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かき氷食べ過ぎて冷凍庫の氷が無くなる問題

 かき氷。

 夏の定番とも言えるデザートですが、氷を使うという特性上明治時代に入り製氷機が普及するまでは庶民には手の届かない高級なお菓子でもありました。

 しかしその歴史自体は古く、日本では平安時代には貴族の間でかき氷が楽しまれていましたし、古代ローマでは削った氷に蜂蜜をかけて食べていたそうです。


 ローマの文化の多様性は異常。


「かき氷ならわしにまかせろー!」


 そしてそんなかき氷をハンドル回して高速で作ってるグライオスさん。

 まるで休日に子供にいいところを見せようとして腰を痛めるお父さんのようです。


「夏になると氷が簡単に手に入る冷凍庫がありがたいでござるな」

「そうか? それくらい魔術でどうとでもなるじゃろう」

「いや、それはエルフが器用すぎるだけだと思うんですけど」


 氷ぐらい魔術で出せるだろうというリィンベルさんにつっこむエルテさん。

 どうやら魔術と言えば兵器扱いな人間とは違って、エルフの魔術は生活密着型のようです。


「みなさんシロップは何をかけますか?」

「いちご」

「めろん」

「抹茶」


 シロップの入った小皿を片手にリクエストを受けるシーナさん。もちろん自家製です。

 自家製というと何だか手間暇かかっているように聞こえますが、シロップ自体は密閉した瓶に果物と氷砂糖を入れれば割と簡単に作れます。

 でもいちごとかはあの市販の嘘くさい味が好きなんだよという人も居るので難しいところです。


「あ、ヤヨイさん。ローマンさんのかき氷持って行ってあげてくれませんか?」

「ふみゅ? そういえば今日は部屋にこもりっぱなしでござるな」


 いちごシロップのかかったかき氷を一口含んだところで言われて、ローマンさんが居ないことに今更気付くヤヨイさん。


「承知したでござる」

「あ、ついでにこれも」


 かき氷と麦茶の乗ったお盆を渡され、ヤヨイさんはリビングを出ると軽快に階段を上っていきます。


「ローマンどのー。差し入れでござるよー」

「あ、ありがとうございます。その辺に置いといてください」


 そしてノックの後に返事があったのでローマンさんの部屋に入りはしましたが、肝心のローマンさんは何やら机のノートPCに向かったまま振り向きもしません。


「……」


 思うところあり忍び足でローマンさんに近づくヤヨイさん。

 忍び足で猫に勝てる生物はいません。肉球は飼い主にぷにぷにされるために存在しているわけではないのです。


 そして隣に回り込みローマンさんの顔を覗き込みましたが、相変わらず黙っていればイケメンなものの顔色が悪いです。

 それを確認すると、ヤヨイさんはかき氷を手に持ちズイッとローマンさんの眼前に突き出しました。


「かき氷でござる」

「いや、だから置いといてくださいって……」

「溶けるでござる」

「少ししたら切り上げますから」

「いいから黙って食えでござる」

「……ハイ」


 押し切られてかき氷を受け取るローマンさんと、やり切ったとばかりに「むふー」と鼻から息を出すヤヨイさん。

 最初はローマンさんの体調を気遣ってやったのですが、完全に目的が変わっています。


「しかし根をつめて何をやってるかと思えば、翻訳でござるか。アダチ殿に頼まれたのでござるか?」

「いえ。これは自分で志願したものです」


 PCの周りに並べられた異世界の文字が書かれた文書の山。

 どうやらローマンさんはそれを訳してPCに入力していたようです。


「それはまた何故。この国の専門家も拙者たちの世界の言葉は大体分かるようになってきたはずでござろう」

「現地の人間でないと分からないこともありますから。それに……少し思うところがありまして」


 そう言いながらかき氷を口に含むと、ローマンさんは言葉を切りました。


「ヴィルヘルミナ……私のかつての婚約者が帝国における異世界関連の事業に関する中心人物となっているそうなのです」

「……まさかいいカッコしてよりを戻すつもりでござるか?」

「まさか。私はそこまで愚かではありませんよ」


 そう言って苦笑すると、かき氷を一口食べて飲み下すローマンさん。


「ただ彼女が前に進んでいるのに私が立ち止まっているわけにはいかない。既に道は分かたれていても対等でありたい。もしかすれば私は酸味の強い葡萄ではなく大魚だったと思われたい、そんな男の安っぽいプライドなのかもしれません」


 そう言って笑うローマンさんの顔は少しやつれていましたが、以前にはなかった余裕のようなものがありました。


「……っ」


 その顔に見とれていたことに気付き、焦ったように猫耳をパタパタと振るヤヨイさん。

 慌てて視線をそらせば、いつのまにか空になっているかき氷の容器が目に入りました。


「あ、皿下げておくでござる。あと麦茶もある故、作業しながら飲むといいでござる」

「はい。ありがとうございます」


 そうまくし立てるように言うと、ヤヨイさんは麦茶の入ったコップを押し付けて意識してゆっくりと部屋を出ました。

 そしてドアを閉めて背を向けると、静かに、しかし長く息を吐きます。


「男子三日会わざれば……とはいえ、毎日顔は合わせていたはずなのでござるが」


 そう一人ごちると、お盆をもって階段を下りていくヤヨイさん。

 今日も日本は平和です。


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― 新着の感想 ―
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