ポケットの中の財布の中身まで土まみれになる
「人魚って海から上がった後に真水で体洗いたくならないのか?」
「え? ならないけど」
洋上の大型船の上にて。
甲板の上で七輪使って魚焼きながら聞くカオルさんと、視線はジュウジュウと音をたてる魚に釘付けなまま答えるディレットさん。
周りには他にも何人かの人魚たちが、とってきた魚介を焼いてもらいながらきゃいきゃいとはしゃぎ、それを眺める厳つい武士たちも心なしか顔が緩んでいます。
というか一部の猫耳侍共が一緒になって魚が焼けるのを今か今かと待っています。
猫耳のおっさんとか誰得に思えますが持って生まれたものなのだから仕方ありません。
大丈夫。需要はあります。
「あーまあ元から海の生き物だしなあ。気になるわけがないか」
「カオルは気になるの? なら洗えばいいんじゃないの?」
「節約してんのに俺だけ文字通り湯水のように使うのもなあ」
船上での真水の確保というのは船旅の課題とも言え、海水から真水を生成することが比較的容易くなった現代でもやはりコストはかかるので節約するのが基本です。
戦前の日本海軍などでは水を節約する一環で、スコールが近付くと号令がかかり、その時だけは服装を気にせず全員裸同然になり石鹸片手に体を洗い始めたそうです。
南極の観測船などでも同じような話はあるので、大量の水が手に入るスコールは正に恵みの雨だったようです。
「転移魔術使った補給も微妙に失敗したから、原因が分かって解決するまで控えることになったらしいし」
「ああ。私たちが居なかったら溺れてたよねあの人たち」
「その点はホントよくやったよおまえら」
実は海にボッシュートされた人たちを迅速に救助していた人魚たち。
普段どれだけ呑気していても、海の中なら人間では到底及ばない機動力を見せつけます。
なおそれでも一緒に飛んできていた補給物資の一部は回収できず水没したので、保存食は員数確認のために食べ終わった後の空容器まで回収するつもりだったローマンさんが頭を抱えたのは別の話。
「カオル殿。この後手合わせ願えるだろうか」
「ずるいぞ! 拙者も是非!」
「あーはい。じゃあ食べ終わったら」
そして体を洗うのを控えてるのに汗かくようなことを提案してくる武士たちに「いいえ」とも言えず流されるカオルさん。
武術は武士の嗜みだからね。仕方ないね。
今日も異世界は平和です。
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一方高天原。
「毎日お風呂入れないとか地獄?」
「それが地獄なら世界は地獄で溢れていますね」
流石日本の主神というべきか綺麗好きらしいアマテラス様と、むしろ毎日風呂入るの日本人くらいだとつっこむツクヨミ様。
とはいえ風呂に入るという習慣が少ないだけであり、シャワーだけなら一部例外を除き割と各国頻繁に浴びています。
それでも風呂あるいはシャワーのたびにシャンプーで髪を必ず洗うのは日本くらいだそうですが。
「海で体洗うのはダメなの?」
「海水はミネラルが豊富でいわゆる硬水ですからね。体を洗うには肌や髪には刺激が強すぎます」
実際一部ヨーロッパ圏などで入浴の習慣が薄いのは、文化習慣的なもの以外にも硬水が多いからだという話もあります。
また硬水は石鹸と化学反応を起こして石鹸カスという物質を作ってしまいあまり泡立たなかったりします。
あと肌や髪に悪い(重要なことなので二回)。
「まあ風呂に入らないにしても濡れタオルで体を拭くだけでもかなり違いますよ」
「そんな風邪ひいたときみたいな」
そういうアマテラス様ですが、実際に演習などで一週間以上も山に籠もる時は、全身拭けるタイプのウェットシートなどが大活躍しました。
それでも一週間ぶりの風呂とか肌から汚れや土がこそぎ落ちてるような気がして、何というかヤバい(語彙力)。
「まあ考えてみれば私たちも父上が汚れを落とすために体洗って生まれたわけですし不思議ですね」
「汚れ言うな」
せめて穢れと言えと抗議するアマテラス様。
今日も高天原は平和です。