降り続く雪 グラソン家別邸にて
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※フローリア公爵視点とヒースコート視点です
降り続く雪
「雪がやまないな……」
「あなたの大事なリファーナが消えて、さぞ意気消沈なさっていらっしゃるのでしょうねぇ」
ノックもなく書斎のドアが開き、数か月前に結婚した我が妻アグネータが入って来た。彼女はどうやら嫌味を言う為だけに書斎へやってきたらしい。大雪の影響で外に遊びに行くことができず、退屈なのだろう。
花の聖地の街だけではなく、このシュクシュケヴァット王国全土で同じような状況だ。更には聖地を国内に持たない諸外国にも影響が出始めた。一体何が起こっているのかと王国へは問い合わせの書簡が届いているようだ。
聖地の音楽隊の皆が何度も演奏を捧げるけれど、精霊の姿は戻らず雪が降り続いている。頼みの綱のラーシュ・グラソンは引きこもり、再起不能のようだ。愛する婚約者が連れ去られ、帰って来ないのだから当然かもしれないが、このままではこの王国に深刻な事態が訪れるだろう。
「まあ、今でも十分な事態なんだがね……」
「何か仰いまして?」
「ごめんね、アグネータ。今、それどころではないんだよ。君の相手をしてあげられる時間が無いんだ。緊急事態なのでね」
アグネータはあまり状況が理解できないとみえる。そこまで愚かだったかな?と考えつつ、私は手元の文献に目を落とした。私は今精霊や歌姫、聖地の文献を片っ端から調べ漁っているところだ。集めたはいいが目を通してない文献も山のようにある。やはり専門の人間を雇い入れて整理を頼むべきだったか……。後悔はするが、今はそんなことを言っても仕方がない。
「大袈裟ですわ……。雪なんて春になればやみますもの」
「ああそうだね。雪は止むね。その代わりに大雨は続くかもしれないけれど……。大嵐が来るかもしれないね。もしくは大規模な干ばつが起こるかもしれない。この王国で精霊の加護を失うという事はそういう事だよ」
「…………」
古代史ではこの辺りは気候は厳しく、土地は荒れ放題だったそうだ。大きな戦に負けて逃げ延びた先人達が歌を歌って精霊を呼び出し、救いを求めた。その声を聞き届けてこの地は穏やかで豊かな土地になったのだと伝えられている。王国でも対策を講じてはいるが、自然災害による人的被害を抑える方に力を割かざるを得ない状況だ。
「精霊を呼び戻すのなら、他の聖地から歌姫を借りてくればいいじゃありませんか」
「歌姫の共演は素敵だったよ。しかしリファーナ嬢の不在のままそうすれば恐らくこの地の精霊王の更なる怒りを買うだろうね」
「…………っ!リファーナが何だって言うんですの!!」
「精霊達には縄張りのようなものがあるんだよ。君の妹君はこの地の精霊達に選ばれた歌姫だ。だから代わりは誰にもできない。特別な存在なんだ」
「……私だってクラヴィーアの名手と呼ばれたのに」
悔しそうに顔を赤くして俯くアグネータ。
「そうだね。勿体なかった。かつて私は君にも注目していたんだ。もしかしたら精霊の奏者になれるんじゃないかって。君にはとても才能があって、とても上手だった。でもそれだけだ。精霊には君の音は好まれなかったみたいだね」
「…………っ!貴方が私を好きじゃないようにね!」
「…………今更何を言ってるんだい?」
この大雪で身動きがとれなくなるまでは、たくさんの友人達と遊び歩いていたのに、恨み言を言われるとは驚いた。
「みんないつもリファーナばっかり!」
「そうかな?少なくとも君のご両親は妹君より大切にしていたみたいだけれど」
「私が美しくて優秀だから、添え物としてちょうど良かっただけですわ!愛されていたわけじゃない!」
ああ、この人はまだ幼い子どもの心を残しているんだな。
「……理解していたのならば、クレソニア公爵令息との関係を大事にすれば良かったのに」
「あの方は、優しいだけよ!あの方も私を愛して無かったわ!あの方が好きだったのはマーガレット様よ!」
恐らくそれは誤解なのでは?そう思ったが、今更なので何も言わなかった。
「では君は?」
「え?」
「君は愛される努力をしたの?愛を試すばかりで、クレソニア公爵令息と向き合ったの?」
「私はっ…………」
「確かめるのが怖くて逃げたのだろう?」
「あ、貴方だって!リファーナに何も伝えずに私と結婚したじゃない!逃げたのは同じでしょう?」
「伝える必要は無いよ。理解されるかどうかはわからないが、私が愛しているのは「精霊の歌姫」である彼女だからね。彼女がそうあれたのはグラソン君を愛していたからだ」
「は?」
「彼女も君同様両親からの愛情を感じずに育って来た。けれど君とは違ってラーシュ=オーラ・グラソンを愛することができた。だから彼女の歌は精霊に受け入れられているんだ」
「……」
「彼女が絶え間なく努力を続けてこられたのもグラソン君あっての事だ。二人の間に割り込もうとするほど愚かではないつもりだよ」
本当はほんの少しだけ胸が痛むことがあるけれど。
「さあ!私は忙しい。出て行ってくれるかな、我が妻殿?王国の危機が去って、落ち着いたら新婚旅行にでも連れて行ってあげるよ」
「結構ですわ!!」
淑女にあるまじき足音を立て、乱暴にドアが閉じられた。その拍子にあちこちに積んであったいくつかの文献が床に落ちてページが開く。
「うーん。愛情あふれる家庭を作るのは難しいなぁ」
自分が普通じゃない自覚はある。しかし今はそれを悩んでる暇は無いんだ。この国で生きるためには今の状態を打破しなくてはならない。私は調べものに戻るべく落ちた本を拾い上げた。開いたページには……
「見つけた……!」
希望の光となる言葉が記されていた。
「これは豪華な新婚旅行に連れて行ってあげないといけないな。まずは聖地巡礼の旅かな?」
グラソン侯爵家別邸にて
まさかこの方がここまでになってしまうなんて。ラーシュ様が自室に閉じこもったまま出てこない。もっと冷静で理性的な方だと思っていたのに。日に何度も呼びかけるが返事が無い。ここ数日運ばれる食事にも手を付けてくれず、クラヴィーアの前に座ったまま動かない。もしかしたら夜もベッドに入ってないのかもしれない。
「リファーナ様の事は心配だが、これではラーシュ様の体が壊れてしまう」
私は主の自室の前でもう一度声をかけようとしていた。
「ヒースコート様、お客様がおみえです」
サーラが来客を伝えてくれた。彼女も我が子のように大切にしてきた主の不在に憔悴しているが、気丈にもいつもと同じように働いてくれている。
「こんな雪の中を一体どなたが……?」
私はエントランスへ急いだ。
「こんな日にこんな所までお越し下さるなんて!さあ、早く中へ!体調は大丈夫なのですか?精霊の歌姫様!」
雪が降りしきる中、馬車を降りたのは今は引退された精霊の歌姫エミリア・ブラウン様だった。
「突然ごめんなさいね。体調は今は大丈夫なのですよ」
応接室へ案内しようとしたが止められた。
「グラソン様にお会いしに来たのよ。急ぎだからすぐに会わせてくださる?」
「それが……」
「そう。いいわ。お部屋の前でお話をさせていただきます」
こちらの言いたいことを理解したのだろう。けれどあの状態のラーシュ様を晒していいものか……。
「いや、しかし……!」
「こちらへどうぞ!」
「サーラ?」
躊躇する私を尻目にサーラが精霊の歌姫様を案内して行く。
「こちらです」
「ありがとう」
女性達は微笑み合うとドアに向き直った。精霊の歌姫様がドアをノックする。
「リファーナさんを取り戻す方法が見つかったかもしれないわ」
ガタンッ!!
部屋の中で音がして、ドアが勢いよく開いた。
「まあまあ、酷い顔色だこと……」
姿を見せたラーシュ様は服も髪も乱れ、到底貴族令息に見えなかった。ああ、それほどまでにリファーナ様の事を想っていらっしゃるのか。
「しゃきっとなさい。そんなお顔のままでは貴方の歌姫は帰って来れないわよ」
精霊の歌姫様は一枚の紙片を取り出した。
「これは……?」
「セドリックが見つけてくれたのよ」
「フローリア公爵が……」
「かつてこの地に精霊を呼び出したとされる歌」
「!」
「時の聖地への扉を開く歌」
ラーシュ様の瞳に光が戻った。
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