シシトウはたまに辛い
「ああ……朝か」
大海原を進む大型船にて。
水平線の彼方から登ってくる太陽を眺めながら疲れた様子で呟くカオルさん。
周りに居る男たちも似たようなもので、船乗りも侍も猫耳も甲板の上で打ち上げられた魚のように倒れ伏し「あー」だの「うー」だのリビングデッドの群れみたいな声をあげています。
まだ魔界のスケルトンさんの方が生き生きしてるレベルです。
「凄い嵐だったねー」
「何でおまえら平然としてんの?」
一方今日も元気に海を泳ぎまわりとってきた魚やらタコやらを持って甲板に上がってくるディレットさん含む人魚さんたち。
ちなみに足ヒレは海の上ではほとんど役に立たないので、手だけで垂らされたロープやら梯子を上ってくるという何気に腕力任せなことをやっています。
「おまえら全員船に来なかったけど、はぐれたやつとかいないのか?」
「うん。海の深いところに行けば水流も穏やかだし」
「息続くのか? おまえら上半身は完全に人間なんだからえら呼吸じゃないだろ」
「よく分かんないけど息はできるよ。私たち基本は海底に住家作って住んでるし」
「マジかよ」
またしても謎生態が発覚した人魚。
ちなみに長時間の素潜り漁をやっているカオルさんですが、流石にえら呼吸はできません。
「おじさんたち大丈夫? 朝ごはん食べられる?」
「フッ……何のこれしき」
「ちょっと寝坊しただけでござる」
一方他の人魚たちにつんつんとつつかれ覚醒し、情けない姿を見せるわけにはいかないと武士の意地で立ち上がる男たち。
でも顔色は白く疲労と寝不足で完全にグロッキーだし、猫耳は垂れています。
寝不足や疲労などで食欲がないときは胃腸自体が弱っているので、無理に食べるのはやめて少しずつ可能な量だけにしてまずは寝ましょう。
「もうこれ今日はみんな使い物にならないな」
「え? じゃあ誰が私たちのごはんを作るの!?」
「鬼か」
乗組員の体調の心配より自分たちの食事の心配をする食いしん坊人魚。
今日も異世界は平和です。
・
・
・
一方高天原。
「ピーマンとパプリカって何が違うの?」
「まず目の前のそれがピーマンかパプリカかの判別はついていますか?」
ピーマンや茄子などの夏野菜が使われた野菜炒めをつまみながら言うアマテラス様と、相変わらず箸使いは上品なのにパクパクと食うのが早いツクヨミ様。
彼女の料理が美味くてごはんが進む。
「それくらい分かるもん! パプリカだったらもっとこう……クリーミー?」
「多分甘みがあると言いたかったのでしょうが大体それであっています。ピーマンと比べてパプリカの方が肉厚で甘みがあるとされていて、それ以外ではあまり明確な違いはありませんね。どちらもトウガラシ属の仲間ですし」
「トウガラシだったの!?」
ピーマンとパプリカの違いよりもトウガラシの仲間だったことに衝撃を受けるアマテラス様。
ピーマンやパプリカは遺伝子変化により辛みがなくなったトウガラシの仲間であり、ピーマンはアメリカから、パプリカはオランダから入ってきたことがきっかけで日本でも消費されるようになりました。
ちなみにツクヨミ様が言っている違いはあくまで日本での定義であり、香辛料として使われる辛いパプリカもあります。
というよりも、名称自体が英語ではピーマンはグリーンベルペッパーでパプリカはイエローやレッドベルペッパーだったりと全部ベルペッパー。
フランスの方では全部ピーマンだったりと、あまり両者を区別して扱っていません。
主に野菜の方は一括してトウガラシの仲間として扱い、それから作られる香辛料の方をパプリカと呼んでいます。
「え? じゃあ海外で『パプリカ買って来て』って頼んだら香辛料買ってくるの?」
「そうなりますが、海外で姉上がパプリカを頼む状況とは?」
実は渡り神計画を諦めてなかったのかとちょっと警戒するツクヨミ様。
仮に渡ってもトヨウケヒメ様の料理が恋しくてすぐ帰ってきそうです。
「そもそも日本的な意味でのパプリカが通じない相手にお使いを頼む言語能力が姉上にあるのですか?」
「……ぱぷりかばいぷりーず」
「3点」
アマテラス様から放たれた謎の言語に辛口評価をつけるツクヨミ様。
今日も高天原は平和です。