アルデバランの希望 2
何だか放心気味ですらある少女と、うきうきにこにことご機嫌な力漲る婦人と。二人はそれぞれ大きな鏡の前に並んで椅子に座り、その髪を女性たちが美しく整えセットする。違う女性スタッフたちが婦人と少女の手を取り、その爪を綺麗に磨き、ほんのりと色付けていた。
「ああ、楽しいわねえ。生き返るわねえ。やっぱりこういうのは女同士じゃないと楽しめないわね」
「はあ……ですね……」
少女は深く深く息を吐いて、それから用意された飲み物に口を付ける。薄い白いカップは高級そうで、その中に満たされた紅茶もまた香り高いものだった。ほう、と少女が小さく息を吐く。今度は、感嘆で。
「おいしい」
頬をゆるませそう呟いた少女を、婦人は何だか、とても佳いものを見るような、あたたかい眼で見る。ふわりと広がる、やさしい時間。
少女の白く細い脚が、ほんの少し、ふわり、と動いた。足の先を包むのは、ワンピースに合わせた美しい靴。ヒールの華奢なそれは高さもあったが、優秀たる男性店員はストラップが付き見た目よりもずっと歩き易いそれをセレクトしており、それを婦人が眼に留めた。
「これが終わったら食事に行きましょう。あなた、トマト料理が好きなんでしょう?」
「はい」
「お勧めのお店があるの。メインディッシュはお肉よ。ワギュウのお店。ワギュウはおいしいわよね。あなたなら知っているでしょう?」
「はい、おいしいですよね」
「あなた、こんなに細いんだから。お肉をたっぷり食べなきゃ付くところにも付かないわよ」
「いえもう成長期は過ぎているんでっていやまあ望みを捨てたわけではありませんが」
何気ない会話が続く。薄く化粧も施され、婦人と少女の身支度が終わった。少女の印象的な深い深い眼を薄く色付いたアイシャドウがさらに引き立て、不思議な色をした髪には金の花の髪飾りが添えられる。ノースリーブの袖からは細く長い腕が剥き出しで、手のひらに真一文字に走った傷は、美しさを増した少女の前に少女の芯を引き立てる一本の線でしかなくなる。
婦人はうれしそうに少女を見つめた。婦人が纏うのはマリンブルーのセットアップ。胸元を飾るのは少女が「これが似合いそうです」と示したダイヤモンドのネックレス。シンプルな輝きは、活動的な婦人によく似合っていた。
「とてもよく似合っているわ」
「ありがとう、あなたも」
「ありがとう、うれしいわ」
婦人と少女は微笑み合い、丁寧に礼を言って店をあとにする。男性店員が優雅にお辞儀をし、二人が車に乗り込むのを見送って―――その車が見えなくなってからもずっと、頭を下げたままでいた。
その男性店員にそっと、女性店員がハンカチを差し出す。
「―――どうぞ」
「ああ、ああ……ありがとう」
男性店員はハンカチを受け取り、その目頭を押さえた。熱いものを、押さえた。
「どうしてかな」
「ええ」
「本当に、本当にうれしくなってしまって」
「ええ、全員が、そうよ」
「奥様があんなに楽しそうで、幸せそうで」
「ええ、ええ」
「―――胸がいっぱいになってしまって」
「ええ、ええ」
女性店員がそっと、男性店員の背中を撫でる。
「みんなみんな、そうよ。―――みんなみんなが、そうよ」
男性店員の涙がそっと、分厚い絨毯の上に落ちる。
その涙は音もなく一瞬だけ輝き、そして静かに、胸の中に落ちるように輝きだけを残し、そして消えた。