たまに体に悪いものをガーッと食べたくなる
「ヴぉおおおおぉぉぉぉ!」
とある日曜日の昼下がり。
安達くんちのリビングで野太いおっさんの唸り声が響き渡りました。
「どうしたんじゃナタン。焼酎一気飲みしたと思ったら叫びだしおってからに」
「おーい、水持ってこい水」
唸り声の正体はナタンさんでした。
わびさびを感じさせる陶器のカップを握りしめ、半泣きになりながら飲み仲間のオグニルさんやグライオスさんに心配されています。
「やかましい。昼間から飲むなとは言わんが叫ぶな」
一方水持ってこいと言われたリィンベルさんはいつもの塩対応です。
酔っぱらいは泣いてても真面目に相手したらいかんのです。
「わ、私は自分の欲求を抑えつけずっと神に仕えてきました。神官の中には贅を貪ることに何ら頓着しない不届き者もおりましたが、私は信仰の体現者として自らを律してきたのです」
「おうおう。どこの国も神官というのは大変であろう。そなたのように真面目な者ならなおさらだ」
半泣きというか完全に泣きながら愚痴を漏らすナタンさん(酔っ払い)に、肩を叩きながら理解を示すグライオスさん。
でもグライオスさんが身近だった神官は、皇帝に従わないどころか虎視眈々と失脚狙ってた連中なので、内心でこんな実直清貧な神官実在したのかと驚いています。
「ですから、日本に来てこちらの神職に就く方々の緩さには驚いたのです。いや、驚いたのは日本人の在り方。彼らは神の教えを説かれずとも神の教えを実践しているのだと!」
よく日本人は無宗教だと言われますが、日常的に「いただきます」と言ったり、新年は初詣に行ったり、受験など勝負どころの際も参拝したり当たり前のように葬式したりと、無意識に宗教行為を実践していたりします。
他の宗教なら道徳と一緒に教わることが日常レベルで体に染みついているので、宗教は何かと聞かれても「え……仏教?」と自分が普段何やってるのか自覚できていないのです。
ついでに各宗教の人口を調べると大抵の人が仏教と神道、あと人によってはキリスト教などを並行して信仰しているので、真面目に集計したら各宗教の教徒の合計が人口を余裕で突破します。
無宗教とは何だったのか。
「他人に迷惑をかけないならば、多少のことは見逃される。まこと人の善性に基いた素晴らしい営みの在り方です!」
「わしからすれば少し呑気すぎるように思えるがな」
「故に! 私は思ったのです。この国ならば神に仕えながら趣味に走っても咎められないと!」
「まあ確かに婚姻も自由じゃからな」
ナタンさんの力説に、つまみと酒を口に放り込みながらてきとーに賛同するグライオスさんとオグニルさん。
二人とも異世界に居た時から割とフリーダムに生きていたので、日本の緩さは自覚しながらもナタンさんほど重要には思っていないようです。
「なので私好みの美女を肥え太らせ私に依存させてやろうとしたのにこの有様! ああ、何故痩せてしまったのですかイネルティアさん……」
「おい。こいつ大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。大問題だ」
イネルティアさんが太っていたころの画像の映った携帯片手に号泣するナタンさん。
事ここに至り「こいつヤバいんじゃね?」と思い始めたグライオスさんとオグニルさんですが、間違いなく変態です。
「大体痩せていて何が悪いのだ。ふくよかなのが悪いとは言わんが、イネルティアは間違いなく痩せているほうが美しいだろう」
「いやわしはもうちょっと横に出っ張っているほうが好みじゃのう。大体日本のおなごは縦に長いものが多すぎる」
日本人は痩せすぎ高すぎというオグニルさんですが、ドワーフ基準だとほぼ全人類痩せすぎに分類されるので仕方ありません。
というか日本人は世界肥満代表なアメリカ人などと違い、体重百キロ越えとかになると真面目に命が危ないのでそんなに太れません。
「見た目の問題ではないのです!」
――えー?
テーブルをダンッと叩き力説するナタンさんに、こいつ何言ってんだという視線を向けるグライオスさんとオグニルさん。
割と作者にも何言ってんだか分かりません。
「重要なのは! あの美女が私の料理で! 私の手で! 私に依存し堕落するということ! 太ることなど副次効果にすぎません!」
「分かるか?」
「分からん」
両手を天へと伸ばし演説を続けるナタンさんと、分からないと言いつつも付き合いながら酒を飲み続けるおっさん二人。
「……相変わらず阿呆じゃのう」
そしてその姿を動画に撮ってイネルティアさんに送信する準備をするリィンベルさん。
今日も日本は平和です。