馬に乗ると尻が痛い
「やっと馬の扱いにも慣れてきたわね」
「いや馬自体の扱いにはとっくの昔に慣れてんですけど」
メルディア王国にて。
最近恒例となっているカオルさんと田吾作の訓練が終わり、ようやく形になってきたと頷くオネエと抗議するカオルさん。
横ではまだ満足していないらしい田吾作が飼葉を貪りながら「ったくしょうがねえな」といった感じの目を向けています。
しかし実際カオルさんの乗馬技術自体はとっくの昔に並程度にはなっており、問題なのは田吾作が人間が耐えられる限界を越えた速度で走り回ることだったので、上がったのは主に耐久力だったりします。
乗っているだけで耐久力が上がる馬とか何それ恐い。
「それに使ってる得物が槍で良かったわね。剣だと馬上で戦うにはこつがいるもの」
「あーリーチが短くて届かないっすもんね。……先輩素手なのに馬に乗ってるときどうやって戦うんですか?」
「足で」
「あ、はい」
ズボンの裾をまくり筋肉質な長い足を自慢げに見せるオネエと、どう返せばいいのか分からずとりあえず返事しとくカオルさん。
いくら足が長くても馬上からは敵に届かないだろうとつっこまれそうですが、オネエが本気で蹴ったら音速を越えてソニックブームが発生するので問題ありません。
乗られてる馬は間違いなく反動に耐え切れず早々にギブアップしますが。
「でも貴方に見合った槍がないのが問題なのよねえ。ドワーフたちに頼んでとにかく頑丈なのでも作ってもらおうかしら」
「ドワーフってあのドワーフですよね。気難しいのにそんな頼み聞いてくれるんですか」
「酒贈ってジュウゾウさんの店で何品か奢ればいけるわよ」
「やっす」
案外チョロい条件で働くドワーフに思わず言っちゃうカオルさん。
でも実際の所その程度でお願いを聞いてくれるのは、オネエ含むメルディアの騎士たちが半ば仲間だと思われているからで、そんなほいほい武器作ってくれるほどドワーフは安くありません。
ついでにドワーフたちとそれほど親密になっているのは外交的にもかなりの功績となりえるのですが、オネエたちは飯食いに行ってるだけのつもりで自覚がないので国に報告もしてません。
でもハインツ王子に知られたらまたろくでもないこと企みそうなので結果オーライです。
「何であの王子様いちいちやることが面倒くさいんですか」
「下手に頭が回るからいらんことまで思いついちゃうみたいなのよね」
その割には恋愛に関しては頭回らないしヘタレなのよねえと内心では主君に手厳しいオネエ。
今日も異世界は平和です。
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一方高天原。
「ストレッチは入浴中や風呂上りが効果的!」
「それ三日で飽きるやつでしょう」
I字バランスができなかったせいか、飲み終わった牛乳を横に置いて開脚前屈をするアマテラス様と、これやり始めたの何十回目だっけと過去に思いを馳せるツクヨミ様。
アマテラス様が「うぬぬぬぬ」と唸ってますが、頭が床につくどころか肘すら怪しいレベルです。
「まあ体がやわらかいほうが転倒したときなどに怪我をすることが減りますし、血行も良くなるのでやって損はありませんが」
「でしょう。でもこういうのって長続きしないんだけど、何かこつでもないの?」
「たまにサボればいいかと」
「……」
ツクヨミ様の答えが本気なのか冗談なのか分からず首を傾げるアマテラス様。
たまに真顔でボケるせいでアマテラス様が少し用心深くなっています。
「いや本当ですよ。筋トレなどもそうですが、最初から一日もサボらず毎日続けるつもりで始めると、一日休んでしまっただけですっぱりとやめてしまう場合が多いのです」
「えー。確かにハイ失敗終わり! って見切りつけちゃうことはあるけど」
「あとは辛いのに無理に毎日続けると、脳が『嫌な事』と認識してストレスを感じてしまいます。むしろ適度にサボって『やらなきゃ』と意欲が湧いたときにやれば、その内にむしろやらないと落ち着かないようになりますよ」
「うーん理屈は分かるけど、そんなうまくいくもの?」
「やる気が出ないまま終わることもあるので人それぞれかと」
「ダメじゃん」
身もふたもない結論に文句を漏らすアマテラス様。
でも実際そんな万人が続けられる方法とかあったら苦労しません。
「あとは何か報酬となるものを用意するとかでしょうか」
「トヨちゃーん! ちゃんとストレッチしたら明日のおやつ増やして!」
話を聞いて即座に自分へのご褒美を手配するアマテラス様と、母親に物をねだる子供みたいだなとは思っても言わないツクヨミ様。
今日も高天原は平和です。