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謁見 1

 二の郭に入ると、さらに見物人が増えた。

 騎士団には、王都の市民から惜しみない拍手喝采が送られている。

 ギルド前を通りかかった時、俺に手を振る職員がおり、かなりあわてた。

 なんだか恥ずかしくて、俺は精一杯の笑顔でやり過ごした。

 騎士団の駐屯地がある辺りで、副隊長のバルドが合流した。

 バルドはトリスタンに、メンシス騎士団の紋章が入ったマントを渡し、そのまま隊列に加わった。

 先日までの騎士団への風当たりを聞いた限りだと、確かに現金な反応かもしれない。

 二の郭から、一の郭になると、少しづつ雰囲気も変わってくる。

 ちらほらと、少し離れた所から覗く、貴族や他の騎士達の冷たい視線も、トリスタンならば気が付いている事だろう。

 彼らは自分達に機会が与えられなかった事や、お飾りと言われていた騎士団が、名誉をさらって行く事が不服なのだ。

 国同士の大きな戦いがなければ、武功を立てるチャンスは限られている。

 彼らは、そのチャンスを掴んだメンシス騎士団が羨ましいのだ。

 だが、そんな目先の事ばかりに捕らわれていてはいけない。

 今回のパレードは、人為的に持ち上げられた側面があると、気が付いている人がどれだけいるだろう。

 メンシス騎士団がお飾りではないと証明されれば、彼らにだってチャンスが巡ってくるはずだ。

 とうとう、王城の正面まで来てしまった。

 何重にも壁に囲まれた王のいる敷地は、まだまだ先である。


「す、すごいな……」


「ああ、うん」


 アリスとカミュが、建物の迫力に圧倒されていた。

 入った時の事は覚えていないが、俺は一度ここに来ている。だが二人は、こんなにも背の高い建物を間近で見たのは初めてだという。

 俺は前世で、タワーや高層ビルを見慣れているため、まずそんな考えにいたらなかった。

 テーマパークみたいだな、と感じたくらいだ。

 うっかり忘れて、変な反応をしないように気を付けよう。

 自分に言い聞かせるように頷けば、アリスとカミュも、お互い頷きあっていた。

 カミュが、懐からツルリとした白い物を取り出し、顔に貼り付けた。


「……仮面?」


「ルークに貰ったんだ。俺達は似てはいても、今は赤の他人だ。でも見た目に説得力が無さ過ぎるから、公式な場ではこれを付けとけばって」


 白い仮面は、カミュの顔の、上半分を覆う作りになっている。


「貴族に外せって言われたらどうするんだ?」


「俺、額に傷があるだろう? 顔に傷があるから隠してますっていえば、勝手に想像して突っ込んでこないさ」


 カミュの額には、大きな傷があった。アリスに聞いたが、以前はそんな傷なかったようなので、記憶を失った時に負ったものだろう。

 傷は髪の毛で隠れる範囲だが、カミュの言い方だと、嘘ではないのに、酷い火傷でも負って、隠しているようにも聞こえるから不思議だ。


 見た目より複雑な通路を通り、開けた庭のような場所に出る。整列する俺達の周りを、近衛兵がぐるりと取り囲んだ。

 前方から、近衛騎士の甲冑を着た一団が、馬に乗って登場する。

 真ん中の、いかにも偉そうなヒゲを蓄えた男が、形だけの労いの言葉を騎士団に掛ける。


「皆ご苦労だった。王もお喜びだろう。さて、ケルベロスの首と子は我々が預かろう。特別に君達がここで休む事を許すので、しばらく休んだ後、自分達の巣へ帰りたまえ」


 あまりにも自然に、意味が分からない事をいうものだから、一瞬何を言っているのか分からなかった。

 つまり、俺達にさっさと帰れといっているのだ、この男は。

 ざわめきが広がる前に、トリスタンが一歩前に出た。


「近衛兵隊長殿、我々は王に呼ばれて、ここまで来たのだ。会う事はおろか、尽力した騎士達に言葉も頂けぬのか?」


「陛下はお忙しいのだ、メンシス騎士団長殿。献上の品は責任を持って届けよう。献上の順番待ちをしてる間に、首が腐らねばいいがな」


 ケルベロスの首を見て、ヒゲの兵隊長とやらは、鼻をつまんでみせた。

 トリスタンを信じて黙っていた騎士団のメンバーも、兵隊長の言いように、さすがに苛立ちを隠せなくなっていた。


「さあ、ケルベロスの子を檻から出せ!」


 兵隊長が指示を出すと、俺達を取り囲んでいた近衛兵がぞろぞろと集まってくる。

 檻の荷台に乗っていた俺やアリスも、力ずくで引きずり下ろされる。

 カミュは最後まで抵抗をした。何故なら、ケルベロスの状態がまだ不安定だからだ。


「ちょっと待った。今は大人しく見えても、まだ調教はすんでないんだ! 危ないから、素人が勝手に檻から出すんじゃない!」


 ケルベロスは、近衛兵が近付いてくる気配に興奮して、落ち着きなく狭い檻をうろうろしている。

 若い近衛兵は、カミュの言葉に、檻に掛けた手を引っ込めた。


「君も近衛兵ならば隊長の命に従いたまえ。やれ!」


「はっ!」


 兵隊長の言葉に近衛兵は、躊躇していた手をかんぬきへと伸ばす。


「近衛兵隊長よ。勝手はそこまでにしておけ」


冷やりとした声が、静かに響いた。


「ろ、ロバート親衛隊長様」


 庭を見渡せるテラスから、若い騎士がゆっくりと階段を下りてくる。

 かんぬきを持ち上げようとしていた近衛兵は、突然胸元に剣が差し出されて、驚きの声を上げた。

 近衛兵が引き下がったのを確認した剣の持ち主は、キビキビとした動きで、親衛隊長と呼ばれた男の斜め後ろに直立して控えた。


「親衛隊長って近衛兵の中でも、さらに精鋭の?」


「王直属の、三人の守護者の一人か……」


 騎士団がコソコソと話しだす。

 俺はその男に見覚えがあった。確か王宮魔導師と共に、ギルドに現れた近衛騎士だ。


「あの時の」


「そうだ。久しいな、ノア・エセックス。まずは、王からのお言葉を伝えよう」


 トリスタンがロバートの声に反応して、姿勢を正した。騎士団員も、つられて直立する。俺も出来る限り居住まいを正した。


「『メンシス騎士団諸君、ケルベロス討伐の件、王の名の下に礼をいう。 王都を守る者として、これからもアルビオンに尽くして欲しい。後日、騎士団の名誉を讃える場を設けよう』との事だ。――ルイ」


 後ろに控えていた金髪の騎士は、ロバートに名前を呼ばれると、見本のような動きで敬礼し、一歩前に出た。


「はっ! ささやかながら、宴の場を用意した。メンシス騎士団には、王宮の食事と酒を存分に楽しんでもらいたい。ロバート様に代わり、私が案内させてもらう」


「トリスタン、いや、メンシス騎士団長殿とノア・エセックスは、私と共に来るように。謁見の間にて王がお待ちだ。ああ、従者は一人ならば連れても構わない」


 食事会に心が傾いていた俺は、ロバートに名前を呼ばれて、肩を揺らした。


「ケルベロスの首は、我々親衛隊が責任を持って預かろう。ああ、王は子のケルベロスに会いたいそうだ。そこの仮面の男よ」


「は、はい! カミュと申します、ロバート卿」


 カミュが緊張した声で返事をする。


「見た所、魔獣士のようだが。お前がいれば、ケルベロスは檻から出しても暴れはしないか?」


「は、一応、スキルで大人しくさせる事は可能です」


「な、王の御前に、こんな野蛮な獣を連れて行くのですか!」


 ヒゲ兵隊長が、信じられないと呻いた。

 それを冷たくいちべつしたロバートは、それでも口調は丁寧なままでいった。


「王たっての希望なのだ、近衛兵隊長よ。貴殿は、私ども親衛隊が、犬一匹に後れを取るとでも?」


「ひ、いぃ、いいえ!」


 もしケルベロスが暴れても、危ないのは王ではなくケルベロスの方だ。

 彼は容赦なく、ケルベロスを斬り捨てるだろう。ロバートの冷たい視線がそう語っていた。


「カミュ、お前も共に王の御前に参るよう。しっかり、首輪を握っておけ」


 ロバートがマントを翻し、着いてくるよう促した。

 トリスタンは、バルドを従者に選んだらしい。


「アリス、よろしく頼む」


「ああ、分かっている」


「くそ、緊張してきた。メリッサ、俺は今から王様に会ってくるよ……」


 カミュが指輪に口付けて、村にいるメリッサを思い空を見上げた。


 ロバートを先頭として、美しくも無機質な長い廊下を進む。

 ロバートは、ヒゲ兵隊長に向けていたような目を和らげ、意外にも普通に話し出した。


「先程は兵隊長が失礼した。どうも彼は王をお守りしたいという気持ちを隠すのが下手でね。同じように、野心も見え透いていて、大変素直な人なのだ」


 ロバートがそんな風に言うから、静かな廊下で俺とカミュは、思わず吹き出しそうになった。

 野心とは、上手い事騎士団からケルベロスの首を取り上げようとした事だろうか。


「いいや、ご助力感謝する、ロバート殿」


 二人はどうやら旧知の仲らしい。シュテルン公爵家ならば、親衛隊長と知り合いであってもおかしくはない。


「本来なら獣を宮内に入れたくはないが、王を外にだすわけにもいかない。王は自ら、ケルベロスに名を与えたいそうだ。構わないだろうか、トリスタン殿」


 それで、わざわざ謁見の間まで連れてくるように言ったのか。


「構わない。元より王に献上するつもりで連れて来たのだ」


 了承を得たロバートは、よかったと薄く笑った。

 そんな事を話しているうち、俺達は謁見の間までたどり着いた。

 大きな扉の前には、近衛兵が槍を交差して構えている。


「ロバート親衛隊長、メンシス騎士団団長、他二名、ご入場!」


 ロバートの視線に、近衛兵は交差していた槍で床をガチンと叩き、入場を知らせる声を上げた。

 鈍い音を立てて、扉がゆっくりと開く。

 室内の赤い絨毯を真っ直ぐ中央まで進み、俺は片膝を着いた姿勢で頭を下げた。

 少し前にトリスタンとバルド、後ろにアリスとカミュ、そしてケルベロスの息づかいを感じる。

 いよいよだ。


2015/01/12 修正

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