アルデバランの希望 4
「こういうのもいいわね!」
着ていた服を丁寧に畳み少女がショップバッグに入れる。もう何度目になるかわからないが、試着室から出て来た婦人は少女の前でくるりと回って見せた。細身の黒のパンツにワインレッドの革のジャケット。婦人がいつも着ているようなものより質のだいぶ落ちる、ゼロがひとつか二つ欠けるくらいの安いファストファッションの店だったが、婦人は機嫌がよさそうに自分のファッションを鏡に映し少女に笑いかける。
「でしょう。よく似合ってます」
少女が見立てた服装を見事に着こなした婦人を見て、少女も満足そうだった。少女は少女で、先ほどまで着ていたワンピースは丁寧にショップバックにしまい、今は黒のモッズコートに黒い細身のパンツに履き慣れたワークブーツと、ほぼ最初の格好に戻っている。頭には今購入したばかりのニット帽を被っていた。
「勇ましい気分になるわ!」
「じゃあその勇ましい気分のまま出かけてみましょう。あ、メイクも少し変えましょう」
化粧室に入り、軽くメイクを落とし少女がアイシャドウを筆に取った。軽く屈むように婦人を促がす。
「はい、眼を瞑ってください」
「……こういうのいいわね! 女同士じゃなきゃ出来ないわ!」
「ですね」
婦人の瞼に色付けて行く少女は微笑み、それから少し、右手を庇うような仕草を見せた。
「傷が痛むの?」
眼を閉じているのに察した婦人が問う。少女が苦笑いした。
「冬なので少し。大丈夫です」
「そう」
「でも上手く手が動かないので、変になっても怒らないでくださいね」
「怒らないわ。擽るけど」
「それは困る」
「じゃあ頑張りなさい」
「了解」
くすりと笑った少女が色をまた乗せる。やや時間はかかったが完成したメイクは、婦人を生き生きと見せる、美しさより格好よさを引き立てるような、そんなメイクだった。
「上品さとは離れましたが、元々が上品なので大丈夫でしょう」
「あら褒めてくれてるの?」
「結構素直に」
「ありがとう、うれしいわ。……それで、その上品だけどクールな私をどこに連れて行ってくれるの?」
「あれです」
店から外に出た少女はぴ、とまっすぐ指をさした。
離れたところに見える観覧車。のびた指の先の移動遊園地。
「さあ、騒ぎますよ」
宣言するように少女が言った。