人類の働く男子
10.人類の働く男子
――すごいG。
冬華は、思わず目を強く閉じた。
――やはり、見つかっている。追いかけてきた。
諒は、次第に距離を縮めてくる警察機械たちに焦りを感じた。警察機械たちのサイレンが大音量で鳴りつづける。
――逃がすまじ。
濠洲敬治が睨む。警察機械の簡易警備機械は、的確に後を追いかけてきた。
轟音がした。
「すみませんが、機体当たっていますよ!!」
「分かってる!!」
側壁に簡易機械の機体がこすれていく。黙人までも声を大きくしていた。
――やっぱり、無理ですかね。
リーテ・ィュの操縦の腕に、黙人は少し困った。
「リーテ」
「何!?」
「俺が代わる」
諒は、リーテ・ィュの左肩に右手を置く。
「え!? 何で!?」
「情報屋に弟子入りしていた時がある」
……。
「先に言えよー!!」
「他に手は?」
諒は真顔で言う。威圧感が漂っている。
「分かった。代わるよ」
リーテ・ィュは、その雰囲気にのまれてハンドルを明け渡した。
――あ。
「見えた!! 生命体エリアへの通路。このまま、人類側へ行こう」
「あぁ、分かった」
サイレンが大きくなってくる。警察機械がだんだん近づいて来ているのだ。
「迫ってきた!!」
冬華は、後ろを振り返る。
「このまま通路のドア突き破るぞ」
「え!?」
諒の言葉に冬華は、驚く。
「俺に捕まれ」
諒は、冬華の体に左手をまわす。彼女をこの簡易機械から振り下ろさせたくなかったのだ。
冬華は、前方のゲートの接近に目をつむった。
次の瞬間、簡易機械はゲートを突き破り、先ほどのエリアへとトンネルを進んでいく。
――壊れるなよ。
諒は、ハンドルをより一層強く握る。
機体が内壁へ擦っていく。
冬華は少し目を開けた。
――あ、追って来ない?
すると、目の前の視界が開けた。
――さっきの生命体エリア。
冬華は吹き抜けを見上げる。
轟音と共に、生命体エリアに突風が吹く。
「ちっ!!」
――ここから先は、別班。
濠洲敬治は、舌打ちをする。彼はアンドロメダ側の担当だったのだ。
高速で白い壁の区切りが後ろへ流れていく。冬華は、それをしばらく見てから、振り返った。
「どうやら、振り切ったみたい」
冬華は表情を明るくする。
「あぁ、そうだな」
「良かった。安心」
諒は、操縦に徹しているので空返事だ。しかし、リーテ・ィュは、微笑んでくれた。視線は進行方向だったが。
すると。
「ぶつかるぞ」
「え?」
諒が危険を知らせた。それを聞いた冬華が進行方向へ振り返る。それと同時に簡易機械は、エリアを区切る巨大なゲートを突き破った。
――人類側の機械エリアへ突入しましたか。
黙人はトハクを抱えて、冷静を保っている。
「どうして無茶するの!!」
冬華は、操縦する諒の横から怒ってきた。
「パスワード知らないし」
諒の方は少し申し訳なく横目で見ていた。
簡易機械は、白い壁の通路を通っていく。そんな中、諒は簡易機械の運転に慣れたのか、壁へ機体が擦れる事はなくなってきていた。
すると、その時。
――しまった。
誰かが通路の角を曲がってきて、姿を現した。
諒は、思わず簡易機械のハンドルをきった。次の瞬間、その簡易機械は対象物を避けて、通路の白い壁へ衝突してしまった。
簡易機械からは白煙が上がる。すると、簡易機械が故障したとみなされ、壁内の簡易清掃機械が現れる。
――そんな。
冬華たちが止める暇もなく、簡易機械が回収されていく。そして、簡易清掃機械は、回収を終えると壁内に戻り、白い壁の中へ消えていった。
「あー、最悪だ」
諒は元に戻った白い壁を見ながら、床に倒れ込んだ。
「みんな大丈夫ですか?」
一方で、冬華は上半身を起こして周りの皆を見た。
「あぁ、僕は何とか」
「私も大丈夫です」
リーテ・ィュと黙人はそれぞれ答えた。
「ん?」
冬華の声に機械の三人は、驚く。
「トハク君!!」
――あ。
少しの沈黙の後、機械たち四人は慌てた。
「大丈夫でしょうか?」
黙人が心配そうにリーテ・ィュを見る。
「大丈夫だよ。僕たちは機械だし、こいつは再起動に時間がかかっているだけだ。衝撃には大丈夫だ」
――良かった。
二人の会話が耳に入っていた冬華は、少し安心したようだった。
「君たち、大丈夫か?」
諒が避けた対象の人物が話しかけてきた。
「あなたは?」
「俺は、このエリアの担当修理員だ」
「修理員!?」
黙人は彼の名乗った修理員の〈員〉という言葉にはっとした。
「何!!」
隣にいたリーテ・ィュも気付いたようだった。
「まさか人類!?」
「そうだけど」
彼は不可解そうに首をかしげた。
「どうしよう、見つかった!!」
「言うな!!」
諒は冬華の口を押える。
「なるほど。あの全システムへの攻撃要請の対象者は君たちか」
「!!」
――最悪だ。
「みんな、逃げろ!!」
諒はひとり盾になろうと構えた。
しかし、人類の彼、湯木解は意識のないトハクの方を見ていた。彼の状態に気付いたのだ。
「そいつ、意識ないみたいだけど?」
湯木解が尋ねる。
「おい。大丈……」
……。
湯木解は、じぃ~っと見つめる冬華たち(=機械の視線)に気付き、そっちを向いて固まった。
「何だよ」
湯木解は、黙って見つめる彼女たちに戸惑っていた。そして機械たち、つまり冬華たちも戸惑っていた。(修理員だから当たり前なのだが)助けてくれようとしている機械以外の人物、しかも人類に。
「あの、頭部に衝撃を受けて、電子回路溶液がかなり」
「え」
「でも、リーテさんたちが治してくれたんです。でも、再起動に時間がかかってしまっているようで」
冬華は少し俯き加減で話していた。
「そうか」
――頭部かぁー。
湯木解は、トハクの頭部へ顔を近づける。すると。
トハクが目を開いた。
「ん?」
湯木解の眉間にしわがよったと思ったら、トハクがいきなり上体を起こす。
「ここどこ?」
ドゴッ。
「!?」
トハクが上体を起こしたら、湯木解の額に彼の頭部がすごい勢いでぶつかってしまった。
「痛ってぇー!!」
「大丈夫ですか!?」
冬華は、彼に寄っていこうとするが。
しかし、轟音が響く。
「よっ!! 弟子よ。久しぶりぃぃぃー」
今度は、轟音と共に誰かの声が聞こえてきた。そして、それが飛び去る。
実はちょうど起き上がった湯木解の後頭部に情報屋、椎出井新作の簡易機械が突っ込んできて、そのまま飛び去って行ったのだった。
そして、いつも通り名刺が舞う。
「……」
冬華たちは唖然としていた。
「痛ってぇー!! あの情報屋ぁぁぁー!!」
彼は後頭部を手で押さえて立ち上がり、情報屋の飛び去った方へ向かって叫んでいた。
「大丈夫?」
そんな中、冬華はトハクの心配をしていた。
「僕、確か下敷きに……」
トハクは、冬華と目が合う。が、恥ずかしいのか、顔を赤くする。そんな中。
「おい、氷」
湯木解が諒の方へ振り返る。
「え」
「冷やすんだよ!!」
「持ってない」
湯木解に話しかけられた諒は、きっぱり答えていた。
白く、静かな廊下にサイレンの微かな音が聞こえて来た。
「警察機械だ!! 行くぞ!!」
諒は皆を急かした。すると、大音量のサイレンが突然、鳴り始めた。簡易機械が壁に衝突したせいで、エリア内の管理システムが反応したのだ。それにより、彼らの位置情報が警察機械に渡ったのだ。
冬華たちは慌てて走り出す。それを湯木解は黙って見つめていた。
「はぁー」
彼は溜め息をつく。すると、電子音が複数回、細かく鳴った。彼が制御棒を伸ばし、警察機械の簡易警備機械たちを停止させたのだ。
――え!?
彼の行動に冬華たちは振り返った。
「一応、大丈夫だけど?」
右手の制御棒を右肩に何回か当てながら、彼はしれっとして言った。
「……」
そんな彼を見て、皆は顔を見合わせた。
「ありがとう」
冬華は戸惑いながら、御礼を言った。
「……」
それを彼は黙って見ていた。
「ところで、君たちは何がしたいんだ?」
湯木解は冬華に尋ねる。
「地球から、円々の機械たちに会いに来たの」
冬華は簡潔に答えた。
「そうか」
湯木解はそう言うと、携帯端末を取り出し検索し始めた。
……。
冬華たちは黙って見ている。すると、諒がトハクへ密かに話しかけた。
「なぁ、トハク」
「はい?」
トハクはきょとんとし、顔を諒の方へ向けた。
「もう一度、情報セクターへ行けないかな?」
「えーっと、そうですね」
トハクが困っていると、リーテ・ィュが小声で参加してきた。
「さっき警察機械がもう来ていたんだよ? もう警察機械でいっぱいなんじゃないかな?」
「一応、情報セクターのコンピュータにアクセス出来れば、警察機械などの情報も手に入れる事が出来るのだけれど」
トハクは俯いていた。
――これは、アンドロメダ側へ不正アクセスを。
諒の思考にそれが横切った。
「情報セクター……ねぇー……」
今までの小声での会話を聞き取れていた湯木解は、諒たちの方を見ていた。
「あの、検索出来ますか?」
トハクはおずおずと話しかけた。すると、湯木解は得た情報を立体映像にして、冬華たちに見せてくれた。
「どうやら、情報セクターには、誰もいないみたいだな」
湯木解は出会って初めて少し口角を上げた。
「ん?」
冬華は画面を覗き込む。
「警察機械はともかく、あの二人はどこに?」
冬華は情報セクターで出会った管理人工知能の二人の事を疑問に思っていた。
「警察機械は警察の指示に従っていると思います。 警察など〈司法〉関係は人類とアンドロメダ生命体が行っているから。情報セクターの二人の事は分からないですが」
トハクは冬華の質問に答えてくれた。
「情報セクターには行けそう?」
「それは、ちょっと」
トハクは諒の問いに困りながら答えた。
「情報セクターへ行くまでに通過しなくてはいけない検問が数ヵ所あり、そこには大量の警察機械がいるので行くと捕まってしまいます」
「失礼」
――ん?
皆、一斉に声のする方へ振り返った。すると、その方向には走ってきた情報セクターの管理人工知能、リーカガとマス・ディーアがいた。
「どうしてここが?」
冬華は尋ねる。
「情報セクターはこの宇宙コロニーの情報の中枢なので」
リーカガが真顔で答える。
「警察機械にあなたたちの居場所を分からなくさせる為に、宇宙コロニー運用以外のシステムをシャットダウンして来たよ」
マス・ディーアの方は笑顔で答えた。
「話を進めるけど、廃棄待ち置き場へ行くのでしょ?」
今度は、リーカガ。
「なぜ、分か……」
「監視カメラの映像を片っ端から見ていった」
「そうしたら、あなたたちとある情報屋のやり取りが、記録されていたの」
冬華の疑問に、リーカガとマス・ディーアがそれぞれ答えた。すると。
「で? 手伝うの?」
次の瞬間、二人はその声の主を見て固まった。
……。
「人類!!」
――こいつら、うるせー。
人類の彼は呆れた。
警察内。
「大変です!!」
小鳥遊政爾の部下が慌ててやって来た。
「どうした?」
「管理人工知能の二人が情報セクターの任務を今、放棄して行方不明です。しかも、警察の情報基盤をシャットダウンしております」
「何だって!?」