アルデバランの希望 3
婦人と少女は繊細な織物で作られた白いテーブルクロスがひかれたテーブルを挟み、向き合って座っている。給仕が音もなく目の前に置いた皿を見て、これは食べ物ではなく芸術品だと少女は眼を見開いた。
「―――すごい」
「たっぷり食べてちょうだい」
「食べるのがもったいないくらい綺麗」
「駄目よ、食べなきゃ。だって食べ物よ」
「はい、ありがたくいただきます」
いただきます、と、この国にとっては異国の言葉を少女は紡ぐ。軽く眼を閉じ両手を合わせる仕草をして、婦人はそれを見て微笑み、祈りの言葉を捧げた。それぞれがナイフとフォークを手にし、一口大に切ったそれを、少女は口に運んだ。眼を見開く。
「……!」
「おいしそうね」
口に含んだまま少女がこくこくと何度もうなずく。きちんと飲み込んで、口元に控え目に指先を当て、大きな眼をさらに大きく開いたまま、「おいしい……! すごく、すっごくおいしい……!」と少し掠れた感動し切った声で言う。給仕同士がそっと目と目を合わせ、ほんの少しだけ、うれしそうに、誇らしそうに微笑み合った。
「アレルギーはあなごだけなんでしょう?」
「細かいところまでよくご存知で」
「とても大事なことよ。私も娘が生まれた時一番最初に検査したわ」
食べることは生きることよ、と婦人はしっかりとした口調で言う。
「眠ることは、通常ならば意識せずとも出来るわ。でも食事は意識しなければ出来ない」
「はい」
「だからきちんと意識して用意しなきゃ」
「そうですね」
「たくさん食べるひと、あなたは好き?」
「はい。眼の前でもりもり食べてもらえるとうれしいです」
「そう。―――私もよ」
「はい」
「無理せず、たくさん食べて」
「うん」
芸術品のような料理が進み、メインディッシュが並ぶ。ワギュウのステーキ。少女はそれを一口口にして、そして悶絶するようにぎゅうっと眼を閉じた。味の隅々まで逃さず味わっているその無邪気な仕草に、婦人は大きく、給仕たちは薄く微笑んだ。
「おい、しい……! なにこれ、魔法……!」
「それだけよこばれればシェフも本望でしょうね」
ねえ、と婦人が給仕たちに視線を投げると、その通りです、と言うように給仕たちは深く深くうなずいた。
「たくさん食べなさい」
何度も何度も繰り返したその言葉を婦人は、深いところから生み出したような声で、言う。
「じゃあ次はわたしに付き合っていただきましょうか」
魔法のような料理を食べ、芸術的なデザートまで綺麗に平らげた少女は、食後のコーヒー―――ミルクたっぷりな少女の『コーヒー』―――を飲みつつ、言った。ブラックの香りを楽しむように眼を閉じていた婦人が、そっと眼を開く。
「あなたに?」
「ええ、わたしに」
わたしもショッピングは好きなのですよと、少女は少し澄ました顔で言った。
「付いて来る気は?」
「もちろんあるわ」
にこりと、婦人と少女が笑い合う。それがにやりとした笑みに見えたと、のちに給仕は微笑ましそうに言った。