レモン一個にはレモン四個分のビタミンCが含まれています
「新鮮な食材をお届けに参りました」
「第一声それ!?」
洋上の大型船の上にて。
どうやらグラウゼさんによる転移魔術の改善と指導は問題なかったらしく、十人ほどの文官や人員と共に支援物資を伴って飛んできたローマンさん。
一方そんなローマンさんの言葉につっこむカオルさん。
何言ってるんだ一番重要なことだろう。
「あと何か変なこととか問題ありましたか」
「いや特にはなかったけど。そんな軽くていいんですか?」
「細かい報告は他の文官がそれぞれの役方から聞くので。あと人魚さん絡みの話はまず貴方にいくでしょうし」
「役方is何?」
ローマンさんから飛び出した知らない日本語につっこむ日本人。
役方というのは大雑把に言えば武士の中でも文官にあたる役職を意味し、江戸幕府において行政、経済を担当する役職を総じてそう呼んだそうです。
対して武官にあたる武士は番方と呼びますが、初期は幕府もきちんと体系化されていなかったので、その境界は曖昧だったともされています。
「まあこっちにそんな分類はないらしく私が勝手に呼んでいるだけですが」
「あー確かに武術より頭使う方が得意そうな人が何人かいたけど」
ちなみに江戸幕府初期の役方は武官である番方より下に置かれたそうですが、長く続いた江戸時代の中で行政処理や経済が複雑化したため仕事が増え、最終的には番方より優位になっています。
じゃあ番方は仕事なかったのかというと実際役方より少なかったそうですが、下級の武士などは収入が足りないので余暇時間で内職をして生活費を稼いでいたそうです。
よく時代劇とかで傘作ってるアレです。世知辛いね。
「あとは……これからは食材も届けるので心配はないでしょうが、健康状態にも気を配ってください。壊血病とか恐いですからね。人魚さんたちはそのあたり大丈夫ですか?」
「ああ、あいつら火を通せば野菜とかも喜んで食べますし。単純に食い足りないなら自分で食材とってくるんで。ああでもこの間逃がしたのは惜しかったなあ」
「逃がした?」
逃がして惜しいとは何か高級魚でも見つけたのか。
そう思いながら先を聞くローマンさんでしたが。
「なんか牙が生えたでっかい鯨みたいなのが襲ってきたけど、片目潰したあたりで逃げられちゃって」
「逃げられちゃってじゃねーんですよ」
問題あったじゃねえかとか、それ捕まえて食べる気だったのかとかつっこみどころ満載過ぎて一文にまとめるローマンさん。
今日も異世界は平和です。
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一方高天原。
「何コレ恐い」
気軽に壊血病について調べてみた結果、その症状のえぐさに慄くアマテラス様。
簡単に言うと体の各所から出血して古傷が開いて死ぬ。
「いえ。そんな末期症状になるのは、それこそ長距離航海でビタミンCが長期的に不足した場合くらいですよ」
「あ、なーんだ。じゃあ関係ないね」
「まあ近年では知識のない人間が食事制限に無計画に臨んだ結果、壊血病になる事例も報告されていますが」
「トヨちゃんありがとう神か?」
「神ですよ」
日々健康的な食事を作ってくれているトヨウケヒメ様に感謝を捧げるアマテラス様とつっこむツクヨミ様。
どんな理由であれ食事制限をするときは栄養バランスについても考え、お医者さんの話をよく聞くようにしましょう。
「でもビタミンCの不足でなるの? レモンでも齧ってればよくない?」
「それが分かるまで時間がかかりましたからね。柑橘類が良いという事は十七世紀には分かっていましたが、何故効果があるのか具体的に判明したのはビタミンが発見された二十世紀になってからです」
「大航海時代始まったの十五世紀じゃなかった?」
「ええ。しかも分かってからも船員がそれに納得しないことが多く食べるのを拒否することもあったとか」
ちなみにアメリカ人がイギリス人のことを「ライム野郎」と呼ぶスラングがありますが、これはイギリス海軍が壊血病対策にライムを使っていたからで、同じくドイツ軍はザワークラウト(キャベツの漬物)を食べていたため「キャベツ野郎」と呼ぶスラングが生まれたそうです。
「じゃあ日本人なら何? 梅干し野郎?」
「梅干しが酸っぱいのはクエン酸が含まれているからでビタミンCではありません。そもそもレモンやグレープフルーツも酸っぱいのはクエン酸の効果であり、ビタミンC自体は酸っぱくありません」
「なん……だと?」
酸っぱいものが欲しくなるのはビタミンCが不足してるからだと思ったら、実は全然関係なかったことに驚くアマテラス様。
実際赤ピーマンやブロッコリーなどはビタミンCが豊富に含まれていますが、別に酸っぱくありません。
今日も高天原は平和です。