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アネットのお願いからの、二人組乱入?

よろけながらも自分の足で歩くルナを左側から支えながら、素早くドアを閉める。薔薇の貴賓室では、ちょうどカノン様とルゥとマリアとダイアナが何事か話し合っているところだった。


「アネット様!ルナ!」


最初に気付いたルゥが駆け寄ってきて、私の代わりにルナを三人掛けのソファに座らせる。他のみんなも心配そうに近付いてきた。ルナはソファに身体を預け、痛みに顔を歪めながら脂汗を浮かべている。

ルゥはすぐに私のほうへ向き直り、焦った表情で私の両手を握った。


「アネット様、お怪我は?!」

「私は大丈夫。マリアと交代しようと自室に戻ろうとしたら、部屋から飛び出してきたルナを見つけたの。それよりも、ルナが右手に怪我を…!」


ルゥは私の話を聞くと、目に見えて安堵した。そして私の両手を優しく引いて一人がけのソファにそっと腰かけさせると、ルナが横たわるソファへ移動した。

私は平静を装っていたが、先程まで触れられていた自分の両手をきつく握りしめている。


こんなときなのに、更にドキドキさせないで…!


私の心の叫びはもちろん誰にも聞こえることはない。

ルゥはルナの右手に触れないように、怪我の具合を見た。


「これは魔法によるものか。ルナ、説明してくれ」

「はい…例の部屋のドアが少し開いていたので、中の様子でもわかればと近付いたところ、突然強い力で部屋の中へ引きずり込まれました。お借りしていたブレスレットの防御機能が発動しましたが、部屋にかかっていた魔法との反発か何かで、このような失態に…」

「うかつだったな。ドアの隙間は紛れ込んだ間者をあぶり出す罠だったと言うわけか」

「申し訳ございません」

「しかし、そのおかげであの部屋の秘密が少しわかった。ルナ、ご苦労だったな。それでは、ここらで勝負に出よう」


ルゥは目を細めて顎に手を当てて呟いた。思案している彼の変わりように、私は戸惑う。


何だろう、ルゥって人を使うことに慣れているみたい。まるで上の立場で指揮することが日常のような…頭脳労働専門って以前話していたし、指示を出すことが多いからかしら?


「すまないが、ルナと本物のマリアさんは、共にすぐにバーデン伯爵別邸へ戻ってほしい」

「ルゥ!」

「あの別邸には地下牢があるから、バーデン伯爵が到着するまでルナはそこに閉じ込められるはずだ。客人が勝手によその家の使用人を裁けるはずはないからな。ブレスレットの機能で、怪我を直して身代わりを置いて戻ってくるんだ。使い方は覚えているか?機会はよく伺うんだぞ」

「承知しました」


私の咎める声を聞き流し、ルゥがルナに指示を出す。ルナは痛みで苦しそうな表情だが淡く微笑んだ。その顔は、ルゥに対する疑心を微塵も感じず、忠誠心に満ちていてとても清々しかった。

さらに、ルゥはマリアへも淡々と用件を告げる。


「マリアさん、あなたがルナを見つけたことにして、大きな声を上げてください。まだ時間が経っていないから、疑われることはないはず。そうすれば、不審者を見つけたマリアさんは、周りから信用されるでしょう。客人たちから接触があったり、使用人たちに動きがあればまた報告をお願いします」

「はい、かしこまりました。アネット様、お手数ですが私と交代している間に起きたことを教えていただけますでしょうか?」

「…ええ、わかったわ」


私が簡潔に起きた出来事、掃除をした後に客人たちにお茶を出したことを話すと、マリアはしっかりと頷き、ドアから別邸へ戻っていった。ルナもその後を追う。


「アネット、大変だったわね。まずはその服装を着替えていらっしゃい。質問には全て答えるわ」

「わかりました。それでは失礼致します」


私の何か言いたげな様子を察したカノン様に促され、部屋を辞する。


自分の部屋に戻り、私が部屋にいるふりをしてくれているニナに声をかけ、いつものドレスに着替える。その間に、だいぶ頭が冷え、考える余裕ができた。きっとカノン様はそれを見越していたのだろう。


再び薔薇の貴賓室へ行き、カノン様に促されるまま椅子に腰かけた。ちらりとルゥを見ると、窓の外を見ているのか、こちらに背中を向けて立っている。逆光で影となった凛とした後ろ姿は、いっそ神々しかった。


「それで、本当に怪我はしていない?ルナの右手にも触れていないわね?」


私のことを労るようなカノン様の声に、現実に引き戻された。私の正面に座るカノン様の本日のお召し物は、瞳と同じ深い緑色の総刺繍のマーメイドドレスで、繊細なレースはカノン様の慈愛に満ちた雰囲気ととても合っている。見惚れていると、あることに気付いた。


あれ、胸元のネックレスがいつものに変わってる。初対面以降、毎回お会いするときにこの不思議な色合いの宝石がついたネックレスを身に付けていらったしゃったけど、着替えに行く前は真珠の一連のネックレスだったはず。気分によって変えられるのかしら。


考え込んでいた私に向けられていたカノン様の瞳が不安げに曇るのを見て、私は慌てて答えた。


「ええ、何ともありませんわ。ルナのほうから、右手から離れるようにと言われましたので、触っていませんし。ご心配おかけしました」

「それなら良かったわ。ルナのことも、黙っていてごめんなさい。ルナには別邸の外を探ってもらっていて、屋敷の中しかいないアネットには仕事に集中してほしくてあえて伝えなかったの。それに接点もないのに、下手に協力者がいると客人たちに察せられてしまう恐れもあったから」

「私の他にも、誰かが潜入していることは気配でわかりましたから。気配が突然消えたり出現したりして、私と同じように空間転移を使っているんだなって。それに、バスティード陛下や父に気付かれないように、少数精鋭で事を進めているという話でしたから、きっとカノン様のお屋敷の使用人たちも協力しているのかなと思っていました」

「アネットは本当に聡いわね。でも、あの変装姿を見て驚いたでしょう?さっき、何か言いたそうにしていたわね。ルナのことでも、他のことでも、何でも答えるわ。怪我を負ったルナを囮にしてしまって、あなたに不信感を与えてしまったもの」


カノン様の真摯な眼差しを受けて、私は覚悟を決めた。ルナのことはたしかに気になるが、この機会に前々から思っていたことを言ってしまおう!


「お言葉に甘えさせて頂きます。まず、私のことはルナやマリアと同じように扱ってください。私だけ特別扱いは嫌です。怪我を負ったルナを囮にしてマリアの信用を上げるなんて、最初は酷いと思いました。でも、そこまでしなければ敵の懐に入れないからですよね?それほど事態は切羽詰まっているということも、よくわかりました。必要ならば、私のことも敵を誘きだす手段の一つとして使って…」

「そんな危険なこと、させられません!」


突然ルゥがパッと振り返り、私の言葉を遮った。そして足早に私の元に近付き膝をつくと、必死な形相で言い募った。


「アネット様は何よりも大切な存在なのですから…私にとっても…」

「何よそれ!私がブルーメ公爵家の娘だから?マリアだって貴族の娘よ?それなら私を最初からこの計画に引き込まなければ良かったのよ。ルゥとルナの様子で、二人は前から一緒に仕事をしたことがあるように感じたわ。でも、マリアと私はそう変わらないじゃない。たしかにマリアのほうがしっかりしてるし、家事もお手のものだし、頭も良いし、胸も…」

「そういうことではありません!」


激昂した私がルゥの言葉にかぶせて詰め寄ると、更にルゥは強い語気で否定する。


「とにかく!アネット様には今までのように仕事をしていただければ大丈夫です!もうこのまま計画から離れていただいてもいいくらい、成果を上げていますから。それに今回のことは本当に不測の事態です。マリアさんはもちろん、ルナにも再び危険が迫ったら、即刻別邸から引き上げ、陛下に報告して、バーデン伯爵家をお取り潰しにするだけですから」

「でも、それではルートヴィッヒ王太子殿下やヨハン殿下、カノン様にルゥだって、みんなの思いが報われないでしょ!それにここまできたら、最後までやりとおすからね!」

「ですからっ!それは…」

「…っふふ!あらごめんなさい。ああもう、二人の掛け合いがたまらないわね」


ぐぬぬ、とにらみ合っているところへ、カノン様の朗らかな笑い声が間に入る。

思わず二人して声をあげた。


「「笑い事ではありません!」」

「あらあら、仲の良いこと。二人とも、お互いのことを心配しているのがよくわかるわ。でも、今は話を元に戻しましょう。アネットの申し出はよくわかりました。私も含めて、今回の計画に参加している者たちはみな同じ立場であり、家柄に関係なく仕事は平等に行う。これでいいわね?」

「カノン様!」

「はいっ!ありがとうございます」


ルゥが困ったように声をあげたが、私は意にせず感謝を告げる。


「ルゥだって、アネットと同じような立場でしょう。本当はあなた自らこんなに動くことはないと、毎回言っているのに。少しは周りのことも考えてほしいわ」

「う…申し訳ございません」


カノン様の鋭い一瞥に、ルゥは小さくなる。それを見て、私はまたもルゥの素性が気になった。


ルゥも上位貴族の家柄なのかしら。それか、ゾンネルン一族の人とか。カノン様が気になさるくらいなのだから、それくらいの立場でもおかしくないよね。

ふむふむ、と納得している私に、カノン様が言葉を続ける。


「あとは、ルナのことかしら。私から説明するわね。ルナは自分自身のことを話すことができないの。彼女と私との契約によって決められているから」

「契約?」

「彼女の本名は、コーセナル・アーヴェ・モント。モント公爵様の次男よ。私と同い年なの」

「!!」


様々な事実に驚きを隠せない。

私はかすれた声で、父から聞いた話を口にした。


「たしかコーセナル様は、10年前の成人の儀を行う前に流行り病でお亡くなりになったはずでは…」

「コーセナル様は物心ついた頃から、体は男性だけど心は女性として生きてきたの。幼い頃はまだごまかせたけれど、どんなに取り繕っても成人の儀に望んだら確実に公爵子息として世に出なければならない。コーセナル様はご自身とご家族のことを悩みに悩んで、自らの命を絶とうとした。私は様子がおかしかったから、後をつけていたわ。何とか間に合ったときに、その思いを告白されて。実は初めてコーセナル様に会ったときから、気付いていたの。心と体がそれぞれ悲鳴をあげていたことに」

「何故、カノン様はご存知だったのですか?」

「私はね、相手の右目を見ると、相手の考えていることが全てわかってしまうの。特殊魔力ではなく、「秘められた能力」という、受け継がれるものだとお父様がおっしゃっていたわ。母方にその力を持つ者が代々生まれていたみたい。こちらの意思に関係なく勝手に情報が頭の中に入ってきて、悪意がある人には近付かないようにするなど良い面もあったけど、様々な感情に押し潰されそうで本当に苦しかった。それに、相手の感情を勝手に知ってしまうのも、後ろめたくて。8歳のときに暁の巫女姫様から今付けているネックレスを頂いて、このネックレスをつけているときは能力が発動されないようになって、だいぶ楽になったのだけど」


そんな能力があるんだ。自分で操作できないし、かといって誰にも会わずに引きこもるわけにも、カノン様の立場的には難しくて、きっと大変だったろうな。心が読まれてしまうのはたしかに困るし恥ずかしいけれど、カノン様はそれを悪いことに利用するわけではなく、難しい立場のため自衛に使っていたならば誰がそれを責められるだろうか。

ネックレスに触れながら視線を下に落とすカノン様に、私はとても同情した。


「それは、お辛かったでしょうね」

「…恐いとか、気持ち悪いとか、嫌な気持ちにならない?黙っていて酷いって、思わないの?」

「いいえ。カノン様のお立場的に、善人の顔をして近付いてくる輩はたくさんおりますし、その能力を悪用される恐れがあるので、口外できないだろうということは想像できますわ」

「ね?やっぱりアネット様はアネット様ですよ」

「…っ!だからっ、なんでルゥは自分のことのように誇らしげなの!」


涙目でルゥを睨み付けるカノン様の表情はとても晴れやかだった。私と初対面以降会うときに能力封じのネックレスをかけていたのは、友人としての礼儀だと微笑むカノン様に、私は胸が熱くなる。


「それでコーセナル様のことだけど、フェリックス様や奥様にも全てお話ししたわ。お二人とも、そこまでコーセナル様がお悩みになっていたことに気付かなくてとても後悔なさっていて。それからコーセナル様にどうしたいか聞いたら、ゾンネルン一族の配下になることを望んだの。生涯結婚せずに、空の神に遣えると。それで、神殿で札を引くことになったんだけど、巫女姫様に直々に召されてね。コーセナル様と同じ悩みを持って神殿を訪れる人は、今までもいたそうよ。そして、コーセナル様は死んだことにして、新しくルナという名前を与えられ、密偵としての教育を受けながら、同時に女性として私の侍女になって生活するようにと、厳命されたの。国の象徴ともいえる暁の巫女姫の一言で、ルナは長年の憂いが晴れたのよ。そのときに、私と主従関係の契約を結んだわ。ちなみに、密偵の仕事はルゥが教えたのよね?それで、ルナはルゥを恩師として慕っているわけ」

「そうでしたか…。知り合って日の浅い私などがコーセナル様の秘密を知ってしまって、よろしかったのでしょうか」

「アネット、もう、コーセナル様はこの世にいらっしゃらないの。さっきアネットが助けたたのは、私の侍女のルナよ。あなたには本当に感謝しているわ」

「…はい。わかりました。聞きたいことは以上です。ありがとうございました」


人にはいろんな秘密があるのだ。カノン様がそうおっしゃるなら、私は今まで通りにルナと接するだけだ。疑問は全て晴れたし。


ルゥは私とカノン様の様子を見て、真剣な表情で口を開いた。


「では、今後の作戦の練りましょう。もう大詰めですから、現在までにわかったことは全てお話しします。アネット様もご協力お願い致します」

「わかったわ」


力強く頷くと、ルゥが極上の笑みをこぼす。

だ、だから!どうして今そんな顔をするのよ!これから大変なときなのに!


私の動揺を更にあおるかのように、扉が叩かれ、思わずビクリと飛び上がった。ダイアナの声が聞こえ、カノン様は中に入るよう応える。


「失礼します。カノン様、ご無沙汰しております。突然で恐縮ですが、私たちにも話を聞かせてもらえませんか?」

「はっはっは!これは珍しいメンバーが揃っているな!」


扉が開くと、恐縮そうなダイアナの後ろから、声が響いた。一人は金髪碧眼の聡明そうな美少年、もう一人は大柄な体躯の年配の紳士。

カノン様もルゥも、二人を見て唖然としていた。

先に立ち直ったカノン様が、ようやく声を絞り出す。


「…ヨハン殿下、フェリックス様…何故こちらに?」


…ええーっ!!第二王子とモント公爵様登場!?

でもモント公爵様のお顔って、さっき見たあの人に似ているんだけど…どういうこと?

まさかの人物たちの登場で、アネットとルゥはもちろん、冷静沈着なカノン様でさえ驚きで固まりました。

次回は、これまでの経緯がわかります。

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