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社畜復讐  作者: 我茶
7/11

第7章 外部からの風

壊れてしまった社畜の悲しい復讐劇

山本が辞めると聞いたのは、月曜の朝だった。

唐突だった。

「来月で退職します」

会議室で淡々と告げる。

黒田は固まった。

「…転職か?」

「はい」

「今の状況で抜けるのか?」

山本は一瞬だけ視線を泳がせる。

「今の状況だから、です」

誰も何も言えなかった。

山本は優秀だった。

数字も取る。

部下の面倒も見る。

文句も言わない。

だが、疲れていた。

最後の一か月、彼はさらに静かになった。

引き継ぎは完璧。

資料は整っている。

だが、もう会社の未来を語らない。

「相沢」

帰り際、声をかけられる。

「お前、このままでいいのか」

相沢は考える。

いい、とは何か。

「問題ありません」

山本は小さく笑う。

「変わったな」

それは批判でも、賞賛でもない。

観察だった。

山本が去った後、部署は空洞になった。

仕事は減らない。

人だけ減る。

中堅の一人が呟く。

「次は俺かもな」

冗談のようで、本気だった。

相沢は何も言わない。

止めない。

背中を押さない。

ただ聞く。

それだけで十分だ。

そんな折、本社から人が来た。

経営企画部。

業績悪化を受けたヒアリング。

三十代半ばの女性だった。

名刺には「高瀬」とある。

淡い色のスーツ。

無駄のない視線。

会議室で一人ずつ面談が行われた。

形式的なはずだった。

だが高瀬は、よく聞いた。

「現場の課題は何ですか」

「目標設定は妥当ですか」

「心理的安全性はありますか」

誰も即答できない。

言葉を選ぶ。

録音されているかもしれない。

評価に響くかもしれない。

空気は硬い。

相沢の番が来る。

高瀬は静かに資料をめくる。

「あなたは安定していますね」

可もなく不可もない評価。

欠勤もない。

大きな成果もない。

「そうでしょうか」

「突出もしていないし、問題もない」

相沢は黙る。

高瀬は顔を上げた。

「今の部署、機能していると思いますか」

少しだけ間が空く。

相沢は視線を逸らさない。

「回っています」

「機能、ではなく?」

「回っています」

高瀬の目が細くなる。

違和感を感じたのだろう。

回っている。

だが、前に進んでいない。

「あなたは満足していますか」

その質問は、想定外だった。

満足。

久しく考えていない言葉。

「特に不満はありません」

それは本当だった。

期待しなければ、失望もない。

高瀬はメモを取る。

その手が、一瞬だけ止まった。

数日後、黒田が荒れていた。

「本社が口を出してくる」

「評価制度を見直すだと?」

苛立ちが露わになる。

現場の裁量が減る。

それは黒田にとって屈辱だった。

だが、もう結果が出ていない。

抵抗は弱い。

高瀬は再び部署に現れた。

全体ミーティング。

「挑戦を評価する制度に変えます」

「数値だけでなくプロセスも見ます」

「心理的負担を軽減します」

美しい言葉が並ぶ。

拍手は起きない。

誰も信じていない。

相沢も拍手しない。

会議後、高瀬が声をかけてきた。

「少しお時間いいですか」

廊下の端。

人目はあるが、会話は聞こえない距離。

「あなた、感情が動いていないように見えます」

直球だった。

相沢は少しだけ笑う。

「そうですか」

「怒りも、期待も、失望も」

分析の目。

「壊れているのは会社だけだと思いますか」

その言葉は、静かに刺さる。

胃が、鈍く痛む。

だが顔には出さない。

「私は問題ありません」

高瀬はしばらく見つめた。

見透かすように。

だが追及しない。

「もし環境が変わるなら、どうしますか」

「変わらないと思います」

即答だった。

高瀬は小さく息を吐く。

諦めか、理解か。

改革案は一部導入された。

目標はわずかに現実的になる。

残業管理も厳しくなる。

だが空気は変わらない。

一度冷えた組織は、簡単に温まらない。

山本はもういない。

若手は様子を見る。

中堅は転職サイトを閉じたり開いたりする。

黒田は権限を削られ、沈黙が増える。

相沢は八割で働き続ける。

改革にも、反対しない。

賛成もしない。

ただ従う。

制度が変わっても、温度は戻らない。

それが彼の計算だった。

夜。

帰り道。

ショーウィンドウに映る自分を見る。

表情が薄い。

目が、乾いている。

高瀬の言葉が浮かぶ。

「壊れているのは会社だけだと思いますか」

相沢は視線を逸らす。

壊れているかどうかは問題ではない。

機能しているかどうかだ。

自分は機能している。

会社を削る歯車として。

それでいい。

そう思う。

だが、ほんのわずかに。

ほんの一瞬だけ。

もし何も壊さなければ、

何かは違ったのだろうか、と考える。

その思考を、すぐに消す。

もう戻らない。

戻る理由もない。

会社はゆっくり沈んでいる。

改革の風が吹いても、

底に開いた穴は塞がらない。

相沢は歩く。

足取りは一定。

心拍も一定。

静かな感染は、もう止まらない。

次回 第8章は3月29日 19時更新予定

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