失われた心 4
いつも窓口していないノアの話しを読んで下さってありがとうございます!
突然ですが、どなたか、ケルベロスの子供の名前を考えて下さい。
感想でも目メッセージでも、適当な活動報告記事へのコメントでも構いません。
なんのお礼もできませんが、独断と偏見で決めさせて頂きます。
これからも、本作品をよろしくお願いします!
アリスが弟の名を叫び、檻に飛びつこうとして団員に止められている。
格子の隙間から、カミュに飛びかかる、ケルベロスの獰猛な姿が見えた。 間に合わない! ケルベロスの三つのアギトが、容赦なくカミュを噛み砕くだろう。
誰もが息を飲んだ。俺の隣で呟いたメリッサを除いて。
「カミュは、大丈夫よ。絶対」
俺は思わずメリッサを見た。
彼女は青ざめた顔をしながら、気丈にもまっすぐ檻を見つめていた。
「よしよし、お前達、ずいぶんと腹が減ってたんだな。ほら、後で遊んでやるから、早く食べろ!」
カミュは、生きていた。
ケルベロスの前足で押さえ付けられて、倒れてはいたが、三つの首が代わる代わる、カミュの顔を舐めている。
「カミュは、スキル持ちなのか……?」
「ええ、駒犬のスキルを持ってるみたい。まったく、無茶するんだから!」
あんなに獰猛に見えたケルベロスが、子犬のように、無邪気にじゃれている。
魔獣士の中でも、「駒犬」という強力なスキルを持っているのは、ほんの一握りだ。
たいていの魔獣士は、角笛などのマジックアイテムを使って、段々と人に慣らせていくものらしい。
だが「駒犬」のスキルがあれば、子供とはいえケルベロスがああなってしまうのだ。
カミュはそんなスキルの持ち主らしい。
アリスが、檻の前でよかったと脱力していている。
アリスの様子をみる限り、彼女も知らない空白の半年の間に、カミュはそのスキルを手に入れたのだろう。
飛び出して来た女の子を、母親が抱えて叱っている。
どうやら近所の子供らしい。近付くなと言われていたのに、うっかりしていたようだ。
ケルベロスが久しぶりの食事に夢中な間に、カミュはゆっくりと檻から出てきた。
「さて、これでしばらくは大丈夫だろ。アリス、だっけ?」
「ああ」
「そっちがよかったら、話しをしたいんだけど?」
アリスが、微笑んで大きく頷いた。
「ただし、俺は昔を思い出すつもりはない」
その一言に、アリスの緩んでいた口元が、凍り付いた。
夕闇が迫る中、俺達は再び食堂に戻った。
姉弟水入らずで、話し合う方がいいだろうと、俺が席を外そうとしたら、アリスに止められた。
「ノア。私と一緒にいてくれないか……?」
あの、いつでも凛としているアリスが、俺の服の裾を掴んでいる。取り乱したりしないだけで、アリスも大分動揺しているらしい。
カミュはニコルではない。記憶のない彼は、よく知った弟の顔をした別の誰かなのだ。
しかもカミュは、元の生活に戻るつもりはないと言った。つまり、ニコルの記憶を取り戻す気はないという事だろう。
アリスの隣に俺が座り、その正面にメリッサがいた。
アリスとカミュが、鏡合わせのように見つめ合う。
「俺の記憶は、メリッサの家のベッドで目覚めた所から始まってる」
「ブッシュウルフの群れに囲まれて、血まみれで倒れているカミュを、私が見つけたの。すごく驚いたわ。私もブッシュウルフに食べられると思った」
カミュの言葉を、メリッサが引き継いだ。
ブッシュウルフは、十頭程度の群れをつくって森に生息している小型のモンスターだ。
「でも違ったの。ブッシュウルフはカミュを助けようと、ここまで彼を運んできたのよ。何があったか知らないけれど、とにかく助けなきゃって、私、すぐ村へ戻って父を呼んだの」
彼女達が戻ってくると、ブッシュウルフは、遠巻きにメリッサ達を眺めていたという。
「目が覚めて、何も分からなかった俺を、メリッサは面倒みてくれた。村長は役立たずの俺を家に置いて、家族として扱ってくれた」
その内、カミュは生活には困らないくらい動けるようになった。
記憶がないのは、人物関係や思い出だけで生活するための動作は問題なかったらしい。
「やっと外に出て、俺に出来る事を探していた時だ。メリッサと森を歩いていたらモンスターに襲われそうになった」
カミュは、メリッサを守るため、無我夢中で頑張っているうちに、スキルを身に付けたらしい。
「カミュはいつでも無茶ばかりするの」
「メリッサは心配しすぎだって。檻に入る前に、「駒犬」のスキルは発動させてたんだ」
確かに、女の子を助けるためとはいえ、ケルベロスと一緒に檻に入るのは危険だろう。スキルがあるからといって、直前までケルベロスは牙を向いていた。
納得していない様子のメリッサの視線に、観念したとばかりにカミュが言葉を続ける。
「真ん中の頭にはな。まさか、三つ別々にスキルかけなきゃダメだなんて、思わないだろ?」
駒犬のスキルを発動させる為には、モンスターにもよるが、時間がかかるものらしい。さらに、ケルベロスの場合は、三つ首に同時にスキルをかける必要があったのだ。
「……そうか。昔から、ニコルは動物の扱いだけは、私よりうまかった。 私に竜種の乗り方を教えてくれたのも、お前だ」
アリスがカミュを見つめて、小さくいった。
カミュは元から、魔獣士の才能があったのだろう。
モンスターに襲われ、ひとり取り残された時、その才能が開花してカミュは生き残った。
彼に何があったかは、分からない。何にしろ、カミュがニコルとしての記憶を取り戻さない限り、永遠にわからないままだろう。
だが、この村に辿り着いて、メリッサという守りたい存在を見つけたカミュは、必死に闘いスキルを自分のモノにしたのだ。
「確かに最初は、自分がどこの誰か、知りたい気持ちはあったよ。でも、もし記憶が戻ったら、今のはどうなるんだって考えたら、怖くなった」
ニコルとしての記憶が戻ったら、カミュの記憶は消えてしまうのだろうか? それとも、どちらも覚えているのか?
それは誰にも分からない。
「あんな格好で倒れていた俺を、半年以上誰も探しに来なかった。そんな程度の人生なら、俺は今の俺のままがいい」
「……そうか」
俺は、アリスがどれだけ弟を探して頑張っていたか、話したかった。だが、アリスがぐっと唇を噛んで今は黙る事にした。
カミュとメリッサのやりとりを見ていれば、彼が今幸せだというのは伝わってくる。
カミュの言いたい事も分かるし、アリスがそれを汲み取って、彼の幸せを壊したくないのも分かる。
「でもさ、見た目のせいかもしれないけど、あんたと俺が、他人じゃないのは分かるよ。今日は朝から、変な胸騒ぎがしてたんだ。不思議だよな……」
アリスの握りしめた掌が、続けられたカミュの言葉に、ゆっくりと開かれた。
「私はアリス。お前の双子の姉だ。お前の居場所は、私が奪った」
アリスの言葉に、皆が首を傾げる。
「俺は家族に捨てられたって事か?」
「いいや、お前は自分から家を出た。私は騎士になりたかったから、お前がなるはずだったポジションに入り込んだ」
アリスの言い方は、カミュを突き放すように淡々としていた。
「つまり、俺が家に戻ると、アリスは困るって事?」
「そうだ」
「そうか」
淡々としていて、事情を知っている俺達ですら、アリスが冷たい人間なんじゃないかと勘違いしそうになる。
だが、二人の間には不思議ながら、憎悪や怒りは全くなかった。
あれだけの会話で、二人は過不足なく、お互い理解しあっているようだった。
記憶がなくとも、双子には、なにか不思議な繋がりがあるのだろうか。
「俺はカミュ。この村の魔獣士だ。過去を思い出そうとはしないけれど、俺達が双子っていう事を否定する気はないよ。改めてよろしくな、アリス」
「ああ、よろしく、カミュ」
同時に手を出した二人は、全く左右対象の動きで、お互いの肩を叩いた。
双子は!そろっていて欲しい!
という、完全なる僕の趣味。じゃあなんで引き離したんだって言われると、それも趣味としかいいようがないです。困った。
次は王都に帰ります!
2015/01/12 修正




