22話目
22話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
「…無かったんじゃないのか」
授業も軒並み終わり、放課後を迎える為の諸連絡の時間。
教務室から帰ってきた担任の放った言葉に、そんな質問が自分の口から突いて出た。
教卓の奥に立つ担任が、眉を困らせる。
「その筈、だったんだけど…」
担任の困り色に塗られた瞳が、教室の扉へと流れた。
話の元凶がそこにあるのだろう、俺も、そしてきっと馬鹿共も、そこに視線を運んだ。
静かな教室に、がらりと扉の開く音が響く。
これ以上は人が来ない筈のこのネカスに、六人目の人間。
「お邪魔するね」
「え…」
「シルバレード…!」
天使が揺らしていそうな日差しのない中でも光り輝く銀髪が見えた瞬間、自分の目にあった興味が、ふつふつと滾る怒りの感情に変わるのが分かった。
「やぁ」
微笑を口元にかつかつと靴を鳴らして入って、風のように入ってくるシルバレード。
教卓の前に向かうまでの短い道のりで、俺に挨拶とばかりに腰の辺りで手を振ってくる。
またあの時と同じ何喰わぬ顔。
シルバレードは一歩引いていた担任から教卓を取ると、俺達に身体を向ける。
初対面の馬鹿二人、特にワッフルは、キレイな人だと憧れるかのように口を動かす。
そんな盛り上がりを静めようと、シルバレードがこほんと咳払いをした。
「はじめましての人もいるから、まずは自己紹介からさせてもらおうかな。僕はシルバレード・ゼア・リーネス。現クイクル公爵の次女で、クラスはコルファ。…ふふ、そこの彼とは長い付き合いの友人ね」
ちらと、瞳だけが俺を捉えてくる。
「違う。くだらん独りよがりに付き合わせようとするな」
友人。
その言葉に合わせたような、ともすれば信頼の色が浮かんだ瞳に、見せられる限りの拒絶を返す。
「あ、あの!元カノさんですよね!」
何処か慌てたような様子で手を挙げたワッフルが、いつぞやの話を引っ張り出す。
初対面の人間にそんな事を言われ、さしものシルバレードも間抜けな顔を浮かべた。
「え?」
「あっ、えっと、聞いたんです。シルバレードさんとランケさんが昔、許嫁だったって」
「…君が話したのかい?」
「貴様があの店に来た所為で仕方なくな。進んでやった訳ではない」
俺が休日に置いてきた筈の不快感をまた抱えながら答えると、そうなんだと声なく口にしたシルバレードはワッフルの方に向き直り、こくりと頭を振った。
「うん、そうだね。元カノって表現があってるかは分かんないけど」
なんなんだこのくだらない談笑の時間は…。
最悪の場所に最悪の人間が来て、こんな事ならいっそ、一人廊下にいた方がまだ気分は優れるだろう。
「で、貴様は何の用でここに来たんだ。まさか、今日から自分もネカスだとか言う訳はあるまい」
「えっマジで!あたしら、え、全然ふつーにだいじょぶだけど!」
用件を引き出させる為に言った俺の適当な推測に、若干の期待を目に輝かせたクーシル。
身体を前のめりにさせ、糸で引っ張られたかのように俺に一度顔を振った後、シルバレードに勢い強く顔を戻す。
よく見れば奥の二人も若干似たような色の瞳をして、如何にも喜ばしげな表情だった。
すぐ真に受ける…。
「流石にそれはちょっと嫌かな…」
「あ、そっすか…」
「残念です…」
肩を落とすクーシルとワッフルを尻目に、変わらず薄気味悪い笑みを見せるシルバレードを睨みの目付きで見据えた。
「貴様も、今回の実地訓練に関係があるのか」
担任から告げられたのは、実地訓練が近日あるという事。
休日出掛けた時には無いような事を言っていたというのに、その次の日でこれだ。
突然あると口にされ、全員が混乱していた。
その元凶が、察するにこいつなのだろう。
「正解♪」
「…ふん」
嬉しそうに口元を緩めたシルバレード。
単純な位置関係だけでなく、たった二文字の為の声音や振る舞いに隠された、下の人間を扱うようなそれに怒りは更に熱を増した。
このまま付き合って良い事など無い。
せせら笑うシルバレードを見るぐらいなら、いっそ壁でも見ていた方がまだ心地良い。
「や、でもコルファがか?他クラスとやるなんて話自体そもそもレアなのに…」
「そうなん?」
「えっとね、今回のこれ、シルバレードさんの持ち込みなの」
「…どういう事ですか?」
「コルファの、じゃなくて、シルバレードさんが個人的にお願いしたい事、らしくて」
個人的な頼み事…シルバレードが、こんな馬鹿の巣窟に?
「それを、あたし達が?」
「そういう事…なんだよね?」
自分自身もいまいち分かっていないような、シルバレードに確認をする担任の声。
なるほど、あいつも巻き込まれた立場か。
「えぇ。僕の街で起きてる事件を手伝って欲しくて。ミミコ先生、席、どうぞ」
「あ、じゃあ」
長い話になると踏んだのか、シルバレードが担任に腰掛けるよう促す。
かつかつと担任の靴らしい音は俺から少し離れた横にまで向かい、ぎぃと椅子を引く音を響かせた。
事件だろうがなんだろうが、まずやってやるつもりなど無いが、今に関して余計な口出しをするつもりは無い。
人の話をすぐに遮るのは、抑えの効かない馬鹿の特徴である。
椅子の音がどこかに消え去った所で、シルバレードの聞くだけで気分を落とす声が悠々と喋り始めた。
「僕の父が領主を勤めている街『ユーツ』で最近、同一犯による財布の盗難事件が多発しててね。お願いするのは、その犯人の逮捕」
「盗難事件…え、や、でも俺ら、そういうの全然やった事ないんだけど…」
「あれ?誘拐犯、捕まえたって聞いたけど?」
「あれはまぁ、なんていうかちょっと成り行き的なので。別に、最初からそのつもりって訳でも無かったやつなんで」
レグの説明に、シルバレードはへぇと適当な相槌を打つ。
口ぶりからして、その被害者がここにいるとはまるで思っていないらしい。そこら辺は学院も伏せているか。
諸々考えれば俺だと行き着きそうな気配もするが、気付いていないのはネカスの実地などさして興味のない事だからだろう。
なんにしても助かったと言える。知れたら面倒にしかならない。
「でもまぁ大丈夫さ。今回の実地訓練、僕も付いていくから」
小さな安堵を遮る、突然の告白。
「シルバレード…付いてきてくれるの?」
まだ二回目の対面だというのに、当然の如く呼び捨てにするクーシル。
だが本人はさしてそこを気に掛ける事なく、訊かれた事に言葉を返した。
「あぁ、なんてったって僕の家がある街での事件だからね。領主の娘として、人任せには出来ない」
無用な口出しは馬鹿の現れと言ったが、必要な口出しをしないのもそれまた馬鹿の現れ。
「そんなもの、騎士団に任せれば良いだろう。貴様の名前を出して頼めば、明日にでも解決してるんじゃないのか」
そういった事件を解決する為に、騎士団が配備されている。
領主の娘から直々に解決を頼まれれば、すぐにでも犯人確保に躍起になるだろうに。
「そもそもだ、何故ここに持ってきた。こんな馬鹿共に頼んで、十分な結果が得られると思ったのか?」
「そこまで言わなくてもなー…」
レグの不満そうな呟きを無視し横目に教卓を写しながら言うと、シルバレードは俺を微笑を添えた瞳で捉えてきた。
「一番の理由は、君がいたからさ。君はもうこの学院に所属する『一般の生徒』でしょ?クラスは変われど友人のよしみ。成長に繋がるような物を探してきただけさ。君には良い人生を歩んでほしいからね」
「っ…貴様…!…まさか、この事件自体がそもそもお前の自作自演だったりはしないよな?それだったらあまりにも幼稚が過ぎるぞ」
自領の問題を他の貴族に見せるなんて、普通であれば恥でしかない。
それをあえて俺に言う事で、今のお互いの立ち位置を明確に刻み込む。
そんな下劣な戦法の為だけに、適当な作り話をでっち上げてきた可能性がある。
付いてくるのだって、機嫌の悪い俺を見て楽しむ腹積もりだからかもしれない。いいや間違いなくそうだ。
こいつの笑顔を見ていると、そんな事を企ててもおかしくないと思えてくる。
「うわー、これが噂のバチバチですか…」
「やっぱこれケンカじゃん…」
「なー…」
「ちょっと気まずいね…」
声を潜め話し合う馬鹿共を放って、シルバレードを一直線に睨みつける。
しかしシルバレードは怯む様子すら見せず、俺の方を向いたまま淡々と言葉を発した。
「いいや、事件に関しては本当だよ。それこそ騎士団にも頻繁に話が入ってきてる。話題になったのを騎士団が粛々と片付けるよりかは、僕のような人間がやった方が色々好都合だろうって父がね。君も、この考えは理解出来るだろう?」
俺の苦悶に染まった顔の観賞と、自領の人間の信頼の獲得。
シルバレードの父が思い付いたらしいが、ネカスに持ち込んだのは間違いなくこいつの意思だろう。
どちらも叶って、尚且つ自分にはろくな被害は無い。賢しい手を思いつく…。
「…学院がそれを許したのか?」
いつの間にか手に込められていた力を抜き、椅子に凭れながら横目に担任を写す。
ゆっくりと、自分自身も不可解そうにして担任は頷いた。
「…みたい。いちおう話としては、正式な実地訓練って事になってるから。私もさっき言われたばっかりだから、まだちょっとビックリしてて…」
「ふふふ♪」
担任の困った顔に、申し訳なさも無く淑やかに微笑みを向けるシルバレード。
「貴族様ってすげー…」
クーシルから感嘆のような呟きが漏れる。こんなのきっと前代未聞だろうに、ネカスだからと学院も適当に承諾したな…。
シルバレードは不快な微笑みを仕舞うと、概要の説明を続けた。
「それで、その実地訓練の日程になるんだけど、来週の休み明けから三日間。三日目の夕方ぐらいには、王都に戻ってる事になるかな」
つまるところ、限度は三日目の正午辺りになるか。
「三日でか、中々余裕ないな…」
レグも一応は士官科にいた身だからか、時間の狭さには気付いていた。
「ね、シルバレード。もしさ、間に合わなかったらどうなっちゃうの?や、もちろんちゃんと頑張るんだけど」
「その時は、騎士団に引き継いで貰うしかないかな。悔しいけどね。コルファとか、まぁ色々あってこれが限度なんだ」
「コルファの方、休む事になるんだよね?」
担任が気付いたように訊くと、他の馬鹿共も言われてみればという顔を作る。
「そうなるね」
「休んじゃって大丈夫なんですか?」
「コルファではよくある事さ。だよね」
「…そうだな」
「なんでー?」
シルバレードの所為で俺に集まった四人の目が、詳しく訳を求めてくる。
シルバレード…コルファの話をわざわざ俺に言わせるよう仕組んだな。
「…コルファは貴族が多い。体調以外でも家の問題で休むような事が頻繁にある。だから、それをいちいち気に掛けるような奴はいない」
ある程度言ったところで、待っていたかのようにシルバレードが声を差し込んできた。
「訊いたら訊いたで、今度は自分の番が来た時に逆に訊かれる事になるからね。貴族同士の暗黙の了解、みたいなものさ」
「ちっ…最初から自分で言え」
へーと馬鹿共が間抜けな息を漏らしていた間、シルバレードは軽く息を整え、そしてまた喋り出す。
「とりあえずの説明はこれぐらいかな。細かい中身はユーツに着いた時にでも。僕もまだ、全部聞いた訳じゃないから」
一先ず、聞ける限りの話は全ては聞いてやった。その上でやはり結論は変わらない。
説明を終え、教卓の横に離れたシルバレードを見て、がたと椅子から立ち上がった担任に意思を込めた目を向けた。
「おい、俺は今回の行かないからな」
「えっ、でも…」
「そんな薄情なこと言わないでよ」
如何にも寂しげな、そういう風に聞こえるようなトーンでシルバレードが言う。
こいつの役に立つような事、何故してやらねばならない。ミヤシロの尻拭いと、嫌悪としてはほとんど同じレベルだ。
断れば担任がどういう事をしてくるか分からないが、それでもこれには乗りたくない。
「そうですよ、断ったらわたし達行ってる間、寮に一人ですよ?」
「というか、実地訓練な訳だしな。断るとかそもそも選択肢に無いんじゃね?」
「寝坊してたような奴がよく言う」
「おぅ…痛いとこ突いてくんじゃん…」
そこに、シルバレードの小さな声が挟まってきた。
「…寮」
ふと落ちたその呟き。
シルバレードの瞳に鮮やかな色が灯った。
「君たちの寮、行ってみたいな」




