第9章 再編?
壊れてしまった社畜の悲しい復讐劇
年明け早々、臨時全体会議が開かれた。
「組織再編を行います」
社長の声は、やけに明るい。
事業部の統合。
不採算部署の縮小。
人員の最適配置。
言葉は整っている。
だが実態は削減だ。
相沢の部署は、隣の営業部と統合されることになった。
黒田は部長職から外れ、課長に降格、そのまま辞表を出していた。
後任は本社から来る。
会議室を出た後、誰も口を開かなかった。
黒田は机の引き出しを整理していた。
書類を捨て、私物をまとめる。
その背中は小さく見えた。
相沢は声をかけない。
黒田の怒鳴り声に耐えてきた年月がある。
だが今は、何も感じない。
勝ったとも、思わない。
ただ、予定通りだ。
黒田が近づいてくる。
「お前は残るんだな」
「はい」
「最後まで静かなやつだったな」
それは皮肉でも非難でもなかった。
事実の確認。
「…俺は、間違えたのかもしれん」
相沢は答えない。
黒田はそれ以上言わず、去った。
背中が、やけに軽かった。
新しい部長は合理的だった。
数字と効率を重視する。
感情論は少ない。
だが、冷たい。
「成果を出せる人材を優先します」
会議でそう言った。
言外の意味は明確だ。
出せない者は、端へ。
相沢の評価は平均。
切られる対象ではない。
だが、守られる存在でもない。
ちょうどいい位置。
それが一番長く残る。
統合後、仕事量は増えた。
人は減っている。
効率化が求められる。
だが、熱は戻らない。
八割で動く空気は変わらない。
提案は守り。
攻めは少ない。
部長は苛立つ。
「もっと主体的に」
誰も応えない。
主体性は、信頼の上に成り立つ。
信頼はもう薄い。
ある日、相沢のスマートフォンに通知が入る。
見慣れない番号。
無視しようとして、指が止まる。
短いメッセージ。
「久しぶり。少し話せる?」
差出人の名前を見た瞬間、
時間がわずかに歪む。
元妻だった。
削除したはずの連絡先。
だが記憶は消えない。
返信はしない。
画面を伏せる。
心拍が少しだけ速くなる。
それを自覚すること自体が、違和感だった。
数日後、会社近くのカフェで見かける。
偶然ではない。
向こうも気づいている。
目が合う。
逃げることもできた。
だが、足は止まる。
「久しぶり」
声は変わっていない。
柔らかいが、距離がある。
「どうしてここに」
「近くで仕事」
嘘かもしれない。
本当かもしれない。
どちらでもいい。
短い沈黙。
彼女が先に口を開く。
「顔色、悪いよ」
「普通だ」
「前より、もっと何もない顔してる」
その言葉は、静かに刺さる。
会社では言われない。
誰も、そこまで見ない。
「今、何してるの?」
「働いてる」
「それは知ってる」
小さく息を吐く。
「ねえ」
少し首を傾げる。
「あなた、何がしたいの?」
時間が止まる。
問いは単純だ。
だが答えがない。
会社を潰すこと。
それが目的だと言えば、どうなる。
復讐だと言えば、何が残る。
言葉にならない。
ならないというより、
空っぽだと気づく。
何がしたい。
相沢は、初めて自分に問われる。
「別に」
それが出てきた唯一の言葉だった。
彼女はしばらく見つめる。
悲しみでも、怒りでもない。
理解できないものを見る目。
「昔は、未来の話してたよね」
記憶がかすかに揺れる。
家を買うとか、
旅行に行くとか、
子どもの名前とか。
もう遠い。
「今は?」
相沢は答えない。
未来はある。
会社の終わりという未来。
だが、それは人生ではない。
彼女は立ち上がる。
「体、大事にして」
それだけ言って、去った。
追わない。
追う理由がない。
だが、胃の奥が強く痛む。
夜。
会社に残る。
静かなフロア。
再編後も、業績は戻らない。
人は減り、空席が増えた。
相沢はキーボードを打ちながら考える。
「あなた、何がしたいの?」
問いが離れない。
壊すこと。
削ること。
それは手段だ。
では目的は。
沈黙。
答えは出ない。
出ないまま、仕事は進む。
会社は弱る。
黒田はいない。
山本もいない。
元妻も去った。
残っているのは、自分と会社だけ。
どちらも、ゆっくり壊れている。
蛍光灯の光が白く滲む。
視界が少し揺れる。
それでも手は止まらない。
止めれば、何かを考えてしまう。
考えれば、空虚が広がる。
だから打つ。
八割で。
静かに。
確実に。
だがその夜、初めて。
相沢は自分の復讐に、
輪郭がないことを知る。
それは会社を削っている。
同時に、自分の中身も削っている。
どちらが先に消えるのか。
答えは、まだ出ない。
次回は、4月12日 19時更新予定




