幸せな時間
来ていただいてありがとうございます!
失言だったぁ……。
沈黙が流れる。しばらくして口を開いたのはラーシュ様だった。ラーシュ様の顔はまだ少し赤い。
「何かあったの?リファーナがそんな事を言い出すなんて……」
「えっと、その、あの……」
あ、頭が働かない。とんでもないことを言ってしまった気がする。どうしよう、全部説明する?前の時の事を言わないで、聞いたことだけを話せばいいわよね。あれってたぶん精霊様が聞かせてくれたことだものね。
「……何か変なことを聞いた?」
ぎくっ、ラーシュ様って本当に勘が鋭いのね。
「昨日はたくさんの貴族連中がいたから何かおかしなことを聞いたのかもしれないけど、気にしなくていいよ」
ああ、そういう風に受け取ってくれたんだ。追及されなかったことにホッとした。もしかしたら貴族社会では普通なのかもしれないけど、あんな話はしたくないもの。というかラーシュ様、何故か気もそぞろって感じだわ。
「けど、リファーナが子どもとかって言うと破壊力があるな……」
「え?」
ふいに手が引かれてラーシュ様の腕の中に閉じ込められた。
「知ってるよね?僕はこれでも結構我慢してるんだけど……」
「あ」
唇が重ねられる。秋の少し冷たい朝の空気で体が冷えてたみたい。ラーシュ様の温かさでそれを知った。
「んん……」
「ほら、こんなに冷やしちゃ駄目でしょ」
ラーシュ様の頬が私の頬に摺り寄せられた。もう一度口付けられて今度は反対の頬に……。そしてそのまま、首筋に……。待って、それ以上いくと……!
「あ……」
体がびくりと震えた。どうしよう。足の力が抜けそう。
閉じかけた目の端に光が動く。何?周囲にいた精霊様達の動きが急に激しくなった。
「ラ、ラーシュ様、精霊様達が……」
私がなんとかそう言うのと、ラーシュ様の唇が離れるのと、誰かがやって来る足音が聞こえたのが同時だった。朝食の準備ができたことを知らせに来てくれたメイドさんだった。まだ私はラーシュ様の腕の中だった。離れなきゃと思うけれど足に力が入らない。
「ちょっとめまいを起こしたみたいだね」
そう言うとラーシュ様は私を抱き上げて部屋まで運んでくれた。心配してくれてるメイドさんにはなんとか笑って返事できたけど、顔が熱くて恥ずかしくてずっとラーシュ様の胸に顔を寄せていた。
それからというもの、ラーシュ様との距離がより一層近い気がする。物理的に……。さすがに練習中や演奏会の時は別だけれど、それ以外はずっと……あ、それは前からだったかもしれない。思えば私、ラーシュ様と一緒にいる時間はとても長いんだわ。たぶん今回の時間は家族といるよりずっと長い。そして来年結婚したらその先の人生もずっとラーシュ様と一緒にいられる。幸せすぎて本当にめまいがしそう。ふと、あの絵本の女の子を思い出す。大好きな人(精霊様)とずっと一緒にいられるのはとても羨ましいって思ったけど、私も同じようになれるんだわ。
「リファーナ、結婚式のドレスの仮縫いが終わったって。今日はクロス夫人のアトリエに行こう」
ラーシュ様が私の背に手を当てて、手を掬い上げる。更にその手に口づける。前までは背に手を当てるまでだったのに、最近はスキンシップが多く感じる。いつでもラーシュ様とずっと手を繋いでいたり、ラーシュ様に肩や腰を抱かれていたり、夜は部屋に戻る直前までずっとソファーに寄り添いあって座ってる。最初は恥ずかしかったけど、今は恥ずかしくはあるものの、当たり前になりつつある自分がちょっと怖い。ラーシュ様と離れていられなくなってしまいそう。
「素敵……」
トルソーに着せられた、デザイン画通りに作られたドレスを見て呟いた。ドレスはアトリエの中央に、窓からの柔らかな光の中に静かに咲いてる花みたいだった。温かな春色の白いドレス。こんなきれいな物
を私が着るの?
「僕は当日を楽しみにしてるから」
ラーシュ様はアトリエの外に出て行ってしまった。
「ではリファーナお嬢様、こちらへ」
クロス夫人とアシスタントの方々に手伝って貰って着せてもらったドレスは私にピッタリと合うものだった。サイズは。でもこれ本当に私に似合ってるのかしら……。
「大丈夫です。とてもお似合いですよ」
クロス夫人が優しく微笑んでくれた。え?クロス夫人も凄い人?驚いて夫人の顔を見ていると夫人は声を出して笑った。
「わかりますわ。とても不安そうになさってらっしゃいますもの」
ああ、顔に出てるのね。もしかして私ってわかりやすいのかしら。もしかしてラーシュ様にも私の顔のせいで色々わかっちゃってる?うーん、ラーシュ様のはやっぱり天才的な勘のような気かするわ。
「さあ、細かい調整をして本縫いに入ります。完璧に仕上げさせていただきますわ。もう少し刺繍なども増えますからね。来年の春がとても楽しみですわね」
クロス夫人もアシスタントの皆さんも笑顔だから、私も自然と笑顔になる。
「来年の春……。はい、とても楽しみです。皆さんよろしくお願いします」
幸せ。なんて幸せな時間……。鏡に映るドレス姿の私はたぶんそれまでで一番の私だったと思う。
冷たい風が凍るような風になって冬がやって来た。寒い季節の間は精霊様達の活動量が少なくなるから、演奏会の頻度も減っていく。定期演奏会も新しい年を祝うものが一つだけ。後は大雪になった時の合唱会くらい。ただ、その分一回の演奏会の熱量が増えて曲目が多くなる。だから練習量は減らないし、返って一曲一曲をより深く練習していく感じになる。
そして定期演奏会の後はしばらくの間お休みになる。学園も冬休みの期間が重なるから、完全休養期間なの。一年で一番ゆっくりできる期間かも。私は学園の課題をこなしながら、ほとんどの時間をラーシュ様と花の聖地の街のグラソン公爵家の別邸で過ごした。
ラーシュ様とお茶を飲みながら話すのは、主に結婚式の事。招待客や、結婚披露のパーティーの事。新居の事。時にはヒースコートさんやサーラも話に加わったりして穏やかで賑やかで楽しい時間が過ぎて行った。
音楽隊の休養期間が終わり、学園のお休みが終わり、聖地の音楽隊への入隊試験の日が近づいてきていた。
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