アルデバランの希望 7
「星に願いを込めることはせず、コネとお金に権力を込めてみたんだけどね」
「またそんな、夢のないことを。しかも選んだコネがひねくれ過ぎてる。友達は選ばなきゃ」
「だってこの都会じゃ星なんてろくに見えないし、友達じゃないから選べなかったんだもの。……これおいしいわね」
「シンプルなのもまたいいですよね」
深夜のビルの屋上、ドラム缶で火を炊いた婦人と少女が、串の先に刺したマシュマロを炙り口に運ぶ。
「あー、お腹いっぱい」
「あなたのトマト料理本当においしいわね。私も満腹よ」
「ふふん。我が家秘伝レシピです」
「素敵だわ」
「だから今度一緒に作りましょうね」
「そうね。―――あなたこれから、どうするの?」
「―――どうしようかな」
ごろんと寝転んだ屋上の上―――少女の眼が、ゴーグルも何も通さず、明るい夜の空を見上げる。
ネオンやビル明かりが映り星は微かにしか見えない。……けれど。
見えないからないなんて、形にならないからないなんてことは、ない。
「……とりあえず、ぶらぶらします」
「そうなの」
「ええ。……時間だけは、とりあえずあるから」
「そう。―――じゃああなた、ちょっと社会見学して来なさい」
「え?」
「丁度いいプログラムがあるから、参加して来なさい。推薦するから」
「えっ何でそんな。そもそも何のプログラムなの。思考改善? もう無理だと思う」
「いえ、写真の登竜門よ」
「わたし、元照明部なんだけど……」
「元々はカメラマン志望で大学入ったんでしょう? 大丈夫大丈夫」
「あのひねくれ者そこまで個人情報……いやわたし、それだってムービーのカメラマンなんだけど……遠慮します」
「あらあら、私の娘は社会見学も出来ないお嬢ちゃんなのかしらあ? ママがいないと不安で行けないのかしらあ?」
「なんだとお!」
「ぷぷぷ、『わたし怖くてママと一緒じゃなきゃ行けませえん』って? ぷぷぷ」
「言ったな! いいよ行ってやる! 行けるもん! プログラムだろうが強制思考改善プログラムだろうがどこにでも行ってみせる!」
「よっし言ったわね。まあ行く先は荒野なんだけどね。頑張ってね、ママ楽しみだわ!」
「……つい乗っちゃったけどなんてこと。上品クールが遠慮なく煽って来る……どこで習ったんだというか誰が教えたんだ」
ばっと上体を起こした少女が啖呵を切って、それから脱力したようにへたりとまた倒れる。元より少女は、カメラは手放さず持っていた。……問題はないけどさ、と、唇を尖らす。
婦人はそんな子供のような少女の仕草を深く深く微笑みながら見つめた。
「……ムービーでもスチールでも。あなたはひとに接し続けるべきだわ。今までそうして来たように。これまでだって。どこにいたって。
そしてあなたがどこまで行くのか、私は見てみたい」
「……」
少女が黙った。―――その、眼に。
じっと空を仰いで―――その眼に、微かな、……都会の明かりに塗れて薄く微かな、僅かにしか注がないその星の光を、……それでもそこにあるものなのだと、欠片も残さず吞み込みそのまま映して―――それから、微笑んだ。
「―――上等」
寝転んだままふわりとのばされた、生々しい傷の走る手のひら。
「細工は流々、仕上げをとくとご覧じろ」
その細く頼りない、けれど迷うことなく差し出されたその手を―――黒い石の光る婦人の手が、触れた。
ぱん、という、軽い音。
「―――上等」