夏は夜行性になりたくなる
「……しんどい」
フィッツガルドのインハルト家の屋敷の一室。
最近仕事がらみで泊まることが多くなったカガトくんが、椅子に腰かけて黄昏ています。
まるで異世界に召喚された直後にアイキャンフライしそうになっていた頃のようです。
「ご苦労でしたわカガト。すっかりこの国の重要人物になってしまいましたわね」
「ハハッ。やめてくださいよ(真顔)」
分かっていても認めたくない事実を言われて割と本気で逃げようかと考え始めるカガトくんと、笑顔で言いつつもちょっと不満そうなヴィルヘルミナさん。
最近自分の部下のはずのカガトくんが、ミィナさんやら皇帝陛下やら父やらに貸し出されっぱなしなのでちょっとご機嫌斜めなのです。
「でも本当に見事な仕事ぶりでしたわ。お父様も満足なさっていたみたいでしたし」
「え、アレで?」
自分といる間終始仏頂面だったインハルト侯を思い出し、娘にたかる虫とでも思われてるんじゃと戦々恐々としていたカガトくんでしたが、意外にその評価は高かったようです。
「ええ。もう普通に話が通じる魔術師というだけでも貴重ですもの。その上でこちらの意見を尊重して命令を聞くなんて、奇跡的な存在と言っても過言ではありませんわ」
「この国の魔術師どんだけフリーダムなんですか」
呆れるカガトくんですが、魔法学園に居る魔術師たちも研究場所やら資金を提供されなければ明日にでも出奔しかねないくらいフリーダムです。
というか実際「もう我慢できない!」と行方不明になり、周囲に多大な被害を出して討伐される魔術師がたまに居ます。
もう魔法学園というよりは一種の監獄学園と言ったほうが正しいかもしれません。
「まあ異世界の門を開く方法も大体掴めましたし、あとはこれをスケール落として形にできれば俺の仕事も終わりです」
「……そうですわね」
カガトくんの言葉に気落ちしたように顔に影を落とすヴィルヘルミナさん。
異世界との門が開く。その結果どんな未来が訪れるか、聡明な彼女は理解しているのです。
「それでお嬢様。異世界との門が安定して開くようになったら頼みたいことがあるんです」
きた。
そう理解して、ヴィルヘルミナさんはカガトくんに悟られないよう歯噛みしました。
居なくなってしまう。
あの人のように。
また私の前から居なくなってしまう。
「あら。なにかしら」
嫌だ。行かないで。
そう叫び出したくなる心を閉じ込めて、ヴィルヘルミナさんは笑顔で聞きました。
「門が開いたら日本に戻って――」
その先は聞きたくない。
それでもヴィルヘルミナさんは笑顔でカガトくんを見続けます。
自分の心を押し殺すことなど彼女にとっては日常。
そして何より、目の前の少年に動揺する無様な自分の姿など見せたくはなかったから。
「せめて高校は卒業したいんで、しばらく休みをもらってもいいですか?」
「……はい?」
予想外なことを言われて、珍しく呆けるヴィルヘルミナさん。
普段鋭い目が丸くなっています。映像でお見せできないのが残念です。
「……こちらに戻ってくるつもりですの?」
「え? だって俺もうお嬢様のところに就職内定しますよね。もしかして雇い主皇帝陛下に変わってるんですか!?」
「いえ。今も私の部下という扱いですけれど」
以前断った皇帝陛下の勧誘がごり押しされたのかと思い、焦るカガトくん。
笑顔でデスマーチな仕事を依頼してくる皇帝陛下は、カガトくんの中で上司にしたくない人物ナンバーワンになっているのです。
「……仕方ありませんわね。学業を修めるのも大切なことですし、休みの日にはちゃんと顔を出しなさい」
「了解です」
仕方ないと言いつつも少し嬉しそうなヴィルヘルミナさんと、よかった高校中退にならずに済んだと呑気なことを考えているカガトくん。
しかし少し考えれば分かったはずなのです。
現状唯一の日本人魔術師であるカガトくんが、日本に帰ったからといって一般市民に戻れるはずがないのだと。
今日も異世界は平和です。




