首輪
ノアが謁見の間から去っていく。
玉座に腰かけた、オプティマスは、その背中を見送った。
オプティマスは、生まれながらの王だ。
彼は常に、アルビオン王国の未来を考えなければならない。
この世界の王に求められるのは、いかに暗黒期をうまく乗り切るかという事だ。
一言でいえば簡単だが、それにはまず地方領主をまとめ、代々続く貴族の家々をうまく従えつつ、国力を蓄えなければならない。
これまでは、五大国同盟がその力を発揮していた。皮肉な事に、暗黒期があったからこそ、国家間での平和が保たれていた。
しかしその体制にも、終わりが見え始めている。
ロトス帝国は、この大陸で一番歴史がある、大国である。
大昔は勢いのあった帝国も、ここ何十年かは、静かなものだった。
それが新しい皇帝に代替わりして、ジワジワとその力を取り戻してきている。
新帝は、就任してすぐに近隣の小国をいくつか飲み込み、貴族に富みをバラまいた。
産業を見直し、国民に過去の栄光を思い出させた。
フラテル教も上手く利用して、信者を増やしているのも、脅威だった。
「陛下」
「ロバート。この国はまだ運に見放されていないらしい」
玉座に深く腰掛けたオプティマスに、戻ってきたロバートが一礼する。
「ノア・イグニス。彼は陛下のお気に召したようですね」
「ああ、私達は正反対の存在らしい」
ロバートが、オプティマスの考えをはかりかねたように、首を傾げる。
それにひとつ笑って、オプティマスはロバートに意見を求めた。
「お前から見たノア君は、どうだ?」
「どうやら彼は、私以上の魔力量の持ち主のようです」
ロバートは、謁見の間の仕掛けに、魔力を封じられる感覚を思い出しながら語った。
「私は何度か謁見の間に通って、やっと違和感に気が付いた程度ですから」
「そういえば、始終穏やかに笑いながらも、動きがぎこちなかったな」
ロバートは、ノアに関する報告書を思い出しながら続けた。
「ギルドでは、連続してスキルを使っていましたが、一度も魔力切れを起こした事がないようです」
「それは確かか?」
オプティマスは、少々驚いた顔をしてロバートを見た。
「はい、陛下。彼は毎日、五十名ほどのステータス焼き付けのノルマをこなしています。ひとり見た後に休息も取らず、不調を訴える事もなかったようですね」
「それは……利益や効率は大事だが、ギルドもなかなか無理をさせるな」
「ええ、私もそう思いました。しかし、スキルの実験と教本作成に協力した、魔法ギルド側が、彼ならば大丈夫だと言ったようです」
どんなスキルでも、ある程度の魔力を必要とする。
アビリティースコアのように、相手の能力を丸裸にするような強力なスキルを連続して使えるというのは、かなり非常識な事だった。
「今のところ、とても協力的な態度を取っていると言えます。必要以上に、貴族に接触もしていませんし、あくまで先王陛下の言葉に従って行動しています」
「そうか」
彼が特定の貴族と仲良くなれば、その者が大きな力を手に入れかねない。
ノアを囲って、自軍を強くできれば、反逆の火種にもなる。
先王がノアを置く事に選んだ、メンシス騎士団。
その団長であるトリスタンは、王家と親戚関係にある、公爵家の者だ。
それも次男で、あの真面目な性格。公爵家に直接預ければ、それはそれで危ないが、トリスタンならば大丈夫という先王の判断だった。
「表面上は、そのようです。争い事を好まない、穏やかな性格というのが、彼の周囲からの認識です」
「それで?」
「私が彼に初めて会った時の事を覚えていらっしゃいますか?」
オプティマスは頷いた。先王が目を掛けている男を見て来いと、彼がロバートに命令したのだ。
「詐欺師の一団と、そのパトロンの貴族を、限られた時間と人数で、一網打尽にしてみせた。彼はただ、能力を写し出すだけの道具ではないようです」
「周りの人を活かす力、か……それだけの実力があって、なお、人の上に立つのを拒むか」
オプティマスは、特定の貴族とノアを親密にさせる事には反対だった。
しかし、友好的な関係を保ちつつも、この国に執着させたいと思っていた。
一番手っ取り早いのは、結婚だ。
先王も信頼する、エセックス辺境伯には、娘がいた。
それも、ノアと幼なじみだという。
それなのに、ノアは正式にエセックスの養子になる事も、幼なじみの娘との結婚も拒んでいると聞く。
「ロバート、私は生まれながらの王族だ。ここに立ち続けるためには、時に大事なものも手放さなければならない」
「はい、陛下」
玉座にひたりと手を這わせて、オプティマスはいった。
「ノア君がギルド職員にこだわっていた理由は、そこにあるのだろう。彼には、切り捨てられないものがたくさんあるらしい。まさに私とは正反対ではないか?」
「陛下……」
「権力や金より、友や自由が欲しいか……。だが、貴族ではないからといって、逃すわけにはいかない」
オプティマスは、耳にはまった金環に触れながら呟いた。
「強化の件、ノア君を中心に、進めてもよさそうだ。ロバート」
「畏まりました。三貴族を議会に召集致します」
ロバートが差し出した紙を、オプティマスが手に取る。
近衛兵団の入団条件が書かれているそれに、彼は改めて目を通した。
「最後のひとつが、通りますでしょうか?」
ロバートは、獣人が近衛兵団に入る事に、反対ではない。
オプティマスの考えを理解した上で、貴族からの反論を心配しているのだ。
「通すさ」
オプティマスは不敵に笑った。
ロバートは、久しぶりにこの王が怖いと思った。
オプティマスは、大胆でありながら、先王の賢さを受け継いでいる素晴らしい王だ。
たが、たまに見せるこの表情こそ、オプティマスの王としての顔なのだ。
「ロトス帝国は、刻印持ちを手放す気はないようだ」
「それは、五大国同盟から抜けるという意味ですか……?」
「さてな。まだ曖昧にごまかしてはいるが、いずれそうなるかもしれん」
ロバートの表情が、固まる。
オプティマスは、眉を寄せて溜め息混じりにいった。
「問題はその時期だ。ロトス帝国は、暗黒期すら利用して、アルビオンを飲み込む気かもしれない」
刻印持ちは、確かに魅力的だ。だが、ステータスを効率的に上げられる事が、どれだけ重要か今に世界中が知るだろう。
「今の段階では、あちらも強く出られまい。ノア君をギルドから引き離した事を非難するならば、刻印持ちを独占する、そちらはどうなのだと、言い返せるからな」
オプティマスは、ノアを自分の庇護下に置くと誓い、ノアを説得した。
肩書きを与え、彼に手出しできない様に保護するのだ。ケルベロスに名前を与え、首輪を付けるのと同じように。
「ノア君は、わが国の切り札になる」
ペルソナ編とかいいつつ、書きたい事が書ききれていない……。
その内、章の名前変更します。
去年の今頃思いついたプロットに、まだ追いつけていません。どうしてだ。
クインシーがいつの間にか、ログアウトしていたとか突っ込まないで下さい。
きっと彼はどこからか、ノアを見守っていたはずです。
そういう描写を書こうと思ってたんですけど、途中でくじけた。
次章も頑張ります。
2015/01/12 修正




