夏の後に
来ていただいてありがとうございます!
「夏休みはいかがでしたの?」
「ずっと領地でしたわ」
「たしか海が近いところでしたわよね。羨ましいですわ」
「景色は良いのですけれど、何もないところなのよ。王都の方が良かったわ……」
「僕はずっと領地の仕事を手伝わされたよ」
「俺はずっと川で釣り三昧だった!」
「それ、逆に大丈夫なのか?」
「ん?何が?」
「まあ、いいけどさ」
「ブライアン様のお屋敷でご親戚の方々にご挨拶まわりをしましたの」
「メアリー様もご卒業後にご結婚予定ですものね」
「とても緊張してしまって……気に入っていただけたかどうか……」
「ご心配にならなくても大丈夫ですわよ。メアリー様なら」
スモールウッド学園の夏休み明けの最初の登校日。この日は授業は無くても全員出席が義務付けられている日なの。休み明けのいつもの会話が聞こえてくる。結婚式かあ。やっぱり学園の卒業後すぐに結婚する人もいるのよね。私もその一人だし。星の聖地から帰ってきた後、残りわずかな夏休みの期間は課題と聖地の音楽隊での練習で終わった。……あと結婚式のドレスのデザインの話し合いも。
前の結婚式のドレスは言われるままに公爵家の代々のドレスの丈をつめたものを着ることになってた。正直、婚約を解消された自分には勿体ないくらいの優しいお相手だと思ってたし、どんなドレスも美人じゃない自分には似合わないくらいまで思ってたから、あまりこだわりは無かったの。
「すべてオーダーメイドで作らせるから」
だからラーシュ様の言葉に凄く驚いた。てっきりドレスショップを見て回って決めるんだと思ってたから。まさかお屋敷にデザイナーさんを呼ぶなんて思わなかった。
「お嬢様のご希望をおっしゃってくださいませ」
お母様くらいの年代のきりっとした感じのデザイナーさん、クロス夫人がそういってデザイン帳を取り出して尋ねてくるんだけど、私はとっさに言葉が出ない。だって希望なんて特に無かったから。
プロって凄いのね。
「ふんわりしたドレスがいいです」
なんとか絞り出した言葉に即座に反応して何枚かデザイン画を描いてくれたの!その中から選んだものに描き足したり、線を消したりしてようやくドレスのデザインが完成した。
「いかがでしょう?」
それまで黙って見守ってくれていたラーシュ様にクロス夫人がデザイン画を見せた。
「ちょっと露出度が高くない?」
「このくらいは普通ですよ。むしろ少ないくらいかと」
「でも……」
「花嫁様はベールでほとんど上半身が隠れますから問題ありませんよ。じっくり見られるのはご家族様と新郎様だけです」
渋ってたラーシュ様はそれなら、とあっさり了承してくれた。その日のうちに採寸して、仮縫いが終わったら今度は王都のクロス夫人のアトリエに行くことになった。試着、本縫い、試着、手直しとその後もたくさんの工程がある。ドレスを一から作るのって大変なのね。
夏休みの間の課題の提出も終わって、今後の授業スケジュールも確認できて、後は帰るだけになる頃にアンさんが私のクラスまで迎えに来てくれた。
「リファーナ様、帰りましょう」
「今行きます!」
話していたクラスメイトに挨拶して、アンさんに駆け寄った。
「お待たせしました。迎えに来てくれてありがとう」
「いえ、護衛ですから!……むっ!」
「どうしたの……あ」
突然アンさんの顔が引き締まった。廊下の向こうからやって来たのはフローリア先生だった。
「やあ、久しぶりだね、我が義妹殿」
にっこりと笑って手を振るフローリア先生を、周囲の女子生徒達が頬を赤らめて見つめてる。相変わらず人気が高いみたい。
「そんなに睨まないで欲しいな」
「わたくしはリファーナ様の護衛ですから」
私の前に出たアンさんとフローリア先生の間に緊張感が漂う。
「ちょっとリファーナ嬢に話があるだけだよ」
「フローリア先生、お話でしたら伺いますからどうぞ」
これ以上険悪な雰囲気になるのは良くないわよね。
「まあ、いいか。私達の結婚式をこの秋に執り行う事にしたよ」
「え?お姉様、いえ、姉とフローリア様の?」
ここでアンさんが私の後ろに下がった。フローリア様は少し苦笑い。
「うん。そう。精霊祭が終わってからね」
何だかご自分の結婚式にしては軽い感じに見える。それに婚約からまだ半年しか経っていない。確かにこの国では貴族の結婚は半年の婚約期間があれば認められる。でも大体一年くらいは婚約期間を設けるのが普通なのに。
「アグネータ嬢の強い希望なんだ。彼女は君の後に結婚するのは嫌だそうだよ」
「ええ……?」
私とラーシュ様の結婚は卒業後と決まっているから、その前にという事なのね。それで秋なんだわ……。一年経過後の春だと私とかぶってしまうから。お姉様らしい。私はそっとため息をついた。
「グラソン君と一緒に参列してよ。それについての打ち合わせが近々君の家であるからその内に呼び出されると思うよ。たぶんグラソン君と一緒に」
「そうですか。わざわざありがとうございます」
私が打ち合わせに呼び出されるの?今まではそんなことなかったけど。まあ、結婚式の前日に知らされてこのドレスで参列しなさいって言われるよりはいいかもしれないわ。でもラーシュ様と一緒になんてどんな打ち合わせをするつもりなのかしら……。
「アクロアイト王国へ私も行ったんだよ」
「……え?星の聖地へですか?」
「うん。星の音楽会、見たよ。素晴らしかったね」
「そうですね。皆さまとても素晴らしくて、とても勉強になりました」
あの時来てたんだ……。知らなかったわ。この方は本当に精霊の歌姫がお好きなのね。外国まで行って他の精霊の歌姫様方の歌を聞くなんて。でも確かにクララ様やパンジー様、ハリエット様、他の方々もとても素敵だったから、ちょっと気持ちがわかるかもしれないわ。花の聖地とは規模も違うから、迫力もあったし。
そうだ!台車に乗せたクラヴィーアの事を提案したら、うちでもそうしようかって隊長さんと事務の職員さんが話し合ってたわ。移動が少しでも楽になるといいな。
「素晴らしかったのは君だよ。大精霊が揃い踏みだったよね」
「ご覧になってたんですか……。でも大精霊様が現れるのは星の聖地では珍しくないことだそうですよ」
「知ってる。でもね、あの地の大精霊が一度に全て姿を現すのはかなり稀なことなんだ。しかも君は花の歌姫。別の聖地の歌姫なんだ!これはちょっと、いやかなり珍しい事なんだよ!」
フローリア先生が一歩近づいて、私は数歩後退りして、アンさんが再び私の前に出た。
「やっぱり、君は特別なんだ……!!」
別に私は特別じゃないわ。クララ様だって毎回では無いけれど、大精霊様があんな風に歌を聞きに来てくれるって言ってたもの。でもフローリア先生に気圧されて言葉が出ない。
「リファーナ様、そろそろ参りましょう。音楽隊の練習がありますし、馬車を待たせてありますので」
「そ、そうね。アンさん。では失礼します」
アンさんがいてくれて良かった。助かったわ。
「……ああ、またね」
「フローリア様、姉の事よろしくお願いします」
「…………もちろんだよ」
貼り付けたような笑顔だった。アグネータお姉様とフローリア様の結婚に私が口を挟む事はできない。だけど打ち合わせに呼ばれるというのならお姉様と話をしてみたい。フローリア様は……たぶんお姉様を愛してはいない。前の時、結婚に夢を見ていた私はショックを受けたけれど、お姉様は?納得できるのかしら……。それともフローリア様はお姉様には何も告げないつもりなの?
開けられた馬車の窓、揺れるカーテンの隙間から夏の終わりの日差しと少しだけ涼しい風が入って来る。不安と私にはどうにもできないかもしれないという無力感に苛まれて私は帰りの馬車に揺られていた。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




