セイリオスの逃亡 15
マリアは相変わらず少女を探しているらしい。―――早くあきらめてくれないか。
そう思っていた矢先、昨日非番だったハイクががりがりと頭を搔きながら出勤して来た。
「……どうした」
「いや……」
朝のあいさつの前に、その顔がどことなく歯切れの悪い曇ったものだと感じそう問うと、ハイクは声までもが歯切れ悪く、
「……昨日ビートのとこで飲んでてさ。モーテルに戻って来たマリアとも少し話したんだよ」
「……ああ」
思わぬところでマリアの話が来た―――と、居住まいを正す。
「何というか……話してて、気が沈んで来る女だな?」
美人なのに勿体ない―――茶化そうとしたのだろうが、その言葉にはやはり覇気がなかった。そうなのだ、と小さくうめく。
話していて心が明るくらない。……助けて、辛いの、苦しいのと嘆きながらも尚その泥濘に浸っていようとするような―――その泥濘に、こちらまでもずるずると引き摺り込んで行くような。
オーリ、オーリ。ごめんなさい。今日彼を見かけたの。恋人と歩いていて、私は本当に、苦しかった。
苦しいの。
悲しいの。
辛いの。
オーリ、オーリと手をのばし―――オーリは何度でも、その手を取った。
それが最善だったとは本人も思っていないだろう。
それが最悪だったかもしれないことも。
けれどあの時、あの手を取らなければ―――マリアは死ぬと、漠然と全員、思っていた。
やがてオーリが軍役した時、オリヴァーはほっとした。……時間と距離が空けば、きっと彼女も……少しひとりでいれるように、なるかもしれないと思って。
しかし、そうはならなかった。
オーリは心に深い深い傷を負い―――ぼろぼろになって、帰って来た。
二人が別れたのは、それからすぐのことだった。
マリアに酷いことをしたと、そう言って―――押し殺して、絞り出すような、ざらざらになった声で。
「……」
それでも、旧友が悪かったとは、思いたくない。
マリア・オルティスは自分から不幸になることを選ぶような女性だ。そういう女性だ。……少女とは、正反対の。
「器量がいいとはいえ、俺は御免だね……故人の恋人を言うのもあれだけどさ」
「いや……」
オーリもわかっていた。わかっていて―――別れを告げられるまで、手を離せなかった。
離した瞬間マリアがどうなるのか、わかっていたのだろう。
だからこそ、手を離すことが出来なかった。
「……別れたあと、オーリも精神的に楽になっっていた。だから、気にするな」
「……例の子はよっぽどいい女なんだろうな」
「え?」
「スコット姉弟のお気に入りなんだろ? で、オリヴァー、あんたも協力を惜しまない。……今この街で有名だよ。俺はまだ会ったことがないっていうのに」
「……」
小さな街だ、街の住人でなければ目立つ―――とはいえ、そうだ。街の住人はスコット姉弟―――主に姉の方―――がどれだけパワフルか知っている。その彼女が気に入り愛しむような言動をしていればそれは目立つだろう。マリアと遭遇するのは今のところ避けられているようだが、噂の方は確実にマリアの耳に入っているだろう。彼女にとってはアマンダというよりディアムの家族が少女を庇っているというところが気になるのだろうけれど。
「……幽霊の話、ポーラまで伝わってたよ。ポーラは聞いた時、馬鹿言ってんじゃないよって笑い飛ばしてくれたみたいだけど。……でもタイミング的に気になってはいるみたいだった」
「……」
在り得ない話ではないと、そう思ったのだろう。……オーリと仲の良かったスコット家が総出で少女を歓迎しているのだ。オーリがどれだけ少女を愛していたのかそれだけでわかる。……そんな少女に会いに来たのではないかと、非科学的だとわかっていても、つい……ついふと、思ってしまう。……自分たちがそうだったように。
「……」
少女の耳に入るのも時間の問題だった。その時少女はどんな貌をするのだろうと―――苦しくなる。