セイリオスの逃亡 19
冷え切った指先を自覚したのは、車でメインストリートにまで戻り路肩に停まった時だった。
「……オーリだった」
ずっと黙っていたアマンダが―――助手席で、口を開く。
「あ、オーリだって、思った。……見た瞬間。遠目だったけど……オーリがいるって、思った」
「……」
「……嘘じゃ、なかった。見間違いでも、夢でも、なかった……現実、だった」
アマンダが震えて―――顔を、覆った。
「夢じゃ、ないのに。現実、なのに。……オーリはミユキのところに、現れなかった」
どうしてよ、と、アマンダが慟哭した。
「ミユキを助けられるのはオーリだけなのに―――どうして、どうして、ミユキに会ってくれないの」
どうしてひとは死んでしまうのだろう。
自分の死期がわかっていたオーリ。
死に場所として故郷に戻って来たオーリ。
―――少女と出会い、少女をこの街まで連れて来たオーリ。
途中で別れることも出来たはずだ。適当に言い包め、それこそフェリーに乗らず空港まで送り届けて―――そのあとひとりで、海を渡ればよかった。
それでも最後まで少女と手を離さずこの街まで帰って来たオーリ。
選ばなかった。―――少女と別れることを。
選ばなかった。―――少女に自分の死を隠すことを。
知っていて。識っていて。―――包み隠さず少女にすべてを伝え、そして去った。
少女に遺したもの。―――それは何だろう?
最愛の少女に、―――最期まで選び続けた少女に、一体何を遺したのだろう?
それは少女の希望に、なり得るものだったのだろうか?
答えは簡単だ。―――少女が知っている。
他でもない、少女が識っている。
でもそれを訊くことは出来ない。―――否、出来るのだろうか?
出来たとして、少女は何と言うのだろう? ―――どんな言葉が、返って来るのだろうか。
その電話がかかってきたのは帰宅したたった数時間後、まだ夜も明けない時のことだ。
突如鳴り出したスマートフォンに耳を当てる。
取り乱したアマンダの呼吸。
その声は言っていた。少女の姿がどこにもない、と。