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失われた心 3

 ニコルの遺体は見つからなかった。

 ならば、死んだとは言い切れない。

 その事は、誰よりもアリスが信じたかっただろう。

 半年以上たって、姿を現さなかったニコルが生きていた。

 俺は最初、仲間に裏切られ、クエストに失敗した事もあってニコルは王都に戻れなかったのかと思った。

 アリスや家族にも迷惑はかけられないだろうと考えたニコルは、名前を変えて、この村でひっそりと暮らしていたのかと。

 しかし彼の反応は、アリスを姉として認識していないものだった。

 自分が双子であるという事を知らない。そんな素振りで、男はアリスの顔を指差した。


当事者二人が黙ってしまい、穏やかな空気の流れていた食堂は、ひっそりと沈黙した。


「あ、あのっ」


 翡翠色の瞳を震わせて、メリッサが思い切ったように声を出した。


「あの、あなたは、カミュをご存知なのね? 彼、本当は、ニコルという名前なの? あなたとは、姉弟、いえ双子かしら。あの、カミュは、この村で倒れてて、それで……!」


 メリッサが一遍に話し出したが、言いたい事が多すぎて、言葉に詰まってしまう。

 メリッサが口火を切ってくれたお陰で、二人の止まっていた時間も流れ出した。


「メリッサ、ありがとう。その反応だと、まさか他人って事はないよな?」


「……ああ。私とお前は、双子の姉弟だ」


 アリスが頷くと、アリスと同じ顔を困ったように歪めて、男が頬をかいた。


「俺はメリッサが言ったように、血まみれで、村の近くに倒れていたらしい。村長やメリッサに助けてもらって、この村で生活してる」


「なぜ、」


 アリスは、続く言葉を飲み込んだ。

 なぜ、行方をくらませていたのか。

 次の男の言葉が、全ての謎を語っていた


「俺、記憶がないんだ」


 アリスは、溢れる悲しみを抑えるように、そっと目を閉じた。



「「「――ギュルルルルル」」」


 唸るような慟哭が、辺りに響く。

 ケルベロスの仔が目覚めたのだ。


「ルーク、確かこの村には魔獣士がいるんだろう?」


「メリッサ、魔獣士の人を呼んで! あと、檻の場所を教えてもらえる?」


 いくら子供とはいえ、ケルベロスに変わりはない。

 ずっと鎖のみで抑さえておくのにも、限界があった。

 メリッサが、ちらりと男に目をやった。


「俺だよ、魔獣士。 檻の場所を案内するから、一緒に行こう」


「ニコルが、魔獣士……?」


 アリスが目を瞬いている。信じられないといわんばかりだ。


「話したい事があるのは分かるけど、今はケルベロスが先だね。行こう!」


 ルークとカミュが走りだす。俺も彼らに続いて食堂を出た。

 騎士団の元へ向かうと、眠りから目覚めたケルベロスが、三つの首を振り回して暴れていた。

 団員達は、それぞれの首に繋がっている鎖を引っ張るのに必死で、魔術をかけられないでいた。


「おい、こっちを見ろ!」


 男――カミュは、勢いよくケルベロスの前に飛び出すと、注意を引くように手を振った。


「危ない……!」


「カミュなら、大丈夫です」


 アリスは飛び出そうとしたが、メリッサの強い言葉にグッと踏みとどまった。


「ほら、こっちだ。腹減ってるか? 好物を用意してある、こっちだ!」


 カミュの声に、ケルベロスが反応する。

 意味が分かっているかはともかく、ケルベロスは方向を決めて、じりじりと進み始めた。


「ノア、あの者が魔獣士だな?」


「トリスタン。ああ、そうだよ」


 村長との話し合いを終えたトリスタンが、騒ぎを聞きつけてやってきた。

 俺に確認をすると、トリスタンはすぐに団員の指揮を取りに向かった。

 カミュが誘導し、団員が力を合わせて押さえケルベロスを檻へと向かわせる。


「ほら、肉があるぞ! 食べたいだろ?」


 正面が開いた大きな檻の前に立って、カミュが挑発する。

 ケルベロスは、もはやカミュの動きに夢中だった。

 これも魔獣士のテクニックなのだろうか。

 檻の中には、モンスターが好みそうな肉の塊が山ほど積んである。

 ケルベロスは、それぞれの首を交互に傾げながら檻をのぞいていた。

 腹は減っているだろうが、檻を警戒して、もう一歩の所で中に入ろうとしない。

 団員の体力も、ずっとは保たないだろう。警戒が逸れている今なら魔術もかけられる。

 トリスタンが、カミュに合図しようとした時、檻の右手の建物から小さな女の子が飛び出してきた。


「キャアアアアア!」


「ああ! なんてこと!」


 メリッサが口を押さえて、体を震わせた。

 ケルベロスの右首が、女の子へと向けられる。

 悪い事は重なり、突然の方向転換についていけなかった団員が、右首の鎖を手放した。

 まずい!

 カミュはとっさに、檻の縁を叩いた。


「こっちだ、ワンコ!」


 ガンガンッと大きな音を立てたカミュは、そのまま自分も、檻の中へと入ってしまった。


「ニコル!」


 アリスが走り出すが、檻には届かない。

 仔ケルベロスは、小さな女の子より目の前のカミュと肉の塊を取った。


「「「グルルルル!」」」


 ケルベロスが檻へと入ると同時に、カミュが叫んだ。


「檻を閉めろ!」


 団員達が戸惑う中、トリスタンがカミュに従うように、いち早く指示を出す。

 堅牢な見た目通り、重い音を立てて、檻の扉が閉められた。


2014/02/13 一部表現修正

2015/01/12 修正

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