セイリオスの逃亡 22
泣き腫らした顔のオリヴァーと、泣くのを堪え眼を真っ赤に染めた少女が開店前の〈ジミー・ディーズ〉に現れた時、ポーラは何も言わなかった。ただ黙って、出来上がったばかりのパンプキン・スープをこの店で一番大きなマグカップに注ぎ、出してくれた。
「―――オーリの幽霊は、出た?」
少女の、今は震えてはいない言葉に―――うなずいた。
「ああ」
「そう」
とん、と、少女が指先で手の甲を軽く叩く。
「マリアがこの街に来てしばらくして、オーリの幽霊が出るようになった」
「ああ」
「マリアと例の従兄弟は現在別れている」
「……そうなのか」
「オリヴァーたちが戦ってくれている間、わたしもいろいろ、調べたんだよ」
世の中にはそういうのが得意なひねくれ者がいるのだと、少女は言った。
「マリアは愛されていないと生きていけない人間。愛情に縋り生きて来た人間。……けれどその愛情を周囲の誰にも肯定してもらえなかった人間」
「……ああ」
従兄弟への思い。それは誰にも肯定されなかったのだと、マリアは言っていた。
「従兄弟はどちらでもよかった。別にマリアと付き合おうが付き合わまいが……でも結局、マリアはオーリを振って従兄弟と付き合った」
「ああ」
「マリアがそうなるように仕組んだんだ」
「……どうやって?」
「……これは推理じゃない。推理なんてものじゃない。……心だよ。感情だ。ちぐはぐで、ちっとも論理的なんかじゃなく―――効率的でもない、何でもない。……だからこそ手段を選ばなかった、だけだ」
マリア・オルティスは。……淡々と、少女が言う。
「ねえ、オリヴァー」
「なんだ?」
「愛情は、どうしたら遺せると思う?」
「……」
「愛情は、どんな形で遺ると思う?」
「……」
「愛情は」
少女が、微笑った。
「どんな形で、自分のものに出来ると思う?」
行こうか。―――湯気の残るスープを飲み干し、少女は言った。
「終わらせよう。―――ぜんぶ、終わらせよう」
それが泣き声のように聞こえたのはたぶん気のせいではないと、……それだけが確かだと、思った。