二十一話目
二十一話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
猫カフェに馬鹿共が満足した、昼を越えて少しばかり経った頃。
手近な距離にあった、さして客もいない、こじんまりとしたカフェへと流れた。
通されたのは、四人掛けのテーブルに更に椅子を一脚足した席。あの田舎町での宿とほとんど同じ形だった。
「灼熱、どれ頼む?」
雨に濡れる窓の奥の自分を見ていると、クーシルが声を掛けてくる。
テーブルに目を向ければ、メニュー表がこちらに差し出されていた。
「いつも勝手に決めるくせに珍しいな」
夕飯も何も、俺の食事はほとんどこいつらに選択の余地なく決められている。こうして任されたのは、少し予想外だった。
「今日はほら、自分のは自分で払う訳だし」
なら、どうして俺の気分転換の行き先を決めたのか。問い詰めたところで、納得がいく答えなどまず返ってこないだろう。
「と言っても、そんな選べるほど種類ない感じですけど」
「こだわってるタイプだろーな」
確かに、メニュー表には三種類程度しか主食にあたるものがない。
しかも名前を見るに細かい部分が違っているだけのようで、大まかな形としてはどれも一緒らしい。飲み物の方は多少、バリエーションがあった。…紅茶はないか。
「一番上のでいい。飲み物は…まぁ、ブレンド」
「すいませーん」
俺が何を頼むか決めると、担任が片手を挙げて店員を呼ぶ。
レジの奥に居た店員が来たところで、そのまま担任が全員の注文を済ませた。
少し待ってやれば、焼いた食パンをバンズにして、その中に肉やら野菜やらチーズを挟んだ、針で真ん中を刺されたのと、俺と担任はコーヒー、馬鹿共は果物のジュースが数回の店員の往復の後、テーブルを埋め尽くした。
やはりどれも見た目は一緒。挟んでいるものが一部違うだけなのだろう。
各々いただきますと言うと、形を崩さない為なのだろう抑えの針を抜いて、野暮ったく手で掴んでそれをほうばる。
抵抗感を感じながらも、ワンテンポ遅れて俺もそれを食べる。
…微妙な味だな。
一足先に飲み込んだクーシルが、むっと眉根を寄せた。
「…なんかちょっと負けた気分」
「比べる物じゃないと思うけどね」
パン屋の娘として表情を険しくさせたクーシルに、担任が張り合わなくてもと穏やかに言う。
こういうバーガータイプなのは、あのパン屋にはない。無いもので張り合うのは、確かに無意味である。
「どっちもうまいでいいじゃん」
「そーなんだけどさー…あっ、ていうか、ポテト、先生のはトマトなんだね」
「え?…ほんとだ」
一瞬なんの話なのか分かっていないような声が担任から漏れ出たが、クーシルの視線の先を追って、話を理解する。
バーガーの付け合せとして、皿の周りに軽く飾られたポテト。
俺のはそうだが、担任やらワッフル、レグはプチトマトで、どうやら二種類からランダムで出されているらしい。
なんの断わりもなく、何処か軽やかささえ感じる程さらりと、その内の一つを担任のからクーシルが奪い取る。
「ちょーだい」
「じゃあ、私も」
二人が微笑み合いながら交換を始めると、左右に感じた人の目。
「…何故こっちを見る」
ワッフルとレグの瞳がジロリと捉えた、俺の皿のポテト。
「いただきですっ!」
「おいっ!?」
「隙ありっ!」
勝手にポテトを奪っていたワッフルに俺が顔を向けた瞬間、レグもその手を俺の皿にひゅっと素早く伸ばしてくる。
不意打ちで弾くことなど出来ず、二本のポテトが俺の皿から離れていった。
「貴様ら…!」
「ポテトうんまー…」
「わたしもポテトが良かったです。あ、代わりにどうぞ」
ワッフルから渡された、質素な緑の冠が付いた真っ赤なプチトマト。
それを見てレグもじゃあ俺もと、もう一つ皿に赤を増やしてきた。
「ちっ…」
それで許すわけなどない。
ポテトが食いたかった訳ではないが、こいつらの好き勝手を注意なく見逃したくはない。
二人を睨むが、二人共、俺とは反対側に視線をすいっと逸らす。
そしてその先にあった窓を見て、レグがうんざりげに喋り出した。
「しっかし雨やまんよなー」
「こんな天気で実地訓練とか…ないですよね?」
何処か願うような、拒否が出た顔で担任を自分の眼鏡に写したワッフル。
そんな彼女に、安心してと担任は微笑んだ。
「今のところはそういうのは大丈夫。それにあれだよ?そんな、あちこち全部こんな天気って訳じゃないんだよ?」
バーガーに噛みつこうとしていたレグが、目を丸くして開けた口を動かした。
「え、そうなんすか?」
「はつみみー」
「大陸の広さも頭に無いのか…」
「もー…」
重ね重ね呆れながら、勝手に皿に盛られたトマトを食べる。
じき夏も来る。だからか、まぁそれなりには甘かった。
「去年はギリギリ梅雨入りする前でしたよね、実地したのって」
「うん、それぐらいだったね」
担任の言葉の後、ちらりとクーシルがこちらを見てくる。
にやりと緩んだ口元を見て、また面倒な事が起こると先が覗けた。
「…気になる?なにしてたか?」
「いいや」
「そんな隠すことでもないけどな。ふつーに雑用」
言いながら、椅子の背もたれに深く凭れたレグ。
「ちょ、レグー!」
「雑用しか来ないですからね、基本」
「えー、でも前に一回あったじゃん。魔獣退治。しかも勝ったじゃん!」
「勝てたのか」
どうせ、ネカスに来る話だ。
そう強い相手ではないのだろうが、成功を収めたというと興味に引っ掛かりはする。
「クーがほとんどやっちゃたやつですね」
と、椅子に凭れていたレグが「あー」と、斜め上の宙を見て呟いた。
「そういやさ、コルファの掃除とかあったよなー」
「…コルファの?」
全く予想外の事に、レグに顔を向ける。
「懐かしいね…」
「あれ意味分かんなかったよねー…」
「コルファに来ていたのか?お前達なんかが」
「掃除をね、お願いされちゃって」
「なんかよく分からない理由でしたけどね。意識作りーとか、そんなのでしたっけ」
不可解だったとワッフルは語るが、クーシルはその口元にくすりと笑みを滲ませる。
「でもさ、なんやかんや楽しかったよね、夜の学院入れて。せんせー怖がってたけど」
「なんでそういうのは覚えてるのかなぁ…?」
はぁと、嘆きを漏らす担任。
思い出話に、これでもかと花を咲かせる馬鹿共。
片やこっちは馬鹿共がコルファの床を踏んでいた事実に、食事の手が止められていた。
「あの場所に、ネカスが…」
「なんかちょー嫌そうな顔してない?…あ。そーだ思い出した!黒板にこっそり落書きしたんだけど、気付いたりした?」
「え、クーそんな事したの?」
「こっそりね。ごめんてせんせー」
担任の戸惑いを浮かべた顔にクーシルは、片手を顔の前ほどに挙げて、笑顔に謝意を混ぜた中途半端な表情で謝る。
黒板に落書き。
コルファでの日々を思い返し、思い当たったとある日の一つの場面。
本当に存在していた出来事に、自分の目が見開かれるのが実感できた。
「そう言えばあったな…!くだらん事をする馬鹿がいるものだと思ったが…まさか本当に馬鹿だったとは…」
「やー、ナゾ作っちゃったなー」
コルファの担任が誰がやったのか訊いて周ったりしていたが、これと言って大きな被害というわけではない、消せばそれで済む話、熱心に犯人探しまではしていなかった。
担任なのだ、ネカスの掃除がある事ぐらい事前に聞いていただろうに、見た感じ疑われた気配がないのは、こいつらを買いかぶった結果なのだろうか。…まぁ、なのだろう。
「わたし達とランケさんの、意外な接点ですね」
俺が知っていると分かると、何処か嬉しそうにワッフルが言う。
担任はそれに、微妙そうに首を傾げた。
「これ接点かな?」
「くだらん事をする…。というか貴様」
「へ?…あっ、すみません」
ワッフルの手に持たれた新しいポテトを目で指摘すれば、ワッフル自身、驚いたような表情を浮かべた。
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皿の上がほとんど片付いた頃合いで、女子共が自分達に、バニラのアイスを頼んだ。
仕方なくそれを食べ終わるのを待ってやれば、次の目的地探しの口火をクーシルが切る。
「次どうする?」
「また貴様らが決めるのか?」
流石に午後も決められてはたまったものではない。
口を挟むと、四人の目が俺に向く。
「でも、どこ行くか決めてないんですよね?」
「行きたいとことかないんでしょ?」
「まぁ無いが…少なくとも俺は、猫カフェなんぞではなく、買い物をするつもりで最初は計画してたんだぞ」
クーシルの言葉にそう返すと、担任が驚きで目を見張る。
「あっ、そうだったの?」
「言う前に勝手に決められたからな」
「んじゃ、このあと店探しでもするか?」
かなと、ようやく俺の意見に追い風が流れ始める。
「買い物って、なに欲しいの?」
「それを見つける為に出掛けようとしてたんだ」
隅に追いやられていた目的を伝える。
すると、この後の時間の使い道の結論を担任は口にした。
「じゃあランケくんの気の向くままにで、適当に歩いてみよ?」
「はーい」
反論異論どちらも無いらしく、馬鹿共はカフェから出る支度を始め出す。
その光景に、無意識に口が声を呟いた。
「…良いのか?」
「いいですけど…え、なんですか?」
「ん、なに、どったの?」
「いや…いやなんでもない。気にするな」
どうでもいい事だと、慌てて自分の頭を横に振った。
…通った。
この馬鹿共に、自分の話を通す事が叶った。
それも、普通に言ってだ。
そこが、今この出来事において最も重要な事である。
胸に湧いた感動を一人噛み締めながら、俺も奇妙に思われない内にカフェから出る支度を始めた。
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カフェから大通りに出て、脇道に逸れたところで見つけた雑貨屋。
そこに俺とレグ、そして担任の三人で、ドアベルを鳴らして入っていく。
他の馬鹿二人は夕飯の買い物だとかで、途中、別の店に消えていった。
店内はあまり広くもなく、見た目の華やかさも大通りに立ち並ぶような店には明らか劣っている。
電結晶のランプの暖色の明かりが、影のように地味な店だと俺の目に描き込んでくる。
俺としてはこんな店より大通りの何もかもが整った店の方で買い物したかったのだが、ショーウィンドウを覗いた二人に全力で引き止められ、結果、こんな所に落ち着いてしまった。
前の服やら皿やらの買い物の時は一切口を挟めず終わったが、今回は俺にも決める権利がある。
通路に置かれた陳列スタンドを立ち止まって眺めてみるが、これだと目が止まるような代物はない。
どれも平民向けの質素なアクセサリーや、よく分からない小さな雑貨。
質素さを補う為か物の種類ばかりは豊富で、鞄やら財布、物を収める小さなカゴなどあるが、やはり目は止まらない。
「ん…?」
と、その中に見つけた、陳列棚に儲けられた一枚の皿。
実用的なのではない、インテリア用の飾り皿である。一枚だけで一つのスペースを使うそれには、華の模様が豪奢に彩られている。
こういうの、確か実家の俺の部屋…だった所にも幾つか飾られていた筈だ。
「なんかあった?」
客は、見渡す限り男女一組しかいない。
小さな興味の呟きも、すぐ二人の耳に拾われる。
好奇心のままに陳列台からこちらに近付いてきた二人にその飾り皿を顎で指し、これだと無言で示した。
「お皿?」
「飾り皿だ」
担任と共に俺の場を奪うようにして皿の前に立ったレグが、不可解そうに尋ねてきた。
「皿ってふつー使うもんじゃねーの?」
「全く無知だな。これは実用品ではない。名前の通り飾るようだ、部屋とかにな」
「それ意味あんの?」
「分かんないけど、お金持ちとかのお家はよくあるみたいだよ?えっと値段は……え…えっ!?うそっ!?」
飾り皿の下に設けられた値段を見た担任が、途端、怖がるように身体を大きく下げさせる。
その大声にレグも同じ場所を見た。そして、似たようなリアクションを取る。
「うお…!これ、高すぎじゃね…!?」
「…そうか?」
「ちょお前、所持金見せてみろって」
鞄がない所為で服のポケットに突っ込むことになっていた封筒を、レグに渡す。
表面に描かれたあの意味の分からないキャラクターに一瞬怪訝そうにしながらも、レグはその封筒の中身を確認した。
「いやお前これ…ほとんど全財産使うぞ…」
「…そうなのか?」
金を律儀に数えてやるのがまるで小汚い平民のようで気分が悪く、あまり正確に確かめてはいなかったのだが、こんな小さな店の、出来としては良くないだろう飾り皿一枚しか買えない程度だったのか。まさしくはした金だな。
「や、やめといた方が良くない?ねっ?ねっ?」
担任は心配そうな表情で、俺に買うのを控えるよう強く薦めてくる。
「部屋に皿置いて良い事なんてねーだろ…」
俺がこの飾り皿を買う事に、断固として反対だと口にする二人。
買おうと手を伸ばした瞬間、上からその手を叩き落としてきそうな警戒さえ、その目には色として感じられた。
「しかしな…」
「…というかさお前、この金って学費入ってんだろ?全部使っていいのかよ」
「あっ、それは違うんだけど…」
割り込まれた担任の声に、俺に封筒を返したレグが「そうなんすか?」と顔を向けた。
「学費の方は後で、クーの御両親から直接貰う事になってるから。ランケくんのは多分、それを抜いたのだと思う」
「余計な手間だな」
「あんまりその…自分の生徒からお金もらうのとか出来なくて…」
苦い顔で、頬を指を撫でながら視線を逸した担任。
優しいっすねと、レグが笑う。
全く以て理解の出来ない仕組みだ。
優しいと言うが、結局は自分が嫌な気分になりたくないからしてるだけではないか。
しかしそうなると、この金は全て使ってもさして問題の無いことになる。
だが、封筒に落ちた俺の目を見てその考えを察したのか、レグは尚も購入への否定を口にしてきた。
「やでも、だとしても、マジやめとけって。一回の買い物で全財産使うとかありえないだろ」
「わ、私もやめといた方が良いと思う。もう一回、考え直してみよ?ほら、なんかもっとそんな値段の高くないの…」
キョロキョロと、周囲を見回し出す担任。
「俺の買い物だろう…」
諭すように言われてもう一度、不満を漏らしながらと飾り皿と向き合ってみる。
すると頭に蘇った、クーシルの母親から封筒を渡された時に共に言われた言葉。
これがなきゃダメ…だったか。
……。
…絶対に必要かと考えた時、少し悩んでしまった。
「まぁ…やめるか」
俺が飾り皿を諦めれば、二人は安堵したような吐息をはぁぁと吐きこぼした。
「よかったぁ…」
「お前、金銭感覚ぶっ壊れてんのな…」
「まぁ、しょうがない…のかな?」
飾り皿から目を外し適当に近い棚を見ていた間、レグは怯えるようなトーンで独り言を言っていた。
「なんでこんなの一個だけ置いてあんだ…罠だろこれ…」
それを聞き流しながら、また適当に商品を眺めていく。
今、絶対に必要な物とはなんだろうか。
…一番に思いついたのは財布。
今がまさしくそうだが、それがない所為で…どう言えば当たるか、人間らしくない持ち方をしているような気がする。
封筒そのままなど、気品に欠けるだろう。
そもそも貴族ともなれば金を持つのは執事かメイドにはなるが、俺にはその両方がいない。気にしなくて良かったことを、気にしなければならなくなってしまった。これに限った話ではなく、諸々と。
買うべきはやはり、財布だろう。
確か、少し前に見かけていた。
入り口から少し右に行った所、記憶の言う場所に向かえば、財布のエリアがやはりあった。
陳列棚に設けられた、階段のような段差。
そこに並べられた財布を左から右に、興味が止まる場所を探していると、俺を挟んで顔を覗かせてきた二人。
「お財布買うの?」
たまらず、口から疲弊が押し出された。
「はぁ…いちいち付いてくるな」
「怖いんだよ、お前なんか変なもん買ってきそうで」
言い合いして引き下がるような気配はいつも通り無い。
財布にまた目を戻したが、右に行き切っても、興味は居心地の良い場所を見つけ出してはくれなかった。
「もっと派手なのは無いのか…どれも地味過ぎる…」
買うとしたら、折り畳みよりも長財布。
しかし茶色だとか黒だとか、似たような暗色の物ばかり。気品とは相反する色だ。
「との意見らしいっすけど」
「明るい色は…ちょっと、悪趣味な感じしちゃうかもなぁ…」
あまり薦められないと、自分の頭を担任は斜めに傾けさせる。
「だってさ」
「貴様らの感性で決める理由は無いだろう」
「悪目立ちすんぞ?変に派手だと」
「それは…」
それは…少し困るな。
そうそう出掛けるつもりはないが、その少ない出掛けの度に、店員やらなんやらに興味を持たれる。顔を覚えられたりでもしたら実に面倒だ。
他に店を回るのも億劫。
ここで、この色で手を打ってやるのが、賢い人間、つまりは俺の取るべき判断なのかもしれない。
「仕方なし…なのか」
躊躇いの鎖を腕に絡めながら、蒼も若干溶けたような黒の長財布に手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと待って!」
が、担任の手が俺の腕を財布に届かせないよう、力強く掴んできた。
「離せ。地味なのにしろと言ったのは貴様だろう」
言い出した奴に水を差され、苛立ちが募る。
「それは良いんだけど…ね、値段…」
俺の取った長財布の下の値段に、険しくさせた自分の顔を担任はぐっと近付ける。
「…うん。大丈夫…大丈夫、だよね。レグ、私、見間違えてないよね?」
「あー…はい、間違えてないっすね」
「じゃあ…はい!」
ぱっと、俺の腕を掴んでいた手が離れる。
「はぁ…買ってくる」
余計な手間に疲れながら長財布を取り、レジへと向かった。
「ありがとうございましたー」
レジスターのカチンという、妙に印象に残る音。
財布の入った紙袋を受け取り、店員の心の無い感謝を背中に、入り口の扉に向かう。
その手前、雨に濡れた傘が二本刺さった傘立ての傍で、俺の傘と自分の傘を両手にそれぞれ持った担任と自分のを一本持ったレグが、俺の手にする袋に目を落とすと小さく微笑みをこぼした。
「大事にしろよ?それ、自分の金で買った初めての物なんだし」
「自分の金で買ったからこそ、どう扱おうが俺の勝手ではないのか」
「でもだよ。はい、傘」
担任は否定をしながら、俺に傘を渡してくる。
気分は悪いが、とにもかくにも買い物は終い。
店から出て、変わらぬ小雨を降らす外に傘の先端を見せつけた。
━━━━━ ━━━━━ ━━━━━
集合場所の、路面電行車の停留所。
屋根の下のベンチに、馬鹿二人は既に腰掛けていた。
「あ、来た」
両方が紙袋を膝に乗せていて、クーシルの方が挨拶でもするように片手を挙げた。
「間に合ったよな?」
それに応えるようにレグもまた手を挙げる。停留所の数段しかない小さな階段を、傘を閉じながら三人で上がった。
「えぇ。もうすぐ来ると思います」
適当に、二人の座るベンチを取り囲むように三人の居場所が散らばる。
「なんか良いの買えた?」
「ふふ、教えてあげたら?」
担任がそんな事を言うと、二人の興味有りげな目に俺が写される。
咄嗟に、取られはしないだろうが、紙袋を持った腕を反対側の腕に引き寄せた。
「そんな面倒な事してやるか」
「えー、教えてよー」
「財布だよ、買ったの」
俺が言わないと分かると、レグは許可も取らずに勝手に紙袋の中身を暴露する。
「はー…財布ですか…」
「ちっ、教えてやらなくてもいいだろう…」
睨みを向けるが、レグは「別に隠す物でもないだろ」と肩をすくめ開き直った。
「もっと変なもの買ってくると思ってました、わたし」
「未遂はあったね…」
「…ふん」
なんて話していると、遠くに見えた路面電行車。
全員の目が一度そちらに向き、クーシルとワッフルが紙袋を抱えて立ち上がる。
路面電行車は目の前に止まると、側面に付けられた折り戸をぱたりと開ける。
相も変わらず客のいなさだ。まぁこの天気もあるのだろうが、一般に受け入れられるにはまだ時間が必要らしい。
寄り集まって座った馬鹿共から、一人分程スペースを空けて腰掛ける。本音を言えばもっと離したいが、それをするとこいつらが距離を詰めてくる所為でどうしようもない。
と、ワッフルがあっと声を上げ、俺の方に眼鏡の先の瞳を向けてきた。
「そう言えばですけどランケさん、きょう気分転換できましたか?」
「あーそうだったな、今日の目的」
「どーだった?」
「……」
言われると、嫌でも今日のこいつらとの時間を振り返ってしまう。
こいつらといる間、確かにあの銀髪の事はすっかりと忘れていた。
しかし、だとしても、決して充実した一日だったとは言えない。何故なら、こいつらが常に傍にいたからだ。それだけで、どんな一日も最悪に変わる。
「…忘れはしていたかもな。違う不快に振り回された所為で」
皮肉を言ってやったつもりなのだが、馬鹿共の顔はぱあっと晴れやかなものになる。
「成功なら良かった!…あ、でも違うのって?やっぱ雨?」
「でしょうね。一回も晴れてくませんでしたから」
ワッフルの瞳が、背後の雨雲を睨む。
「ま、そればっかりはしゃーなしだろ」
「…あり得ないな」
何故自分達と思わない?
自分達が迷惑を掛けていると、欠片もこいつらは思っていないのか?
和気あいあいと喋る馬鹿共を見て、なんとも言えない顔を浮かべる担任。
しかしそこには、暖かさが小さく混じっていたような気がした。
と、折り戸が閉まる。そろそろ発車するらしい。
馬鹿共の話題は店で見つけたよく分からない果物の話になり、見ただけでなく買ってきたから夕飯の後にどうかと、半ば決定事項ぎみに話し始める。
その目は、当たり前ながら俺も巻き込む。
「ランケさんも、ですよ?晩ごはんの後、用意してあげますから」
「いらん。勝手に食ってろ」
馬鹿共の会話がほとんど占める、路面電行車の車内。
声絶えないままに、雨の景色が動き出した。




