たおやかな一撃 2
お久しぶりです……とっても、お久しぶりで申し訳ありません!!
見捨てず、読んでくださっている読者の皆様に、嬉しいご報告があります。
この度、ヒーロー文庫様より、本作品が書籍化される事となりました。
10月31日に発売となります。なお、ダイジェスト化の予定はございません。
詳細は、活動報告に書かせていただいております。
カウントダウンはじまってるどころじゃない……前日って!
ええと、明日も更新します!頑張ります!
美しい王城の中庭は、一時騒然とした。
周囲の反応など、俺には感じ取る余裕もなかったが。
ロトス帝国の使者――俺の同僚でもあった二人は、そのまま何事も無かったかのように城の奥へと進んでいった。
俺はというと、兵士達のステータスを見るため、アリスと共に訓練場へ向かっていたのだが、アルビオンの騎士が現れて一時的に自室に戻るよう言い渡された。彼の顔には見覚えがある。ロバートの部下だった。つまりこれは、王からの指示である。
騎士が焦っているところを見ると、本当は俺と彼女達を会わせる気がなかったようだ。外交的に色々あるんだろう。
そして、彼女達が城にいる間は、不用意に接触しないよう言われた。
自室に戻り、俺はとにかくできる事を探した。今は何も考えたくなかった。レンジーが言う事を認めれば、俺は父に裏切られた事になる。
母が病に倒れ、その薬を探す旅の間に寄った先で、レンジーの母とできて、子供までつくったなんて信じたくない。
しかも、父はその後死んでしまい、本当のところがどうかも聞けない。レンジーの話しを、全くの嘘だと否定できる証拠を俺は持っていない。
彼女は良い子だ。母親思いで、小さいながらもよく働いて、一緒に頑張ってきた仲間だ。レンジーを冷たく突き放す事が、今の俺にはできない。
兵士のステータスの整理を一心不乱に行っていると、イズーが休憩にしましょう、と声を掛けてくれた。
「ずいぶん、長い間がんばってましたね。一度、手をお休めになってはどうでしょう」
温かいお茶を手に、イズーが柔らかく微笑んだ。
俺は目を擦って、伸びをして、手の関節をパキパキ鳴らして、噛り付いていた机から、ようやく立ち上がる事ができた。
「ありがとう、いただきます」
お茶を飲みながら、イズーにぽつりぽつりと事情を話す。
彼女は誰を非難するでもなく、ただ静かに聞いていた。話し終わると、イズーはこう言った。
「わたしは、ノアがその方々と会わないように気をつける事しかできません。ロトス帝国の使者はきっと、あの手この手で接触をはかってくるでしょう。今、その方々と言葉を交わすのは、とっても危険です」
「色々……?」
あの手この手とは、一体どんな方法だろう。
「例えば、サロンのお茶会に誘われたり、ダンスパーティに誘われたり。これは一度や二度なら断る事ができるでしょう。でも何度も断れば、失礼にあたります」
エマ・キューピット子爵夫人は、貴族でありロトス帝国の代表として、ここに来ている。俺は微妙な立場だし、断り方を間違えば失礼になる。それは分かった。
イズーは公爵家の令嬢として、教育を受けているので、そのあたりの方便は任せられる。しかし、今日のように不意に接触してしまったら、どうすればいいのだろう。
ノックの音がして、アリスと、その後ろから先王陛下が現れた。
「久しぶりだね、ノアくん」
「先王陛下、お久しぶりです」
俺は慌てて立ち上がり、礼をとった。イズーも礼すると、新しい客にお茶を入れ始めた。
「ユースで構わんよ。分かっているとは思うが、今日はロトス帝国の使者について、話しがあって参ったのだ。使者の表向きの目的は、次回の闘技大会の開催地について、という事になっている」
「こんな早くから……」
闘技大会は、国内と五大国同盟とで、年が一回りする事に行われる行事だ。国内で行われる大会では最終的に、一般の傭兵・冒険者の中から選ばれた者と、騎士団や近衛兵から選ばれた者が王の前で戦う。個人の部とパーティーの部があり、大会の期間中、王都は連日お祭り騒ぎになる。
国内の最優秀者が決まれば、次は国際試合だ。前回はアルビオンで行われたので、次回はロトス帝国が開催地となるらしい。
俺なんかは、毎年やっている事なのに、何をそんなに決めるのかと思うが、国の権威がかかる行事なので、早くから挨拶や打ち合わせが行われるもののようだ。
「そろそろ、どこも国内の予選が始まる頃だろう。今年から、アルビオンの戦士のレベルは、全体的に上がってくるだろう。明確な差が出るまで、もう少しかかるだろうが、どれだけ違いがあるか、ロトス帝国も確かめに来たのかもしれない」
「ノアのスキルのおかげで、ギルドに所属する王都の傭兵や冒険者は、確実に強くなっただろう。スキルの教本によって、その他の支部でも効果が上がってきているはずだ」
先王陛下に続いて、アリスが言った。ああ、そうか。クエストの達成率が上がったり、ギルドランクが上がる者が増えてきている、という感覚はあった。アルブスの時より、はっきりとアドバイスができるのだから。
そして今、城の兵士達の力を見ているわけだ。アルビオン全体の力が上がっているなら、それはいい事だよな?
「アルビオンの国力が上がるのは、素晴らしい事だ。次の闘技大会でそれが証明されるだろう。そうなったときが難しい」
ロトス帝国の使者二人は、俺のスキルを知っている。これから先、暗黒期が来た時のために、みんなには強くなってもらいたいという気持ちはある。これまでのように、ギルドでステータスを見る分には、五大国同盟の力にはなりたい。
でも、彼女達がそれで引き下がるとは思えない。ダリア皇女のように、俺を自国へ引っ張り込もうとするのだろう。
「エマ・キューピット子爵については、申し訳なく思っている。ダリア皇女に、君のスキルが知られたのは、彼女のせいだろう。家族の都合でロトス帝国に里帰りすると言ったきり、彼女はギルドに帰ってこなかった。私達の判断の甘さがまねいた事だ」
先王陛下の言葉に、ああそうかと納得した。あまり驚きはなかったが、そんな前から周囲は動きだしていたのだと思うと、自分がいかに平和に依存していたかため息がでる。
「そして、君の父上の事だ」
「!」
「レンジー、本名は確かハイドレンジアといったか。彼女の言葉を否定する証拠は、今のところ我々は持っていない。父上は確かに、ロトス帝国の彼女の実家がある場所により、しばらく滞在していたようだ」
先王陛下の言葉に、俺は暗い気分になるのを抑えられなかった。
「だが、だからと言って、君の父上がそういう事をした証拠もない。私個人としては、全く事実無根だと思う」
初めて嬉しい言葉を聞いたが、先王陛下がなぜそこまで言い切って下さるのだろう。
「私はね、ノアくん。君の父上と知り合いなのだ。ランドルフ――君のおじさん繋がりでね。愛妻家のあの男が、病の妻と子を自国に残して、そんな事するはずがない」
俺は間抜けな顔をしていたと思う。俺ですら疑ってしまったというのに、先王陛下は父を信じきっていた。そこに、俺の知らない父との絆を感じた。
「君の生まれる前の年、暗黒期が来た。その頃、私は王であった。ランドルフと、力をあわせて乗り切った。君の父上も、陰ながら力になってくれたのだ」
俺がこの世界に生まれる前の話しは、とても貴重だった。そんな繋がりがあったからこそ、もしかしたら、ロトス帝国で父が死んだ事には訳があるかもしれないと、先王陛下は続けた。
「事故ではなく、ロトス帝国の誰かが、父を故意に殺したと言う事ですか?」
「そういう可能性もある、という事だ。父上の死は、不自然な点が多かった。今更調べても、有力な手がかりが見つかるとは思えない。胸の悪くなる話しだが、死んでなお、利用されているかもしれないと言う事だ」
「……レンジーも、利用されているのでしょうか」
「分からない。彼女が本当に君の妹なのか、そうだと信じ込まされているのか。または、進んで、つまり金や地位の為に嘘をついているのか、脅されているのか。分からないが、下手をうてば、君はロトス帝国に引っ張り込まれるという事だ」
俺がレンジーの実の兄だと認めてしまえば、ロトス帝国は俺を国へ迎え入れるつもりだろう。レンジーの母の家を継げとか、そんなところだ。
「十分、注意したまえ。もし、何かあれば……私が力になる」
先王陛下は、そう言って退出された。
それから数日は、何事もなく過ごせた。一度、サロンに呼ばれたものの、イズーが見事に断ってくれた。二度目は、先約があるといって、別のサロンに顔を出したりもした。貴族達のお茶会は、優雅すぎて眠りそうだった。
兵士の訓練所へ行くルートにも気を配った。使者が通るルートをあらかじめ教えてもらい、こちらも日々使う道を変えたりした。
三度目のお誘いは、今のところ来ていない。誘われる前に、先王陛下が何らかの手を入れてくれているのかもしれなかった。
そして、使者が帰る前日。今日は王宮で、彼女らを見送る夜会が開かれるらしい。もちろん、俺は出席しない。しかし、急に呼び出された俺は今、煌びやかな夜会の会場にいるのだった。
2015/01/12 修正