アウロラの夜明け 6
買い物中少女が誰かに電話をしていたのは知っていた。今時携帯も持っていないのか公衆電話から。そしてその相手はこの街の住人だったらしい。
空港で出迎えてくれた五十代くらいのその男は、少女の姿を見付けた瞬間、……想いが零れたように微笑った。
「―――ユキ」
「―――ダニー」
揺らいで今にも零れそうなその声にはっとして少女を見る。―――少女もまた、男と同じような、……今にも泣き出しそうな、それでいて漸く会えてほっとしているような―――零れ落ちそうな顔をしていた。
二人が同時に歩み寄って―――同時に、支え合うようにして抱き合った。きつくきつく抱き合って、少女が男の胸に顔を埋める。
「―――ユキ」
「―――ミユキって、よん、で、」
「―――俺も呼んでいいのかい?」
「うん、」
「―――よく来てくれたね、ミユキ」
「うん、」
「―――本当に頑張って来たね、ミユキ」
「っ……」
ぎゅ、と、小さな手が……血の気を失うほどきつくきつく、男の服を握りしめる。
「―――うん」
小さな小さな、声だった。
ダニエルと名乗ったその男は真っ赤になった眼でグレンを見た。……そして、微笑む。
「……ようこそ。ダニエルだ」
「……グレン・ライガ」
握手のため手を差し出すと、力強く握られた。眼鏡の奥の眼が微笑む。
「よろしく」
「……よろしく」
同じくらい、否、それ以上の力でしっかりと握り返した。
「さあ、これを。外はすごいぞ」
「ありがとう」
ダニエルがヒイラギとグレンに一着ずつとんでもないレベルの防寒着を手渡した。なるほど、防寒着もと言われはしたがそれはあくまでも上着レベルの話でとてもじゃないが戦えるものではないということらしい。それでも寒いのは寒いからきちんと買っておけ、ということだったのか。
言われた通りデザインより機能重視のものを買って着込んでいたのでその上に借りた防寒着を何とか着る。ひとりでは脱ぎ着も難しいその代物を何とか着込んで(最早着替えるというより『作業』だった)、空港の外に出る。途端、襲って来たものは寒さではなくそれを通り越した『痛さ』だった。顔は剥き出しなのだがそこに触れる空気が冷たいではなく最早痛い。痛みだった。
「いっ……」
「平気?」
同じく痛みは感じているのだろうが、少女とグレンでは覚悟が違った。それでも嘆くのははずかしくて無理矢理うなずく。平気だ。
幸い、ダニエルはすぐそばに車を停めていた。雪国特有の大きな車に乗り込み人心地つく。一瞬外に出ただけなのに酷く疲労した気分だった―――けれど、悪くない。嫌ではない。むしろ気分はどこか高揚していて心地良いくらいだった。
「すげえな! ほんっとうに寒いんだな! すげえ雪!」
思わず言葉を発すると、それは思っていた以上に大きな声になった。
それが悪い意味に響かなかったのはグレンの声が弾んでいたからだった。少女もダニエルもその高揚を受け取ったらしく、ダニエルは笑いながらうなずいた。
「この街は毎年こうさ。―――ミユキたちが来た時は年末だったな」
「うん」
少女がうなずく。―――ミユキ『たち』。そして、ミユキという名前。
ヒイラギ ユキ。―――そういう名前だと思っていた。
ユキというのがあだ名で、普段はそう呼ばせているのだろうか。……少女の国の名前の制度までは精通していなかったが、音的には似ているのでそうそう間違った解釈ではないのだろう。
「いい夜に遭えそうだな」
車を発進させ、うれしそうにダニエルが言いながら空を見上げた。