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セイリオスの逃亡 13


 やって来た病院に少女はそっと息を吞んだ。それは―――オーリが入院していた、その病院だった。

「―――ブレンダンだ」

 白に近い金の髪を持つ、灰色の眼の男をそう紹介すると少女はぺこりと頭を下げた。そしてブレンダンが言った言葉に眼を見開く。

「―――はじめまして、ミユキ」

「……どうして……」

 声は震えていた。大きな眼が見開いて、そして……行き着く。

「……あの時、ディーが……話を通してくれたの、が……」

「僕です」

 ふるっと、少女の唇が震えた。

「……ありがとう」

 細い細い、声だった。

「ありがとう……ありがとう、ございます……」

「―――いいえ」

 じっと、ブレンダンは少女を見下ろしていた。―――酷く美しいものを見るような、やさしい眼で。

「……オーリはあの家で亡くなった。けど、直前までこの病院に入院していた。……ブレンダンはオーリの担当看護師だ」

 ―――最期の話を、聞けるかもしれない。言葉の裏に隠したその意味を、少女は正確に受け取った。微かにうなずいて、……今にも泣き出しそうな、けれど絶対に泣かないまま、オリヴァーを見る。

「……ありがとう、カーター」

「……いや」

 オーリ。……心の全部で、少女が呼ぶ。―――呼んでいるのが、わかる。

 ああ、本当に。―――本当に心底、これだけ時間が経っても、まだ尚。

 少女が愛しているという事実を目の当たりにして―――眼が眩んだ。

 言葉を、失った。




 思い出に特別な色はない。曖昧な記憶でさえきちんとカラーで記憶され、それは決してセピア色ではない。……いや、脳が勝手に補完して、それに伴う色を配色しているだけなのかもしれないけれど。

 それでもあの学生時代の思い出は鮮やかだった。鮮やかで、鮮明で―――美しく、面映ゆく、ほろ苦い。……それがすべてだった。

 よく通った店。オープンテラスで食べるホットドックが安くて美味くて、会う度朝食はそこになった。

 ふと、記憶の中のオーリが顔を上げる。顔を上げて……幸せそうに、微笑んだ。―――視線の先を、辿る。

 軽い足取りでストリートを駆けて来るひとりの少女。風に靡く髪はふわりと色を変え流れ、深い深い眼が音もなく静かに輝く。笑顔で駆け寄って来た少女はそのままの勢いでオーリの胸に飛び込んだ。小さな身体を受け止めて抱きしめて、その不思議な色に染まる髪に顔を埋めたオーリが、幸せそうに息を吐く。

 なかった過去。決して過去に起こらなかった過去。

 それでもあの時あの場所で、少女と旧友が出会っていたらよかったのにと、想わずにはいられなかった。




「―――オリヴァー?」

 はっと我に返ると、ハイクが訝しげに顔を覗き込んでいた。

「あ、あ……悪い」

「別にいいけど、昨日眠れなかったのか?」

「いや……」

 そうだ。昨日はあまり眠れなかった。しばらく、少女とブレンダンを二人きりにして……引き上げ、スコット家に少女を送り届けた。丁寧にお礼を言われ帰宅し……明け方になってようやくうつらうつらとして、……そして夢を見た。過去にあった風景が繋がり、過去になかった風景へと移り変わる。……苦い想いが燻る、どうしようもない願望。……こうであったらよかったと、願ってしまった。

「……何でもない。しっかりするよ」

 ハイクは納得いかないようだったがうなずいた。気分を入れ替えるため大して美味くもない泥水みたいなコーヒーを啜る。……生ぬるくて、さらに不味い下手物になっていた。

「……ビートはあれから何か言って来たか?」

「……いいや?」

「そうか」

「……」

 がりがりとハイクは頭を搔いた。

「要するに……ビートのとこの客、マリア・オルティス? がキサラギの元カノで……で、別れたあとオリヴァーが迎えに行った例の子と付き合った。……で、そのあと亡くなった。なるべくならその二人を会わせたくない。けどマリアが何故今このタイミングで来たのかが謎で不安要素。例の子と関係があることかもしれないからどうにかしたい。……で正しい?」

「……ほとんどな」

「ほとんど?」

「……『何かが起きる前にどうにかしたい』で正解だ」

「……入れ込むねえ」

 冷やかしかと思い眉を顰めて顔を上げたが、ハイクはそのつもりはなかったらしく生真面目な顔で腕を組んでいた。

「まあ状況が状況? というか、オリヴァーがそのマリアっていう女をなるべく避けたいようにも見える」

「……個人的にはだよ。いろいろあった」

 そう。自分と特に何があったわけではないが―――オーリとマリアは出会うべきではなかったと思っている。

「ふうん……何だか最近、キサラギ関係で騒がしいな」

「え?」

 他に何がと思い訊ねるとハイクは渋面を深くした。

「いや、パトロールがてらビートのとこ行って来たんだけど、変なこと言っててさ」

「変なこと?」

「―――幽霊を見たって言うんだ」

「幽霊?」

 何かの見間違いじゃないかと思ったが、ハイクの視線がうろっとうろついたのを見て、嫌な予感だけが募る。

「……」

 幽霊。

 ―――誰の?

「……あー……一応口止めしておいたし、あんたに何て言ったらいいのかもわからなかたから少し考えるつもりだったんだけど……でもなんとなく、それどころじゃなくなる気が、して来た」

「……ハイク」

 ハイクは。

 本当に言い辛そうに―――その名前を口にした。

「その幽霊は、オーリ・キサラギにそっくりだったんだってさ」





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