにCGで再現しても。それを上回って、覆す。
「それでも、それが可笑しいと思う?」
少女が、問う。
「ひとが必死になって、駆けずり回って這い蹲って―――血を吐くように紡いで創り出した世界を、『結局は空想だ』と指差して笑う? ―――『好き』や『嫌い』以外の言葉で、……ひとの必死を、哂う?」
「……」
「映画って、芸術ってそういうものだよ。それが良いものであれ、悪いものであれ、誰かが観てくれなければ完成しない。酷く叩かれることだってある。それらは気にしなければならない。気にするななんて自分を励ますだけの言葉を、自分自身に使ってはいけない。気にしなきゃ、ならない。もらった言葉を。……でも、敗けなくていい」
「―――」
「理不尽に叩かれても、『そういう意見』や『そういうひと』がいるってことを気にしなくちゃいけない。だって『そういうひと』にもその作品が、世界が届いたってことなんだから。どんな評価が返ってくるのか気にするのも大事だけど、『どんなひと』に届いたのかも気にしなくちゃいけないんだ。それも踏まえて、考えなくちゃいけないんだ。……だけどね、敗けなくていい。折れなくていい。……それで、いいんだ」
空を見上げ続ける視線は、合わない。―――けれど。
けれど。
オーロラがじわりと滲んで―――零れて頬を濡らすことを、止めることは出来なかった。
どうすればいい。どうすればいい。―――ずっとそう、考えていた。
敗けなければいい。―――そんなことを、思い付きもしないで。
言葉が、なかった。返せる言葉が、なにも。
だからグレンはぼろぼろと涙を流しながらそれでも、頭上に広がる奇跡を見上げ続けた。
「―――ミユキとオーリが遭遇したオーロラは、レベル5でブレイクしていたな」
「―――うん」
同じく空を見上げたまま、少女とダニエルが言葉を交わす。
「あの時俺は、君は幸運の女の子なのだと思った」
「―――うん。……言ってくれたね」
「ミユキ。―――幸福たる者という意味なんだろう?」
「うん。―――そうなんだ」
「本当にぴったりの名前だと思った。……あいつは君に夜明けを見せて、君はあいつに幸せを運んだ」
ふるりと、―――防寒着に包まれたその肩が、震えた。
「……そんなこと、ない」
「そんなこと、あるよ。……俺はあいつの葬儀に参列した」
「……」
「安らかだったよ。薄っすらと微笑んでいた。……ひとりでは浮かべられない貌だった」
「……」
「君があいつに与えたんだよ。君があいつの最期の幸せなんだ」
「……」
少女は答えなかった。
何も答えず―――ただ空を見上げ、視界いっぱいに広がる奇跡を、見つめていた。