いきなり聞かれても七草全部分からねえ
「うおおおおっ!」
「元気ねえ」
大陸南部のメルディア王国にて。
練習のために王都近くの平野を走り回るカオルさんが乗った馬改め田吾作と、それを見守るオネエ。
田吾作の走る勢いが凄すぎるせいで、曲がるときに馬なのに横滑りしてドリフト状態になっています。
「いいなあ。私もああいう馬欲しいなあ」
一方カオルさんを絶叫させながら走る田吾作を見て羨ましそうに言う団長。
団長は団長なので騎士なのに並の馬ではその戦いに付いて行けず、むしろ乗らない方が速いし強いので仕方ありません。
「欲しいなら言ってみれば?」
「ええ。神様からもらった馬だろ。いくらカオルでもそんなホイホイくれるか?」
「神様の馬だから迂闊に処分できないってぼやいてたわよ」
相変わらず神様が恐いので田吾作の世話はきちんとしているものの、馬とかいらねえという意見は覆ってないらしいカオルさん。
乗るたびに今のように限界まで振り回されるので仕方ない面もありますが、団長からお墨付きをもらっている人外候補生なのであと数ヶ月もすれば慣れます。
「んーなあカオル。その馬私が貰ってもいいか?」
「……乗りこなせるならどうぞ」
どうやらようやく満足したらしく、戻ってきた田吾作の上でぐったりとしているカオルさんに早速聞いてみる団長。
それに対しカオルさん即決。
疲れすぎて判断力が鈍っているのもありますが、自分より強くて社会的地位もある団長に献上するという形なら神様も怒らないんじゃないかなあと一応ちゃんと言い訳も考えています。
「よっしゃ。じゃあちょっと失礼して」
飼い主から許可が出たので、早速とばかりにぐったりとしたカオルさんをオネエに引き渡し田吾作へと近付く団長。
「ひひん」
「あ?」
それに対してカッポカッポと同じ速度で後退っていく田吾作。
明らかに警戒されています。
「……いつもカオル凹ってるから主人を苛める恐い奴だと思われてるんじゃない?」
「はあ? 別に現場見られたわけでもないしそもそもアレは稽古だろ!?」
そう言いながら改めて近付く団長ですが、やはり後退っていく田吾作。
心なしか怯えているようにも見えます。
真実はどうあれ団長は神馬にすら恐れられる領域にまで達していたようです。
「……上等だ無理やりにでも乗ってやんぞコラァッ!?」
「動物をいじめるんじゃありません!?」
田吾作を捕らえるべく走り出す団長と、それから逃げるように全力疾走を始める田吾作。
逃げる馬に追いついて無理やり乗れる時点でもう馬必要ない気がしますが、もはや意地なので関係ありません。
「田吾作……大丈夫かなあ」
「そう思うならいい加減主人として自覚持ちなさい」
それを見て流石に悪いことをしたと思ったのか心配するカオルさんと嗜めるオネエ。
今日も異世界は平和です。
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一方高天原。
「七草粥すら美味しいとかトヨちゃん神なのでは?」
「神ですよ」
七草粥をかっこみながら何か言ってるアマテラス様とつっこむツクヨミ様。
ちなみに七草粥は本来一月七日の朝に食べるものとされていますが、例によっててきとーなのが日本人なので「七日中ならいつ食べてもいいんじゃね?」というのが主流になってきています。
「でも七草粥って健康祈願や胃を休めるためのものだから、味は二の次なのがデフォルトじゃないの?」
「薬膳的な意味合いがあるのは確かですが、ちゃんと調理すれば美味しくなりますよ。よく言われる青臭いというのはアク抜きが不十分なことが多いですね」
「え、何それめんどくさそう」
「アク抜きと言っても軽く茹でて水洗いする程度ですよ。それと最近はお粥自体を食べ慣れていない人が多いので、味の調整がよく分かってないという場合もあるみたいですね」
「毎年大量のお年寄りを病院送りにしてるのに?」
「よく覚えてましたね」
先週ツクヨミ様に聞かされた、お年寄りの喉を詰まらせる食品トップをちゃんと覚えていたアマテラス様。
やればできる子です。
「まあ下ごしらえをちゃんとすれば塩だけでも美味しい七草粥になりますよ。実際この七草粥は美味しいでしょう」
「つまりこの七草粥が美味しいのはトヨちゃんの愛のおかげだった?」
「そうですね」
まさかの肯定に台所から「つっこまないんですか!?」とつっこみを入れるトヨウケヒメ様。
今日も高天原は平和です。