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セイリオスの逃亡 14


 ひとの口に戸は立てられない。

 ビートはハイクに似て軽い男だがやはり根はよく、親友であるハイクが言ったのならば言いふらしたりはしないだろう―――ビート、は。

 けれど他の人間はどうだろう。口止めされているのを知らなければ。ビートが連絡をする前に、言ってしまえば。

 狭い街だ。噂はあっという間に広がってしまう。―――少女の、耳にも。




〈ジミー・ディーズ〉に行くことを、少女は避けているようだった。というよりもアマンダが嫌がったのだろう。あれからマリアはキサラギの家に入るがため少女と交渉しようと少女を探しているようだったし、アマンダは自分たちから過去の話を聞いてマリアという人間を個人的にも嫌いになったようだった。ミユキと関わらないで欲しいと、苦々しく言う。

「でも、狭い街だから。限度がある」

「そうだな。……それに、聞いたか?」

「何を?」

 夜、スコット家に訪れ少女がシャワーを浴びている隙にアマンダと電話越しのディアムに幽霊の話をすると姉弟は絶句した。しばらく声も出せない有様だった。

「……ゆう、れい? オーリの……?」

 信じられないような声音が掠れ、アマンダがたっぷりと黙る。……そして、

「……オーリ、っていうのはとりあえず……と、して。……ゆう、れい? ……見間違いじゃ、なくて……?」

「……俺もそう思ったんだけどな」

 深く溜め息を吐いた。スコット家に来る前、仕事終わりに目撃者のところを個人的に訪ねて来たのだが、それはなんというか、……何とも評価し難い話だった。

「ビートのモーテルを手伝ってるステファニーがいるだろ? そのステファニーが見たそうだ。深夜二時頃、モーテル近くのストリートで」

『……アルコールは?』

「入ってた。それなりに。……けど目撃者はステファニーだけじゃない」

「え?」

「ビートのお婆さんも一緒だった。……寝付けなかったらしく、ステファニーと近所を一周するかって、散歩してたらしい」

 そしてステファニーもそんなに飲んではいなかった。映画を観ながら酒を飲んでいたらしいがつい映画の方に夢中になり、飲んでもワイン三杯ぐらい。妙に寝付けなくなっていたところ同じく寝付けないというビートの祖母の言葉を聞き、じゃあ散歩でもしようかとなったらしい。

「……どうしてその、……オーリだと思ったのかしら」

「……遠目だったし、街灯も疎らだった……けど、背格好がオーリにとてもよく似ていたらしい。ビートの婆さんは、少しぼけて来てもいるから……オーリが死んだことをその時忘れていて、普通に『あらオーリ、こんばんは』って声をかけたらしいんだ」

『……声、かけたのか』

 驚いたようにディアムが言った。うなずいて続ける。

「ああ。で、遠巻きに振り返った。……ステファニーはオーリがもう死んでいることをもちろん知っているから、違う誰かだろうと思って……でも振り返ったその顔が、……そっくりだったらしい」

『……』

「……ステファニーは驚いてその場から動けなくなったらしい。その……その幽霊は何も言わず前を向いて、歩いて……夜の闇に消えて行ったと、そう言っていた」

「……」

 沈黙が落ちる。……困惑するような。

「……そもそも問題が多過ぎるわ」

 アマンダが少し上ずった声で言った。

「そもそもそれは本当に幽霊なの?」

『幽霊だとしてオーリの幽霊か?』

「オーリは幽霊として出てくるタイプの人間か?」

 ……沈黙が三つ、重なる。

『死後の世界論は置いておいて……仮に幽霊になれるとしよう。死んだら誰でも幽霊になれる。この世に再び姿を現せるとしよう。……オーリがそれをするか?』

「……でも今この街にはミユキがいる……」

 沈黙がまた三つ、重なる。

「……ミカゲに会いに?」

「在り得るでしょ……」

『在り得る……けど』

「いやまあ、出るならもっと早く出て会いに行ってあげてよとあたしは言いたいけど」

『そこら辺は今置いておけ』

「これミカゲに言えるか……?」

『いや、言えない……し、そもそもそれ、本当に幽霊か……? 幽霊なんだとしたら在り得るよ、正直。あいつは本当にミユキを愛しているから。迎えに来るなんてことは在り得ないけど顔見に会いに来るくらいだったら別にいいと思うし』

「落ち着け」

『でもそれ、見間違いとかじゃなくて、か……?』

「……ステファニー曰く、『一瞬懐かしくなった』くらいオーリに似ていたらしい」

 ……一番長く、沈黙が重なった。

「……どうなってるのよ……」

 アマンダがうめく。

「ミユキに知って欲しくない。こんなこと……」

『……仮に本当にあいつの幽霊だとしたら、俺たちが言わないでもあいつ勝手にミユキに会うだろうから』

「……だとしたらそれはそれでミカゲが誰にも言えないパターンになるけどな」

 どちらに転んでも誰かが何かを言えなくなる。

 笑っていいのか嘆いたらいいのかわからず嘆息して―――その夜は。

 後日、笑っていいどころの話ではなかったのだと、痛感することになる。





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