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この小十郎!命に変えても梵天丸様をお守りします!絶対!多分……

平和な時は長くは続かない。

小十郎は梵天丸の不幸の元凶を目の当たりして……


 そんな平和な空気を乱すように、城から登ってきた獣道で騒がしく声が聞こえる。

 小十郎は、素早くもと来た獣道の入り口に向かい、持っている木刀を手の中で意識した。まさか城の外に出るとは思ってなかったので、刀は差して来ていない。暴漢か何かだったら大変な事になる。小十郎は、三人をお堂のそばに下がらせ木刀構える。

 先手必勝!獣道から現れた人影に木刀の先を突きつけた。

「今すぐ止まれ!」

 獣道から出て来た男達は、仰天して後退った。

「か……片倉!」

 城中の者達であった。

 小十郎は、慌てて木刀を下ろす。

「片倉!お前、こんな所でなにをしている!」

 小十郎は答えに困った。何をしているのかと聞かれても、自分にもよくわからない。

「お前、竺丸様を見なかったか?」

 三人に囲まれ、1人の男に詰め寄られる。

「あ…… いや」

 小十郎が、答えにきゅうしてしまう。

「僕はここだ!」

 小十郎の後ろから、竺丸が梵天丸に連れられ出てきた。

「竺丸様」

 その姿を確認すると、一人の男が後ろに向かって言った。

「竺丸様がいらっしゃっいましたぞ!」

 その声で、獣道を駆け上がってくる女性の影があった。

「竺丸!!」

 金切り声が、広場に響いた。

「母上?!」

「お前…… ああ、良かった!」

 義姫は、竺丸を愛おしそうに抱きしめた。そして、竺丸の頬を優しく撫でながら言った。

「まさか、竺丸その木刀!お前にはまだ早いと申しておるのに」

 そう言って、義姫は竺丸から木刀を取り上げ、梵天丸の前にツカツカと歩み寄る。

「この木刀はお前のじゃな、梵天丸」

 梵天丸が、答えようと顔をあげた時、義姫の平手が舞った。乾いた音が広場に響いた。

「そなたか!竺丸をたぶらかして、城外に誘い出し、危険な事をさせおって。もしや、これで竺丸の命を狙おうと思うておるのではなかろうな!」

 義姫は、ヒステリックに叫んだ。

 小十郎は何が起こっているのか理解できなかった。

「母上やめてください。兄上に無理を言って頼んだのは僕の方なんです。」

 竺丸は、泣きながら母の腕を掴んだ。義姫は優しい顔で竺丸に向き直ると、彼の頬を撫でながら言った。

「お前はこやつを庇うのか。本当に優しい子じゃな。」

 そして梵天丸の足元に木刀を投げつける。

「もののけ付きとは、よう言うたもんじゃ。鬼のような心を持ったお前とは。竺丸は似ても似つかぬわ!」

 梵天丸は打たれた頬を手で抑え、もはや俯いて表情はみえない。

「梵天丸様!」

 小十郎は親子の間に割って入って、梵天丸を後ろに庇った 。

「おやめ下さい!奥方様!」

「何じゃお前は?このもののけ付きの傅役か?お前も可哀想にのう。頭から喰われぬよう気をつけることじゃなあ。」

 ホホホホと甲高い、耳障りな声で笑った。

「梵天丸様はその様な方ではありません。立派なお優しい方です。なぜそのような酷な事を実の子に言われるのですか?あなたの方がよほど鬼のようではございませぬか?」

 義姫はずいっと小十郎の前に出ると、小十郎の頬を激しく打った。

「お黙り!妾は、梵天丸を実の子だと思った事もないわ!汚らわしい!」

 小十郎は自分の胸に、どうしようもない怒りが湧き上がるのを感じた。自分の気づかぬうちに義姫を睨み付けていた。

「なんじゃ。たかが傅役が、妾に刃向かうのか?」

「あなたって人は……」

 その時小十郎の後ろで、梵天丸は叫ぶように言った。

「 もういい、小十郎!俺が悪かったのだ!母上の……言う通りだ。」

「ぼ…梵天丸様?」

 それ見たことかと、義姫は下げずみ踵を返す。

 梵天丸は居た堪れなくなったのか、城の方に駆け出した。

「梵天!」

 時宗丸は梵天丸を追いかけて後を追った。

 小十郎も梵天丸を追いかけようと、義姫の脇をすり抜ける。

 その時義姫は吐き捨てる様に言った。

「主人に似て生意気な家臣め。妾に刃向かった事を後悔するがいいぞ。」

 そして別の道から竺丸と手を繋ぎ、足早に去って行った。


 小十郎は急いで梵天丸の後を追ったが、見失ってしまった。梵天丸の部屋に戻ると、時宗丸がポツンと一人で入り口に立っていた。

 息を切らして小十郎は時宗丸に近づいて行った。

「時宗丸殿」

 小十郎は声をかけた。その声に気づいた時宗丸はビクッと肩を震わせると、泣きそうな顔をしながら小十郎を困惑した様な表情で見上げた。

「梵天丸様は?」

 時宗丸は何も言わず部屋の方を見た。そこに梵天丸はいるらしい。

「もののけが出た……」

 時宗丸は、ボソッと呟く。

「え。何ですって?」

 小十郎は聞き返したが、時宗丸は梵天丸の木刀を小十郎に押し付ける様に手渡すと走り去ってしまった。

 小十郎が縁側に上がり襖に近づくと、喜多がオロオロと右往左往している。そして青い顔で小十郎に走り寄る。

「小十郎、何があったのですか?梵天丸様が部屋に入られた途端、すごい物音がするの」

 小十郎が襖に耳を近づけるまでもなく、梵天丸の部屋からドスン、バキッなど物を破壊する様な大きな音がする。

「義姉上、後で必ずお話いたしますから、どうか小十郎を信じて、今は離れていて下さい。そして人払いをお願いします」

 喜多はじっと小十郎の瞳を見ていたが、覚悟を決めた様に頷いた。

「わかったわ…… あなたを信じます」


 小十郎は喜多が居なくなるの待って、そっと部屋に入って梵天丸を目で探した。薄暗い部屋で目を凝らすと、奥で肩で息をしながら佇んでいる梵天丸らしき小さな人影が見える。目が慣れるにつれ、辺りはメチャクチャに破壊され、机や書物はひっくり返っている様子が伺えた。

「梵天丸様……」

 小十郎は刺激しないよう、そっと名前を呼んで近づいた。

 梵天丸は再び腕を振り上げた。小十郎は慌てて手首を抑えた。すると、ぬるりと生温かい濡れた感触に思わず手を離し、己の手の平を見て戦慄が走った。手が真っ赤に染まっている。

「ぼっ…… 梵天丸様!」

 その肩をグッと掴んで振り向かせた。梵天丸の目がギラリと光る。まるで梵天丸の別人の様な虚ろな表情で睨み付けられ、小十郎はゾッと背筋が冷える。

「 ワシに触るな!若造!」

 小十郎は、はっと梵天丸見た。この、甲高い陰鬱な声。

「お……お前は……!」

「また、会ったな。片倉小十郎。」

 ククク……と含み笑いをする。

「な……なぜ、お前が」

「言ったろう?ワシは、梵天丸と一心同体よ……」

 ずいっと小十郎に顔を近づけ、顔を歪ませて嗤う。もう、いつもの梵天丸の顔ではない。

「こやつは、右目を失った時から心の痛みはワシが受けてきた。母親からの虐待、弟への羨望、城内での大人の暴言、その後の心の処理はいつもワシの役目じゃ」

「梵天丸様!しっかりして下さい!!」

 小十郎は、梵天丸の肩を掴んで揺さぶった。

「今は無駄じゃ。心の奥底で眠っておる。」

「お前は一体、何者なんだ?」

「ワシは、梵天丸の心をが壊れぬように、辛い時を請け負うもう一つの人格よ。いつも世を恨み、憤る存在。梵天丸が恨み、憎む事を辞めぬ限りワシはこやつの中に存在し続けるだろう。」

「梵天丸様……」

 もう、梵天丸の幼い心では、処理は仕切れない負の感情が“もののけ”を作り出しているとでもいうのか、なんと痛々しい。

「わかったらもう……こやつに構うな……もう無駄な事よ。お前ではどうにもならぬ」

 小十郎は苦しげに目を閉じた。

「それでも……」

 呻くように言葉を続ける。

「それでも梵天丸様には、生きてもらわねばならない。この伊達家の為、奥州の為。この奥州伊達家の第1子として運命的に生まれてしまったからには、例え片目が潰えようと、実の母に恨まれようと、自分の後ろにいる家臣を自分の血族をこの奥州の民を背負っていかねばならないのだ。俺は、お前に言ったはずだ。必ずお前を倒してみせると。例え俺が“もののけ”を抱え込む事になっても。」

 小十郎は、梵天丸の瞳をキッと見据えて言った。

「梵天丸様。聞こえていますか?眠っている時ではありませんぞ。さあ、この小十郎と“もののけ”を倒し、あなたを取り戻してみせましょうぞ。梵天丸様!」

 そういうと、小十郎はそっと梵天丸を胸に抱いた……思いを込めて。小十郎の腕の中でガクンと梵天丸の体が重くなる。

「梵天丸様?!」

 小十郎は、梵天丸の体を支えながら、頬を軽く叩く。

 梵天丸は、スッと目を開いた。大きく息を吸って吐き出すと軽く咳き込んだ。

「梵天丸様!」

「……小十郎」

 疲弊した様に元気はないが、いつもの梵天丸の声である。小十郎はホッと安堵の息をついた。

「小十郎……」

「はっ」

「手が物凄く痛いんだが……」

 梵天丸は、気怠げに手の平を見た。もう血は治まっているようだが、親指の辺りがザックリ切れている。

「あ!直ぐに手当を!だ……だれか」

 小十郎が、医者を呼ぼうと、声を出しかけたが梵天丸が止めた。

「小十郎、今は誰も会いたくない……お前が手当をしろ」

 小十郎は、喜多に薬とさらしを持ってきてもらい、まだしばらく人払いを願う。

「落ち着きましたから大丈夫です」

 それだけ言うと、再び梵天丸の部屋に戻る。

 自室の奥で小さくうずくまっている梵天丸の横に座り、小十郎は梵天丸の手を手当する。

「今は応急処置ですが、落ちつたらきちんと医者に見せて下さいね。」

 至って、いつもの調子で話す。何事も無かったかのように。

 暫く梵天丸は押し黙って、小十郎の声に耳を傾けていたが手当が終わると、さらしの巻かれた自分の手を見ながら言った。

「また何かしたのだな……」

 ため息混じりに言った。

「え……?覚えて無いのですか?」

 梵天丸はフラリと眩暈を感じて、小十郎の正座をした膝の上に頭を乗せてゴロリと寝そべった。梵天丸から体を寄せてきたのは初めてである。小十郎は内心ドギマギしながら、そっと梵天丸の髪に触れた。

「喜多程、寝心地は良くないな」

「す……すいません、男の膝ですから……」

 梵天丸は、髪に触れる事を許しながら、疲れたように話し始めた。

「今回の様に記憶が飛ぶことはこれまでにも、何度かあったんだ。今回は母上に殴られて、その場を離れた事までは憶えてるんだが、そこからは記憶が曖昧なのだ。遠くに時宗丸の声を聞いた気がするけど……」

 小十郎は何も言わず、梵天丸の声を聞いていた。

「いつも気が付いた時には、周りが荒れていて、体のあちこちが痛むんだ。そして周りの人間は皆、オレを避けるようになって……いつぞやは小刀で、斬りつけてしまったらしい。相手に大事はなかったらしいけど、それからかな“もののけ”付きって言われるようになったのは……」

「梵天丸様……」

「こうなっても、オレのそばに変わりなくいてくれるのは、時宗丸と喜多そして小十郎、お前達だけだ……」

 梵天丸は、小十郎を見上げて優しく笑った。

「この右目が潰れてから、オレはずっと人を傷つけ続けている。母上も竺丸も。その渦にもうだれも巻き込みたくはないと思っているんだけど、小十郎、お前を巻き込んでしまったみたいだ……すまん……」

 そう言って、小十郎の頬に手を伸ばすと頬を撫ぜた。

「痛かったろう?母上の平手打ちは。指が長くて細いからムチのようにしなるんだ。オレはもう、母上に殴られても涙も出ない。悲しいとか通り越して、ただ胸が痛い。それしか感じない」

 梵天丸は泣き顔の様に顔をクシャっとするが、涙は出ていない。

 その時梵天丸の頬に、ポタポタと雫が落ちてきた。

「……小十郎……?」

 小十郎は涙が止まらなくなっていた。この小さい主は、どれほど傷付き絶望してきたのだろう。どれもこれも梵天丸のせいではないではないか?なぜだれも、この子をここまで追い詰めたのか?周りの大人は何をしていたのか?

「う……く」

 小十郎は声にならず、嗚咽と涙が溢れ出す。

「小十郎。お前は優しいんだな。オレの代わりに泣いてくれるのか……」

 小十郎は子供のように頭を左右に振った。

「あなたは一人ではありません。俺も、時宗丸殿も、喜多も、そしてお父上も皆あなたの味方なのですよ。皆、あなたの事が大好きですから。だからもう……」

 ーー自分自身をを傷つけないで下さい……

 小十郎は頬に触れていた梵天丸の手をそっと握って言った。

「俺はずっとあなたのそばにいます。何があっても。だから俺を信じて下さい……」

 梵天丸は小十郎に微笑んだ。

 さっき目が覚める時に、小十郎の声が聞こえたことを伝えようとしたが疲れと安堵から、意識が深い眠りに引き込まれていった。

 ーーさあ、この小十郎と“もののけ”を倒し、あなたを取り戻してみせましょうぞ。

読んでいただきありがとうございます。

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