アルデバランの希望 5
「っきゃああああ―――!」
婦人が叫ぶ。楽しそうに。その隣に座る少女が安全バーから手を離し両手を上げた。
「なにそれ! あなた勇敢ね!」
「出来ますよ! ほらやってみて!」
「無理よ!」
「出来る!」
「出来るかしら!」
「上品クールなら出来る!」
「やってやろうじゃないの!」
「そうこなくっちゃ!」
ジェットコースターが駆け抜ける強風の中、婦人と少女が叫び合う。触れるほど近くに並んでいるのに全力で叫ばなければ会話すらままならない状態だったが、婦人は全く気にすることなく状況を楽しんでいた。
「っあああああどうよ! 両手離しよー!」
「ほら出来たああー!」
「出来たわああー!」
ハイタッチし合う婦人と少女を乗せたコースターはレールを一周し、やがて出発点にゴールした。下りたあとの身体がよろめく浮遊感を楽しむように、婦人が軽い足取りでふわふわと脚を運ぶ。どこまでも行ってしまいそうなその婦人の腕を少女が掴まえると、婦人と少女は腕を組んだ。そのままきゃあきゃあ言いながらぐるりと辺りを見回す。
「あれも乗るわ!」
「宙吊りですね!」
「あれはなあに!」
「キャラメルポップコーン!」
「あれやってみましょう!」
「UFOキャッチャー!」
腕を組んだままの婦人と少女が筐体に歩み寄る。ガラス越しに覗き、何が欲しいか真剣に話し合う。
「どれが一番かわいいかしら」
「こういう時は取り易いのを取るのも手段ですよ」
「嫌よ欲しいのが欲しいわ」
「ご尤も」
「あれにしましょう。あの指輪。取れる?」
「こういうのはわたしの同居人が得意なんですけど、やってみます」
「あら素敵、男性?」
「はい」
「いいひと?」
「いいひとですよ。在宅ストーカーですけど」
「それでいいひとなら、よっぽどいいひとなのね」
ボタンを押すとぐわん、とアームが揺れる。横に動き、縦に動き……アームが下りて行く。首にリボンで指輪を付けた犬のぬいぐるみを、少女の眼が真剣に見つめる。
アームがそれに触れて、
けれど持ち上がることはなく、空っぽのまま持ち上がる。
「あー」
「ああー」
婦人と少女が嘆く最中、アームは空しく取り出し口の上でぱくりと空っぽの脚を広げる。少女がふくれると婦人はぐるりと肩を回した。
「やってみましょう」
「そうこなくっちゃ」
ぱん、と手と手を合わせ婦人と少女がバトンタッチをする。真剣な表情で婦人が犬のぬいぐるみの無垢な瞳と眼を合わせ、「あなたは今日からうちの子になるのよ」と誘拐宣言をする。
「もうちょっと、もうちょっと……ストップ!」
筐体の横に回り込み少女がアームの指示をする。婦人がそれに合わせてボタン操作をし、今度は犬の首の真上にアームが来た。ゆっくりと下りてゆく。……ごくり、と、喉が鳴ったのは、二人同時。
アームが開き、ぬいぐるみに触れて、
首のくびれを―――アームが挟むようにして、捉えた。
「おおお―――!」
「わああ―――!」
婦人と少女が叫ぶ。ぷらぷらと揺れながらもアームは途中で犬を落とすことなく取り出し口の真上まで辿り着き、その脚を開いた。ぽとりと犬が落下する。
「きゃああ―――!」
「やったあ―――!」
婦人と少女が歓声を上げて抱き合いぴょんぴょんと跳ねる。それを楽しそうに通行人が見て、口笛を吹く。
少女は取り出し口から犬を取り出すと、そのリボンを解き指輪を手のひらに落とした。黒い石の嵌った玩具の指輪。婦人の指を取り、そっと通す。
太めのそのリングは、今の婦人の格好にとてもよく似合った。
「格好いい」
少女が相好を崩す。思わず犬のぬいぐるみをきゅっと抱きしめる。少女のその幼い顔立ちに、犬のぬいぐるみはぴったりだった。ニット帽越しに婦人が思わず少女の頭を撫でる。
「あなたのおかげで最高にクールな指輪を手に入れられたわ!」
「二人いれば最強ですね!」
「そうね! ―――あなたには何かお礼をしなきゃ」
くるりと辺りを見回して、婦人はひとつの出店の前に少女を連れて行った。そこはミリタリー系の店で、無骨だが実用性のあるものが多く並んでいた。
「これとかいいんじゃない?」
「ゴーグル?」
少女が小首を傾げる。渡されたそれをしげしげと見て、それから婦人を見た。
「どうして?」
「あなたのその眼、見る相手によってはちょっとどきっとするわ。勘違いしたり、欲しくなって手をのばす人間も出て来るでしょうから。―――必要な時にだけ、必要なひとにだけ見せてあげるべきかもしれない」
少女がゴーグルを装着する。無骨で大きなゴーグルは少女の小さな顔には不釣合いかと思ったが、不思議なことにその雰囲気は不思議なものとして似合っていた。
「あなたの前でも付けていた方がいい?」
「あら、私は必要よ」
「じゃあこうしておく」
くい、と首元までゴーグルを下ろし、その深い深い眼に婦人を映して少女は微笑った。