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時空間管理人~異世界転移のその裏で~  作者:


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宴の黒幕は……

 時空間軍との戦いで瓦礫の山となった中央棟の建て替え作業が始まり、工事の音が昼夜を問わずに響き渡る。

 中央棟にあった施設や時空間管理人の部屋は、新中央棟が完成するまで広大な庭に造られた仮設棟に移された。


 暗夜は今日も工事の音を聞きながら、白雅の仮執務室の扉をノックした。


「今回の報告書だ」


 白雅は報告書に簡単に目を通していく。


「白雅、聞いてもいいか?」


「なんだい?」


「何故、クロノスの情報が時空間管理局のメインコンピューターにあった?」


 白雅は報告書から視線を外さずに、そっけなく答えた。


「クロノスについては昔から情報だけはあったんだ。時空間移動装置なしで時空間移動する要注意人物として。ただ顔写真以外、なにも情報はなかった。まさか子どもの頃のお前の命の恩人だとは思いもしなかったよ」


 故意に情報を隠していたわけではない。


 白雅の言いたいことを理解して、暗夜はもう一つ気になっていたことを聞いた。


「時空間軍と戦った時のことだが。今回は結果的にうまくいったが、もしあのまま移動経路が封鎖されたままだったら、どうしていたんだ? あと一分でも移動経路の解除が遅ければ、全滅するところだったんだぞ」


「信じていたさ」


「は?」


 白雅は楽しそうに笑いながら、だが視線は報告書から外さずに言った。


「移動経路の封鎖はお前が必ず解除すると信じていた。お前はどんな状況でも、オレの期待通りの仕事をしてくれるからな」


「……手の上で都合のいいように転がされているだけのような気がするのだが?」


 暗夜の疑惑の視線に白雅は大げさなため息を吐いた。


「ひどいなぁ。オレは信じているだけなのに」


 白雅の言葉に暗夜も盛大なため息を吐いた。初対面で馴れ馴れしく接し、自分のことを信じると言った青年の顔が浮かぶ。


「どいつも、こいつも簡単に信じすぎだ」


 白雅は真剣に報告書に向けて言った。


「お前には、それだけの価値がある」


「あのなぁ、そういうことは本人を見て言えよ」


 暗夜の呆れたような説教を無視して白雅が話題を変える。


「そうそう。明後日、ラディル少将が今回の事件について公式で()びにくるそうだ。当然マスコミも来るぞ」


「少将……か。うまく出世したな」


 時空間軍が時空間管理局に攻撃をして、しかも負けた。


 今世紀最大のニュースに世間の目が嫌でも集まる。時空間軍は時空間管理局に攻撃をしたのは情報ミスが原因だったとして、一部の中間管理職の人間を免職させるだけで終わらそうとしていた。

 そこに、ラディル大佐が人体実験の証拠と、今回の事件の内部資料や上層部からの攻撃命令書などを全て公表したのだ。


 当然、上層部に世間からの非難が集まる。時空間軍はどうにか誤魔化そうとしたが、ラディル大佐のほうが一枚上手で、全て先手を打たれているため誤魔化せば誤魔化すほどボロが出た。

 ついにどうすることも出来なくなった時空間軍は、上層部の全員を免職させることで事態を収拾させた。


 そして機密情報である人体実験の証拠と、今回の事件の内部資料や上層部からの攻撃命令書などを世間に公表したラディル大佐は降格するどころか、逆にこの騒ぎを利用して異例の二階級特進をしたのだ。

 そして金髪に茶色の瞳をした美丈夫は、その俳優やアイドル並みの外見と巧みな話術で世間を味方につけ、今では軍の顔として活動をしている。


「まあ、前から腐った上層部を一掃したかったらしいから。全てはラディル少将の計画通り、というところかな」


 その言葉に暗夜が黙って白雅を見る。


「どうした?」


「……前、中央棟を建て替えたいって言ってたよな?」


 暗夜の質問に白雅はすんなり頷いた。


「言ってたよ」


「だが、予算がないって言ってたな?」


「確かに、そんな予算は時空間管理局にはないね」


 今回の中央棟の建て替えの費用は、時空間軍からの賠償金の中に含まれている。


「どこから計画していた? まさかとは思うが、セレナを引き抜いたのは……」


 暗夜の確信的な言葉に白雅は始めて報告書から顔を上げた。


「精神感応装置いらないかい?」


 白雅の突然の言葉の内容に暗夜は少し考えるふりをして黙った。


「その精神感応装置だが〝じゃじゃ馬だが、よく気の利く優しい奴〟なんだって」


「あんな大きい物、置く場所がないだろ」


「地下にスペースを作っておいた」


「使えるんだろうな?」


「もちろん。最新型より性能がいいそうだ」


「わかった」


 二人の間で暗黙の取り引きが成立した。


 中央棟のことについて、これ以上、追及もしないし口外もしない。そのかわり、精神感応装置をもらう。


 白雅は再び報告書に視線を戻して話を始めた。


「セレナちゃん、今日退院したぞ」


「長かったな」


 本来の退院予定日を一週間過ぎている。


「失恋の傷はそう簡単には治らないんだよ。まあ、お子ちゃまの暗夜には分かんないだろうけどね」


 白雅の冗談交じりの軽口に暗夜が黙る。どうやら今度は本当に考えて込んでいるようだ。


「どうした?」


 珍しい暗夜の行動に、白雅が再び顔を上げる。暗夜は少しして、意を決したように白雅を見た。


「欲しい物があるんだが……」


 滅多にない暗夜の頼みごとに白雅は面白そうに笑いながら二つ返事をした。




 予想通りの場所にいたことに探す手間がはぶけた反面、暗夜はため息を吐きたくなった。


 退院した日に行くところじゃないな。


 二週間前、無理やり連れてこられた居酒屋の店の中。前回座った席と同じ席にセレナはいた。もしかしたら、ここがセレナの指定席なのかもしれない。


 暗夜はセレナの隣に座ると、適当に料理を二、三品注文した。


「体のほうは、いいのですか?」


 暗夜の質問にセレナはコップに入った焼酎をちびちびと飲む。


「入院中は全然飲めなかったんだよ~体はどっこも悪くないのにさ~ひどいよね~」


 顔は笑っているのだが、やはりいつもとどこか違う。


 セレナは顎に手を置いてコップの中の焼酎を見た。


「な~んかね、おいしくないの。どうしてかな~?」


 セレナが独り言のように言葉を続ける。


「私ね。この時期になると、すご~~~くお酒が飲みたくなるの。今までは、どうしてか分からなかったけど、ようやく分かったの」


 紺碧の瞳は泣き出しそうなのに、涙は枯れたように出てこない。


「この時期なんだと思う。記憶を消したのが……」


 セレナはゆっくりとお酒をまわすようにコップを揺らす。


「忘れてるのに……思い出すことなんてないのに……それでも体は忘れるように、思い出さないようにって、お酒を欲しがる。どうしてだろ?」


「……欲しいなら、飲んだらいいじゃないですか。少なくとも、嫌々飲んでいるようには見えませんでしたよ」


 暗夜からの意外な言葉にセレナは紺碧の瞳を丸くした。


「今夜は最後まで付き合います」


 そう言うと暗夜は店の主人に空のコップを一つと烏龍茶を頼んだ。


「はいよ。にいちゃん、眼鏡は止めたのかい? そっちの方が男前に見えるね!」


 威勢のいい声とともに渡されたコップを受け取って、暗夜はブルーの小瓶を取り出した。その小瓶を見て、店の主人がいつもより数倍大きな声を上げた。


「お、おい、にいちゃん!? その酒どこで手に入れたんだい!? そりゃ、十年先まで予約で一杯の秘蔵って言われている酒なんだぞ! この前、出したのだって十年前に注文して、ようやく届いた一瓶だったのに!」


「入手経路は企業秘密です。どうぞ」


 コップに酒を注いでセレナに渡した。白く濁った液体の中で白銀が粉雪のように舞っている。


「……」


 黙っているセレナに、暗夜は自分のコップにも酒を注いで目の前にかざした。


「今日は奢ります」


「でも……」


 戸惑うセレナに暗夜は少し顔を赤くしながら苦笑いを浮かべて言った。


「たまには先輩の言うことを聞いたらどうだ? 奢るんだから、好きなだけ飲め」


 暗夜の口調にセレナは一瞬呆気にとられたものの、すぐにいつもの笑顔になってコップを持った。


「ありがとうございま~す。いただきま~す」


 カラン、と二つのコップが触れ合う。


 セレナは一口飲んで驚いたように紺碧の瞳を大きくした。


「やっぱり、このお酒はおいしいね。」


 そう言って一気にコップの中の酒を飲み干すと、店の主人に向かって次々と焼酎や果実酒を注文していく。


 暗夜は笑顔で店の主人と話すセレナを見ながら、烏龍茶を飲んだ。その間に二週間前と同じように酒ビンがテーブルを埋め尽くしていた。

 暗夜はセレナを実家に連れて帰らなければいけないな。と、頭のどこかで考えながら、今はゆっくりとこの時間に浸ることにした。


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