でも傘は気軽に盗まれる
「ごめんローマン。財布落としたんだけど届け出とかどこですればいいの」
「うわー。やってしまいましたね」
フィッツガルドの帝都にて。
相変わらず日本に帰れず保護されてるアズサさんが財布を落としたと聞き、慌てず騒がず懐から何かを取り出すローマンさん。
それを見てメモでも取り出すのかと思ったアズサさんでしたが。
「とりあえず不便でしょうから、趣味に合わないかもしれませんがしばらく私の財布を代わりに使ってください」
「中身ごと!? え? いや。そんなことしてもらうわけには」
「大丈夫ですよ。散財しなければ一ヶ月は暮らせる金額は入ってますから」
「いや私が心配してるのはそこじゃなくて!?」
あっさりと施しをする貴族ムーブに狼狽える小市民日本人。
ちなみに異世界はまだお金は紙幣ではなく硬貨が主流なので、財布も量が入るようにとちょっとお洒落な装飾が施された巾着袋です。
あと実はチャックの語源は巾着な和製英語なので海外では通じません。
「いやほら。もしかしたら見つかるかもしれないし」
「そんな日本じゃあるまいし」
「なんか祖国が異常みたいに言われた」
実際異常とも言えるからね。仕方ないね。
「うーん。でもお金貰ってばかりなのも……。そうだ。私でもできるバイトとかないかな」
「これだから日本人は」
「何で呆れられてんの私」
何で保護されて悠々自適なのに働きたがるのかと呆れるローマンさん(社畜)。
しかし実際働かずに生活できるなら働きたくねえという人は多いでしょうが、例えば禁固刑に処された人などは労働作業は義務ではないのに、暇すぎて「労働させてください」と言い出すこともあるそうです。
人間は働くのは嫌だけどやることがないのも嫌だという我儘な生き物なのです。
「しかし下手な所に預けるわけにも……。いや日本人。読み書きは当然できる。しかも召喚されているから自動翻訳も……機密に触れない範囲なら……」
「おーい。ローマーン?」
「明日からお城で働きましょうか」
「どうしてそうなった」
余計なことを言ったせいで現在異世界でもホットな修羅場に放り込まれることが決定したアズサさん。
今日も異世界は平和です。
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一方高天原。
「そういや日本は落とし物が見つかるって外国人が驚いてることあるけど、海外だとそんな見つからないものなの?」
「まず前提がちがうと言いますか。警察が落とし物を預かってくれない国もあるそうですし」
「何で?」
本気で意味が分からなくて首を傾げるアマテラス様。
うん何でだろうね。
「預かってくれたとしても、日本のように大規模な遺失物を管理する場所や機能がないそうです。場合によっては邪魔なのですぐに破棄されることもあるとか」
「何それ酷い。え? じゃあ落とし物見つけたらどうするの?」
「近くの目立つ場所に置いておくそうですよ。国によっては盗んだと因縁をつけられることもあるので無視するとか」
「あー」
確かに善意で拾ったものを盗んだと言われる可能性があるなら、拾うのは躊躇いそうだと納得してしまうアマテラス様。
「そも預かってくれたとしても警察まで届けるのも手間なのではないでしょうか。日本の交番システムも割と独特なものですからね」
「あー。確かにわざわざ警察署まで行くのは面倒かも」
しかし最近では日本の治安の良さの理由の一つではないかとされ、他の国でも採用され始めている交番。
シンガポールなどでは日本語をそのままローマ字にした「KOBAN」という名前で普及しているそうです。
「まあ最近ではSNSなどで落とし物を拾ったことを拡散して持ち主を探すこともあるそうですね。逆にそういう情報を見た日本人は『何故警察に届けないのか』と疑問に思うわけですが、国によって事情が違うというわけですね」
「それはそれで身元バレて何か別の犯罪に利用されそうな」
二十年近く前の「ネットに個人情報をのせるな」が鉄則だった時代の化石なので、SNSで自分の顔写真とかのせてるの意味分からない恐い。
今日も高天原は平和です。