セイリオスの逃亡 10
「……ミカゲ」
「なあに」
「……」
メインストリート、郵便局の前でマリアを下ろしたあと―――車内に少女と二人きりに、なって。
先の言葉を訂正しようと、必死に言葉を手繰った。
「……『何度も来たくない』というのは、嘘だ」
結果、何も飾らない言葉しか口に出来なかった。
「……」
「……うん?」
しかし、さらにそれがもたらした結果は思いもがけないものだった。
少女が一度ぱちくりと瞬きし、隣からじっとオリヴァーを見つめたのだ。
「……ミカゲ?」
「……ああ、ごめん」
「……どうした?」
「ううん。……『俺だって辛いんだ』のところは、やっぱり否定出来ないんだなあって」
「―――、」
しくじ、った。
「……悪い」
「どうして謝るの?」
「……想い出す、だろう。……いろいろと」
「ううん」
「え?」
「まだそこまでは行けていない」
言葉を噛み砕いて―――理解して、声を上げて蹲りたくなる衝動を、堪えた。
―――想い出せない。
まだその時点まで、心が追い付けていない。
想い出すまでもなく未だ、想っているのだと、
―――声もなく、少女が、云う。
「……」
そんな子に―――今にも崩れ落ちそうなくらい悲しんでいる女の子、に。
果たしてどんな言葉で、何が訊けるのだろう?
触れた瞬間、きらきらとした微かな音を立てて零れ落ち消えてしまいそうな、そんな硝子細工のような子に。
「……わたし、あれで問題なかった?」
「え……?」
「オルティスへの答え方」
「……ああ。大丈夫、だ」
「そう」
「……訊かないのか?」
オーリと―――オーリと、マリアのことを。
「訊きたくない」
きっぱりと少女は答えた。―――が、すぐにゆるりと首を横に振る。
「……訊きたくない。絶対に。……けど、訊かなくちゃいけないんだと―――思う」
「……」
「オーリとオルティスの話、だから。……本来ならわたしが知っちゃいけない。……けど、オルティスが今このタイミングでここに来た理由が、わたしにある可能性があるから―――知らなくちゃ、ならない」
「……ミカ、ゲ」
「知りたくないし知るべきじゃないんだ。……でも」
「……でも?」
「……もし、『訊かない』ことを―――『知らない』ことを、選んで―――オルティスに『関わらない』ことを選んでも、……オルティスはいつかどこかでわたしとオーリの関係を知る。……その時オルティスは私に何か、物理的か、心理的か……何かして来ると、思う」
「……そうだ」
それは―――それは、そうだ。
マリアを知る人間として断言する。―――出来て、しまう。
ミユキ・ミカゲがオーリ・キサラギと愛し合った恋人だと識ったら、マリア・オルティスは確実に少女に何かをする。
「……そうしたら、悲しむ」
「……誰が?」
「……オーリが」
―――隣の少女を、見た。
少女は流れる窓の外をじっと見つめていた。
「わたしが傷付いたらオーリが悲しむ。……それは、嫌だ。……だから傷付かないために備えなくちゃいけない。その時が来たら戦えるように、知らなくちゃいけない」
オーリ・キサラギとマリア・オルティスの形は、歪だった。
けれどもしかしたら、それはあまり顕著になっていないだけで―――多くが明確に、見えていないだけで―――どこにでもある形なのかも、しれなかった。
―――あなた、私の愛するひとに、似ている
出会ったばかりの時、否、ほぼ、出会った瞬間に―――その瞳に涙を湛え、オーリの頬に手をのばした、マリア・オルティス。
―――とてもよく、似ている
オーリは。
その手を振り切ることが、出来なかった。