粉バナナ
「由々しき事態です」
何の変哲もない日曜日の昼下がり。
いつも通り趣味のお菓子作りに精を出していたナタンさんが、テーブルに肘をつきながらさも深刻そうにいいました。
「いや。さっきまでウキウキしながらオーブンにケーキ入れてたのに、突然そんな顔をされても困るんじゃが」
一方その様子を見て緑茶飲みつつ呆れたように言うリィンベルさん。
お茶請けは最中です。お餅も入っているのでちょっと贅沢な気分です。
「で、どうせくだらんことじゃと思うが、何があった」
「実は最近イネルティアさんの体形が元に戻りつつありましてな」
「予想以上にくだらんかった」
深刻な顔でさも残念そうに言うおっさん。
実はも何も、イネルティアさんの食事管理や運動管理をしているのはリィンベルさんなので、痩せてきているのは一番よく知っています。
「それの何が不満なんじゃ。まあイネルティアは元々痩せすぎじゃったから、今くらいが適正体重だとは思うが」
「こちらに来てからの私の趣味は、お菓子で彼女を太らせることだったんですよ!?」
「何じゃそのはた迷惑な趣味は」
何か真顔で特殊な趣味を暴露するナタンさんにちょっと引くリィンベルさん。
もしリィンベルさんに自制心がなければ、イネルティアさんと同じく餌食になっていたことでしょう。
「ほら。よくあるでしょう。料理人は食べた人に美味しいと言ってもらえるのが一番の報酬だと」
「ああ。確かにそういう話はあるの」
「私の場合。美味しいと言ってもらった上で丸々と幸せそうに太ってもらえるとなお嬉しいのです」
「どうしてそうなった」
改めて説明されても理解不能なナタンさんの行動原理にドン引きするリィンベルさん。
でもイネルティアさんが嬉しそうにお菓子を食べている姿が微笑ましいのは理解できます。
「嬉しそうに食っとるの見るだけで我慢せい」
「あと後になって『また食べてしまった!?』と頭抱えてる姿もいいですな」
「おぬし本当に神官か?」
色々とアウトなナタンさんの性癖に、このおっさんを神職につけて大丈夫なのかと心配になってくるリィンベルさん。
ある意味童貞拗らせてるからね。仕方ないね。
「そこで私は考えました」
「考えるな。忘れろ」
「ダイエット菓子とカロリー過多な菓子を交互に出せば、イネルティアさんを太ったり痩せたりさせて永遠に楽しめるのではないかと!」
「……」
あ、もうこれあかんわと悟り沈黙するリィンベルさん。
このフリーダム神官に自重なんて生きていく上での必須アイテムなんて存在しません。
「ただいま戻りました」
そしてそんなフリーダム空間に帰ってきてしまったイネルティアさん。
確かに丸々としていた体が平均的なレベルまで細くなっています。
まん丸エルフが好きな一部ファンが号泣待ったなしです。
「フハハハハハッ! よく帰ってきましたなイネルティアさん!」
そしてそんなイネルティアさんを見て、同居人の吸血鬼みたいな高笑いをあげるナタンさん。
色々と極まってきているようです。
「本日はバナナの甘味をそのまま生かしたバナナケーキですぞ。焼き上がるのを待って苦めの紅茶を淹れてあげるので覚悟するのです!」
「大丈夫かおぬし」
何かキャラが崩壊してきたナタンさんを本気で心配そうに見るリィンベルさん。
あえて紅茶を苦めにすることにより甘々なバナナケーキをより美味しくいただかせる卑劣な罠です。
「くっ、バナナの焼ける香ばしい臭いを室内に漂わせるとは卑怯な!」
「大丈夫かおぬし」
一方何かくっころみたいなこと言ってるイネルティアさん。
ちなみにバナナを電子レンジで温めると、大惨事になるので気をつけましょう。
もうね。何か臭いの。ヤバいの(語彙不足)。
「いいでしょう。食べて見せましょう。ただし一切れだけです!」
「おぬしそれ絶対我慢できずにおかわりするパターンじゃろ」
「ご心配なく。紅茶に砂糖は入れないのでいくら食べても大丈夫ですぞ!」
辛うじて自制心を見せるイネルティアさんに、どっかのアメリカ人みたいな言い訳を用意するナタンさん。
カロリーゼロだから大丈夫さ。
「さあ出しなさい! 見事一切れで我慢して見せましょう!」
「フハハハハッ! 後悔してもしりませんよ!」
「……」
イネルティアさんが痩せたせいでテンションがおかしいナタンさんと、ダイエットのせいでテンションがおかしいイネルティアさん。
そんな二人を見て「ガス抜きって大事じゃなー」とか思いつつも放置して茶をすするリィンベルさん。
今日も日本は平和です。