前時代の遺物
「なぁ、お前さんはどうなんだよ?」
ディー・ビィーツ大尉は白いMSを操る男へ語りかける。
「このまま此処で死ぬもよし、それとももう一度俺達と殺し合うもよし、もちろん正真正銘の本気でだがな」
「大尉!」
俺には先輩のこういう所が理解出来ない。
現状、目前の敵はデブリとの衝突が原因で硬直し身動き出来ない。
数は二対一、勝敗は明らかだ。
しかし彼は自身の更なる高揚を求め敵へ挑発する。
MSの操縦技術や高い戦略能力を備えながら敵を蹂躙しようとはしない。
それは騎士としての美徳がそうさせるのでは無く、単純に戦闘そのものから快楽を求めている様だ。
そうこうしている間に白いMSはその図体を食い込ませた金属のデブリの中で再起動しモノアイや機体各所のセンサーが淡い光を取り戻し、我々の居るこの空間を機械的に知覚認識し始める。
まだ間に合う。
俺はトリガーを引いた。
…だが大尉のシルフィは俺のパヴヂガンのライフルを蹴り射線を反らした。
放たれた閃光は目標の上方を掠め、他のデブリに直撃し一瞬でそれを姿亡きまでに焼き尽くした。
「何故です!?」
「こんな面白れぇヤツそうそう出くわさねぇから勿体ねぇだろ」
「“敵は躊躇無く撃て”と教えた貴方がそれを言いますか!!」
餓鬼大将もいいとこだ。
遂に白いMSは深く身を沈めていたデブリから自力で這い出した。
クソッ!
「…戦士の性、好奇心」
「そういうこった」
「ならばそれにお応えしましょう」
来る!
今度こそ本気で!
瞬時に俺の身体が緊張し、アームレイカーやペダルに置かれた四肢が次の戦闘に備えた。
…いや違う。
俺は怖れたのだ。
目前の白いMSから放たれた異様な何かを。
それは機械が秘めたるものなのか、アノ男の力かすら俺には解らない。
ただ確かにそれは俺の身体へ纏わり付く様な不快な感覚として訴えてきた。
「ファンネル」
聞き覚えの無い言葉が無線から流れた。
リュークだ。
その瞬間目前の白いMSのウイングバインダーらしきものが四方へ射出される。
「…!?」
疑問符を浮かべる間もなく射出された“何か”から閃光が放たれ俺達に迫った。
「…こいつは!?」
俺と先輩は容易にそれを回避出来たが、白いMSが射出した“何か”達から第二第三と次々に放たれるビームが俺達の機体を襲ってくる。
「自立兵器か!?」
「違う!こいつはまた珍しくも懐かしいもん出しやがった!」
「…? だから何なんですこいつは!?」
「ヤツの脳波で制御された移動砲だ!」
そんな馬鹿な。
「このジャミングの中でそんなもの…」
「理屈は知らねぇが使えるんだよ!!」
ミノフスキー粒子でのジャミングにより無線通信が限られた環境下で有効な通信方法は二つ。
レーザー通信とミノフスキー通信だけ。
しかしレーザー通信は文字通りレーザーを用いるので細かな機動を繰り返す対象同士では使えない。
残る方法のミノフスキー通信なら通常ジャミングに用いられるミノフスキー粒子そのものを活用し特殊な電波網を形成して情報交換が可能だが。
現状それを可能とするソフトウェアは存在せず、活用にはニュータイプの脳波とサイコミュによるそれの拡張によってだ。
ならばあれは…
「サイコミュ搭載機…」
「厄介なもん隠しやがって!」
円錐型の角が放つビームの一つ一つは大雑把な照準であったが、不規則に連続して放たれる閃光の数々は幾多もの敵に自分達が包囲された錯覚を呼ぶ。
たった一機のMSを相手にこの様な状況になるとは想定していない!
俺達は想定していないその猛威にただ逃げ惑うしかない。
「大した方々だ。私にこの禁じられた兵器を使わせるとは」
圧倒的な優位状態となったリュークが俺達の逃げ惑う様に優越となった口調で告げたその言葉で、俺は自身の機体を激しく制動させながらその疑問を思考する。
そうか…
彼のジオン・ダイクンが提唱したニュータイプたる人種は一年戦争を舞台にその存在を確かにした。
…だがしかし。
ジオンが提唱した『互いに判りあい、理解しあい、争いから解放された新しい人の姿』というニュータイプとは異なり。
その優れた空間認識能力とサイコウェーブを用いて数々の戦場を翔け、死線を潜り抜けた事でニュータイプという新たな人種は戦場において別の真価を得てしまった。
思い出した。
その象徴たる一つが“ファンネル”だ。
一年戦争末期、何者より先駆けニュータイプの軍事利用を目論んだ旧ジオン公国は近代戦争に一つの大きな研究成果を示す。
“ファンネル”という無線誘導兵器群の雛形“ビット”を生んだのだ。
ノイズにまみれた暗黒の戦場をニュータイプの脳波で操られた砲台が翔け、その過ぎた力は宇宙環境に適応出来ずにいた戦士達の血を盛大に流した。
正に怪物兵器だ。
それを用いた兵装を搭載した機体は数で勝る敵すら一方的に打ち破った。
単純にMSは人の姿を模して作られているが為にライフルを両腕に装備してようやく二つの異なる標的へ攻撃を仕掛けられる。
その他内蔵兵装等を搭載した機体ならば最大4体を相手に出来るが。
脳波で制御された複数の移動砲たるファンネルやビットを搭載した機体ならばたった一機で5体から十数体までという極めて多数の敵と対峙出来た。
このニュータイプの特性を十分に活かした兵器の存在によりサイコミュの研究開発が遅れていた連邦は、圧倒的に数で勝っていたにも関わらずジオンやその残党をほぼ無力化するのに15年以上という長い時間をかける羽目になったのだ。
そして遂に脳波誘導兵器群ファンネルは宇宙世紀0100年代に虐殺兵器と認知され、軍需産業を生業とする主立った企業達は紳士協定という名でそれの製造開発をしないという調印を押した。
「禁じられた兵器…」
確かに今体感する状況は本や軍事資料から読み取って理解出来る史実のそれだ。
知識として持っていても、いざその実態を思い知ると想像を超えた脅威だ。
しかしそれでも…
「何とか出来ない代物ではない!!」
飛び交う閃光の中、夢中で機体正面にリュークの白い機体を捉え全速力で突進した。
「…愚かな」
「そっちがな」
後方一時から私へ向けファンネルのビームが放たれる。
速度を維持し機体制動で回避、迷わず白い機体を目指す。
続いて第二射、三射と後方から砲撃。
避けられない訳がない。
それでも進行方向は絶対に維持せねばいけない。
「なぜだ!? なぜあたらない!? なぜ真っ直ぐこちらへ向かう!?」
たとえ相手がニュータイプで私を知覚出来ようと脳波で制御されているのは機械。
照準精度はその域を出ない!
「もらった!」
俺は左腕の武装をサーベルに切り替えた。
「だがソレを待っていた」
なに!?
白いMSから先程とはまた違う感覚があった。
いや違う。
俺のパヴヂガンの背後を砲撃していた砲台が遠くディープ・ヘルメへと飛び去ったのだ。
思わず気を取られ俺は機動をやめ機体のカメラをソレへと向けてしまった。
「なにやってやがる!!」
!
次の瞬間機体を白いMSへと戻すとヤツのMSが俺の機体へ斬擊を放っていた。
しまった!
モニターが眩しく光る。
!?
一瞬死を覚悟したが機体に異常は無く閃光から回復したモニターの先には先程よりも小さく白いMSを映し出し、その近くを先輩のシルフィが他の砲台の攻撃を避けながら反撃のビームを放ち飛び回ってていた。
「ここはもういい! お前は母艦へ行け!! 船が危ない!!」
状況は飲み込めていなかったが短い時間で先輩の言葉の意味を考えた。
そうだ。
あれはミノフスキー粒子が漂う空間であればどこまでもコントロールが利く通信方法を持っている。
ヤツはただ俺たちを倒す為に砲台を放った訳ではない。
ディープ・ヘルメを墜とす為にだ!!
スロットルを最大にしペダルを奥まで踏み込んで砲台の後を追った。
間に合え!