77話目
77話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
実地訓練二日目の天気は、昨日と変化のないそれなりに落ち着いた晴れ模様だった。
昨日と同様にホテルの部屋で用意をしていく中、目の端にちらとレグが写る。
「あぁぁぁ……」
なんとか自力で制服に着替えはしたものの、例のマイ枕にうつ伏せで倒れて今日も朝に呻いている。
その不気味な呻き声に混じって、こつこつこつと部屋の扉が軽く鳴った。
「ランケさーん、レグー」
扉越しに聞き慣れた声が呼び立ててくる。
「今出る」
返事をして冷たいドアノブを引くと、ワッフルが扉からひょこっと身を出してきた。
今日も着ているのは白の制服で、耳にはピアス、背中には盾が目立っていた。
「おはようございます、ランケさん」
「おはよう、ワッフル」
「昨日はランケさん来てくれたので、今日はわたしが来ちゃいました」
すっかり眠気は抜けているようで、ワッフルはそう言うとにひひと目を細める。
それから俺の髪に目を留めると、つま先をぴょんと上げて背を伸ばした。
「寝癖ついちゃってますね」
「直したつもりなんだがな……」
心当たりのある位置の髪を必死に撫でる俺に、ワッフルがくすくすと笑う。
楽しげに揺れていた彼女のピアスだったがそれもすぐに収まり、今度は斜めに傾いた頭に合わせて小さく揺れる。
「今日、どうなりますかね?実地訓練ありますかね?」
「分からないが……もしかすればかもしれない」
「そうなんですか?」
昨夜、ファミレスを出た時に見掛けた、忙しげな騎士の様子。
断定は難しくとも、もしやと思うところはある。
「少し気になるのを昨日見掛けてな。レグも知ってると思うが……」
「あぁぁぁ……」
「あ、返事してますね」
「あれは返事なのか……。……まぁ、行ってみないとだな」
直前に聞いた呻きと全く同じだったと思うが……どこが違ったのだろう……。
「……あの、ランケさん」
「ん?」
レグへの知見の差を感じていた俺に、ワッフルがずっと後ろに構えていた手をおずおずと出してくる。
その手に握られていたのは俺の帽子。
モカモカとチューに見つかった時、顔を隠そうと俺から取っていったのだが、そう言えば返されていなかった。
「わたし、そのまま持ってっちゃってて。寝る直前で気付いたんです、ごめんなさい」
「いや、問題ない」
ほんのり熱を持った帽子を受け取り、寝癖を隠せればととりあえず頭に乗せる。
「昨日は随分話していたな、見ていて楽しそうだった」
ファミレスを出た後の三人の姿はとても久しぶりの再会とは思えない程で、同じ学校に通っている生徒のありふれた日常を見ている気分だった。
ワッフルは照れた頬を自分でぷにぷにとつっつき、えへへと息を漏らす。
「全然くだらない話ばっかだったんですけどね……」
そんなワッフルの奥から、ピンクのリボンに結ばれたサイドテールがひらっと現れた。
「おはよー」
「あっ、クー」
「おはよう、クーシル」
「レグ迎えに来たー。もせんせーもシルバレードも外行った……」
クーシルがレグを引っ張り出そうと部屋へ入ろうとした時、俺が譲った道から逆に部屋を出ていく濃い緑の髪。
「………………おはよ」
誰の手も借りずに、レグが廊下へとその足を進めていく。
肩に羽織るだけのブレザーが、ゆっくりとした動きに合わせてはためく。
希少な光景にクーシルから感動がこぼれた。
「おーー…!レグが!自力でっ!!」
「たまには……そういう時もある…………。悪いけどランケ……鍵頼む……」
「わ、分かった……!」
戸締りは任せてくれとレグに頷いて応える。
ゆらりゆらりと眠気に振り回されながら廊下を歩いていったレグを、見守るようにクーシルが追いかけていく。
俺もすぐに踵を返し、テーブルの上に置いた部屋の鍵を取りに向かう。
「窓は……よし。…………うぉっ!」
窓の施錠を確認して部屋を出ようと振り向いた時、真後ろにぴったりと付いていたワッフルに身が跳ねた。
「さ、先行ってなかったのか……」
帽子の下にある俺の焦った顔を見上げて、無言だったワッフルの桃色の瞳がにっと細くなる。
「ふふーー♪」
若干悪ぶったようなその笑顔からして、ただの思い付きのイタズラなのだろう。表情だけで分かる。
察した俺を見て更に楽しげに笑ったワッフルは扉までステップを踏んでいき、そこでぴたりと靴を揃える。
紫がかった後ろ髪とチェックのスカートが、脚に合わせてこちらにくるっと回った。
「今日も頑張りましょう、ランケさん!」
━━━━━ ━━━━━ ━━━━━
土曜日の今日は学校が休みだからだろう、昨日から打って変わってまるで制服を見掛けなかった。
誰に見せるつもりでもない、それぞれの朝を過ごす休日のロプトーンを抜け、詰め所の扉を押し開ける。
「じゃあ、ちょっと訊いてくるね」
「あれ?ね、せんせ、あの人じゃない?」
ミミコ先生が受付へ行こうとした時、まさしく事件を担当する女性の騎士が廊下を歩いてきた。
が、その足取りはどんよりと重く、目付きは睡眠不足が祟ったように仄暗い。
騎士も俺達に気付き、影が深く掛かったその表情を正してからこちらにかつかつと向かってくる。
「お、おはようございます」
ミミコ先生が頭を下げて挨拶をすると、騎士も力弱く頭を縦に振る。
「どうも……あ、昨日はナイフ、見つけていただいてありがとうございました」
「いえ、そんな」
騎士の話に畏まるような相槌を打ってから、先生は遠慮気味に騎士に問う。
「あの……ど、どうされました?凄い顔で来られましたけど……」
見られていたかと騎士は困ったように口元を歪め、先程の仄暗い顔の原因を話す。
「それが、二人目を確保しまして」
「そ、そうなんですか!?」
「それで夜通し取り調べだなんだで大忙しで……」
やはり、昨夜ファミレスの近くで見掛けた騎士はそれだったか。
一人目も似たような時間帯に捕まったのだ、まさか騎士側も二日連続でここまでの稼働になるとは思っていなかったのだろう。
正した筈の騎士の顔にどんよりとした暗さがまた滲み出してくる。
「はぁぁ……あ、ごめんなさい……。実地訓練についてですよね?」
「は、はい。また、何かお手伝い出来る事があればと思って来たんですが……」
その話を聞いて、騎士の暗かった表情が明るさを多少取り戻す。心待ちにでもしていたかのようだった。
「ちょうど良かった……頼みたい事があったんです。捕まえた二人目の容疑者なんですが、少し気になる事がありまして」
「気になる事……ですか?」
ミミコ先生が訊き返すと騎士がそうなんですと頷く。
「どうもその……荷物が減った気がするんです」
俺が見過ごした、あのファミレスの時間の先。
そこであった謎を騎士が語るが、いまいち要領の掴めない話に先生やクーシル達の顔に疑問の色が浮かぶ。
その顔を見て、騎士も言葉足らずにハッとする。
「その、二人目の確保の際には私もいたのですが、途中、容疑者が建物の中に逃げ込んだんです。すぐに追いかけて、その後、外に出たところで確保したんですが……所持していた荷物が建物に入る前と後で減っていたような気がしたんです」
「何か隠した、という事ですか」
考えられるならそれだろうと質問をするが、肯定とも否定とも取れない斜めに騎士の頭は振り下ろされる。
「暗かったので断言は出来ないですが、多分、バッグのようなもので……。勘違いで切り捨てるにはどうも……」
あまり判然としない話を聞いて、クーシルが謎は解けたとばかりに人差し指をぴんと立てる。
「分かった!宝石だよ、それ!バッグに入れたのをどさくさでこう……ぱーっと隠したんだよ!ですよねっ?」
「それは無いと思います」
これしかないと手をわちゃわちゃ賑やかしながら披露された考えだったが、騎士は即座に強い否定を口にする。
あまりに速い切り返しにクーシルの動きが固まった。
「捕まえた際に所持していた荷物には、きちんと宝石を詰めたバッグがありましたから。量も一人目と大差無かったので、咄嗟に一部を隠したというのも考えにくいんです」
どうしてそこだけ言い切れるのかと思ったが、決定的な証拠があった訳か。
つまるところ、その行方の分からない、ともすればあるかも分からない荷物を見つけるのが、ロプトーン二日目の実地訓練になるらしい。
二日連続捕まった容疑者の後始末とは、経験の無い話だ。
「分かりました。その建物というのは?」
ミミコ先生は話を受け入れて、これから向かうべきその建物を尋ねる。
「高校です」
短く告げた騎士のその言葉に、吐息にしては大きい、言葉にしては崩れた声が隣から聞こえた。
━━━━━ ━━━━━ ━━━━━
高校と聞いて思い浮かぶ、昨夜別れたあの二人。
無論俺でも思い浮かぶとなればワッフルなど思い浮かぶどころの話ではなく、詰め所を出ると周りも気にせず真剣に考え込む。
「まさか……そんな……昨日の今日で?あまりに早すぎでは……?」
歩くワッフルの眉間がぐっと寄り、唇がうむむむと唸る。
「別の高校とか他にあんのかな?俺らが見掛けた制服、今んとこあの二人のと一緒のだけだけど」
腕を組んで考えるレグに、クーシルがでもさと言葉を返す。
「分かんないけど……今日休みだし、普通に学校いないんじゃない?」
「……あっ、そうですね」
必死に悩んでいたワッフルが、ぱっと表情を戻して顔を上げる。
言われてみれば確かにそうだ。
高校だからとあの二人に結びつけてしまっだが、高校であればこそ、休日はいない可能性が高いだろう。
学院でも、休日に院内の図書館を利用する生徒は多少いるが、大多数の生徒は王都に繰り出している。
場所は変われど、その学生としての生態が変わる事は無い筈だ。
「あの二人、休みはぜったい外遊び行くタイプですから。いませんね!」
「折角なら会いたかったけどなぁ……。ま。その高校なのか分かんないんだけどさ」
安心した声で断言するワッフルに、クーシルが惜しむようにサイドテールを揺らす。
と、そんな話をする俺達に、少し先を行くミミコ先生が振り向いてくる。
「ちょっと急ごっか。案内してくれる人、待ってるもんね」
騎士の話曰く、今回の真偽不明の荷物捜索に関して、昨夜の容疑者確保の騒動の内に話は纏められていたようで、校舎の案内人を学校側から用意してくれているらしい。
校舎内をあちこち捜し回る事になるのだ、正式には立会人という事なのだろう。
「あぁ、やはりこちらでしたか!」
待たせる訳にはいかないと詰め所の前の道に出た時、こちらに声が飛んできた。
何かと思いそちらを向けば、休日の街並みにはあまり似合わない、ホテルの制服を着た男が俺達の前にまで走ってきた。
一瞬は誰かと思ったが、着ているその制服は俺達の泊まっているホテルの物。
ホテルを出る際、フロントにいた従業員だ。簡単な挨拶と見送りをしてもらった憶えがあった。
「ど、どうされました……?」
膝に両手を付き、肩で息をするホテルマンにミミコ先生が声を掛ける。
様子からして俺達を捜していたのだろう。
持ち上がった顔にはここまで走ってきたからではない、濃い焦りがあった。
「お、お客様が泊まられている四人使用のお部屋なのですが……さっ、先程、爆発音のようなものがいたしまして……!」
「え、えぇっ!?ば、爆発っ!?」
あまりに意外な事に全員に動揺が走る。
部屋で爆発とはどういう事だ……。
「ば、爆発って、そんな物、あたしら置いてってないよね!?ワッフルもないよね!?」
「もちろんですよっ!」
四人部屋の使用者である先生達が必死に記憶から原因を探すが、心当たりなど当然無いようで混乱しか口からは出てこない。
だが、ホテルマンの切羽詰まった表情からして、間違いなく何か異変は起きているのだ。
「い、一度、お部屋のご確認をお願いしてもよろしいですか?出来れば今すぐにでも!」
余程焦っているようでホテルマンはこちらの返事も待たず、来た道を大急ぎで引き返していく。
「は、はいっ!あっ、でも……」
それを追おうとしたミミコ先生だったが、頭に浮かんだ何かが足を引き止める。
「ど、どうしよう……案内の人、待たせられないよね?」
学校には事情を知らずに待っている案内人がいる。
ホテルに向かうとなれば、到着の時間はどうなるか分からない。
どう動くべきか悩むミミコ先生にレグが口を開いた。
「俺たちだけでも大丈夫っすよ、ちゃんとやっとくんで。な、ランケ」
「そうだな、ひとまずこっちで進めておく」
爆発は気になるが、ここは別れる方が得策だろう。
レグの目を受けて頷くと、ミミコ先生の顔から多少焦りが減った。
「あ、ありがとね!それじゃあ行ってくるね!」
「せんせ、あたしも行くっ!」
かなり遠くまで行ったホテルマンを、ミミコ先生とクーシルがばたばたと走って追いかけていく。
そんな二人の流れる後ろ髪に銀色の髪が更に続いた。
「ちょっと行ってくる」
「シ、シルバレード……?」
顎に手を添え、一人何か心当たりを捜しているようだったシルバレードも、割るような勢いで地面を蹴飛ばして二人を追いかけていく。
髪の隙間から一瞬見えた横顔には、珍しく汗が浮かんでいた気がした。
「わ、わたしは、どっちに行ったら……!?」
小さくなっていく先生達に、ワッフルがあわあわと自分の足の置き場所を悩ませる。
先生達を追いかけるべきか、俺達と共に高校に向かうか。
二つに揺れる彼女のその呟きは多分届いていなかっただろうが、遠くのミミコ先生がまるで返事をするようにワッフルの名前を呼んだ。
「ワッフル!学校、お願いね!とりあえずみんな、ケガはしないようにねっ!」
「は……はいっ!分かりました!!」
ホテルマンと三人の姿はすぐに見えなくなり、休日らしい物静かな空気がたちまち足元に冷たく走る。
しばらくの間、ミミコ先生達がいた所から視線を外せなかった。
遠くで気まぐれに鳥がぴーっと鳴くと、それを口火にしたようにレグが喋り出した。
「なんだよ……爆発って」
「……とりあえず、俺達も行こう」
実地訓練も二日目。
明日に王都へ帰る予定が待っている以上、どれだけ気になる事であっても時間を迂闊には使えない。任された実地訓練は出来うる限り果たしたい。
「高校は……あっちですね!」
ふんと気合を入れたワッフルが左右を見て、騎士から教えられた高校へと繋がる道をびしっと指差す。
その道を進みながらホテルの方角に目を向けてはみるが、何か大きな騒ぎになっている様子はない。耳に届くのはただ休日らしい穏やかさだけだった。
急な出来事だったが、爆発音とやらの原因はなんなのか。
シルバレードは思い当たる原因があるかのようだった。
しかし、そこに関しては後で話を訊く他に真実はない。今は高校での荷物捜索に専念しなければ。
同じようにホテルの方を見ていたワッフルと前に戻そうとした視線がぶつかる。
むふんと鼻を鳴らした彼女は、頑張りましょうと俺に顔だけでやる気を伝えてきた。




