冬の星
来ていただいてありがとうございます!
「グラソン様!精霊の奏者になられたのでしょう?」
「素晴らしい事ですわね!」
「よろしければ私の屋敷でのお茶会にいらっしゃいませんか?」
「まあ!それでしたら、わたくしの……」
私、ずっとラーシュ様の隣にいるんだけどな……。目に入らないみたいだわ。
スモールウッド学園は私の時同様、しばらくは大騒ぎだった。特に女子生徒達が。ラーシュ様を取り囲む女子生徒が増えてしまって私は気が気じゃなかったの。ただ、ラーシュ様の態度はいつもとは違っていた。笑顔がほとんど無くて無表情を貫いていた。その状態で返事は単文のみ。
「ありがとう」
とか
「お断りします」
の繰り返しなの。そうしてるうちに話しかけてくる女子生徒は減っていって、今は遠巻きに見ているだけになってきた。
「無表情が地だから。今までは貴族として最低限の愛想は必要だと思ってたけど、面倒だったよ」
「今はもう要らないんですか?」
「兄が侯爵を継いで、僕もその補佐として家の仕事をしていく道もあったけど、リファーナと一緒に聖地の音楽隊で働けるようになったからね。もう特に愛想良くする必要性を感じない」
ラーシュ様は私の肩を抱いて私の顔を覗き込むように首を傾けた。
「これからは笑いたい時にだけ笑うよ」
そう言ったラーシュ様の笑顔はとても自然で今までになく眩しく感じられたの。遠巻きにしてるご令嬢様方が息を呑んで、私の胸もドクンって音を立てた。
そうか、ラーシュ様は学園でもずっと頑張ってたのね。社交……。私にはこういう所が足りないんだわ。もっとこう、笑顔で色々な会話を、たくさんの人とできるように……。
「リファーナ?リファーナはそのままでいいんだよ?無理しないで」
「ラーシュ様ってどうしてそんなに私の事わかっちゃうんですか?」
「リファーナは分かりやすい方だと思うよ。最近はたくさん話をしてくれるようにもなったから嬉しいんだ。リファーナは素直で安心する。でもそれは僕だけにしてね」
ラーシュ様は私のこめかみに軽く口付けた。離れた場所で悲鳴が上がった。
「っラーシュ様……!皆さん見てますよ」
「見せつけたんだよ。いい加減視線がうっとおしいからね」
「視線……」
ラーシュ様の人気は元々高かったし、今はもっと凄いことになってるものね。
私はそっと周囲に目をやった。
「大変ですね……」
「……言っておくけど、女子生徒のだけじゃないからね?」
「そうなんですか?」
そういえば男子生徒の皆さんからも見られてるみたい。さすがラーシュ様、男子生徒からも人気が……
「違うからね」
あれ?何か違った?
「はあ、もういいよ。迎えが来てる。早く練習に行こう」
学園の門の前にヒースコートさんが待っててくれてる。私達はいつもの音楽室ではなく花の聖地の街へ、音楽隊の練習場へ向かった。
「冬の間の演奏会は観客が減ってしまうものだけど、最近は人数が増えてきてるわねぇ」
練習の合間に一休みしながら、ソフィアさんが嬉しそうに話しかけてきた。今練習してるのは定期演奏会用の氷の精霊様を讃える曲。湖一面に氷が張った日に演奏する曲なの。もうそろそろ、その日が来るみたいで気が抜けないの。
「それはラーシュ様が出演してるからですか?」
最近私は学園の授業で忙しくて週に一度の演奏会は免除してもらってる。その代わり来年からはびっしりスケジュールが組まれてる。反対にラーシュ様は卒業に必要なものは去年ほぼ全て修得済みだから、今も聖地の音楽隊の活動に専念できてる。
「そうよ。噂がようやく広まってきたみたいね」
聖地の音楽隊の受験の時という閉ざされた場での出来事だったから、ラーシュ様のことについての噂が回るのはゆっくりだった。
「先週の演奏会は観客の方がずいぶん多かったって聞きました」
ラーシュ様が出演する演奏会はどんどん観客が増えていってる。ラーシュ様が精霊の奏者として認められたことが知れ渡ってきたってことなのね。
「精霊様の為に歌ってるけれど、やっぱり観客が多いと気持ちが上がるわぁ!」
「私はまだ慣れないんですけれど……」
「まあ、究極的には私達は人前で歌う必要は無いんだけどね。要は精霊様のご機嫌を取ってこの国を守っていただくために、私達はいるんだものね」
そうなの。精霊様が加護を与えてくれるから、この国は豊かな実りがもたらされてるし、水害などの自然災害からも守られているし、周辺国との均衡も保たれていて、ここ数百年は大きな戦争も起こってないの。一時、他国で精霊様への扱いがぞんざいになった時には大きな災害がその国を襲ったという。
「私達はいわば聖地の守護隊でもあるわけね!」
「ふふ、そうですね」
ソフィアさんはとても楽しい人で私の大好きな人の一人なの。それに一緒に歌ってると心が一緒になっていくような感覚になれる人。精霊様がソフィアさんの歌が好きな理由が私にもわかる気がする。明るい楽しい気持ちにしてくれる人を嫌う人はいないと思うから。
「さっきは楽しそうだったね、リファーナ」
練習を終えて、グラソン家の別邸へ二人で歩いて帰る。音楽隊の練習場から別邸は歩いて帰れるくらいの距離だから、体力づくりの為にもなるべく歩くようにしてるの。
「はい。ソフィアさんは素敵な人です。私、大好きです」
日が落ちて吐く息が白い。空には凍り付きそうな光を放つ星々。寒いけれどとても綺麗。
「それは妬けるな。大好きは聞き捨てならないよ?」
「ラーシュ様が世界で一番大好きですよ?」
「…………うん」
私の手を握るラーシュ様の手に力がこもった。
「お姉様みたいだなって勝手に思ってるんです」
「色々世話を焼いてくれるから?」
「はい。衣装の着方を教えてもらったり、お化粧を教えてくれたり、他愛無いおしゃべりが嬉しくて……」
「聖地の音楽隊はいい人ばかりだよね」
「はい。ここに来れて本当に良かった」
ラーシュ様と私の後ろをついて来てた精霊様達が、目の前をふわふわと飛び回った。
「もちろん、精霊様達も大好きですよ」
満足そうに(?)光達が明滅を繰り返してる。
夜空の星は遠くにいらっしゃる精霊様の光、湖の上の精霊様の光、幾万の光達が浮かぶ夜の花の聖地の街はとても幻想的。
「こんなに寒いんですから、もうすぐに氷の精霊様を讃える演奏会がありそうですね。その後は卒業式、春休みには国王様との謁見がありますね」
ラーシュ様は国王様とすでに面識があるから、精霊の奏者としての謁見は卒業後に予定されてるの。
「待って、その前に卒業を祝うダンスパーティーがあるよ」
「あ、そうでしたね」
「夏も冬も忙しくてダンスパーティーには参加できなかったし、今回は最後だし一緒に行ってくれる?」
「はい!行きたいです!」
学園のダンスパーティーは参加は自由。本当は前の二回もラーシュ様と一緒に行きたかったけど、本当に余裕が無くて行けなくてとても残念だった。ラーシュ様と一緒の最後の学園でのダンスパーティーだから、絶対に行きたい。
「なんてね。実はもうドレスは注文済みなんだよ」
「え?そうなんですか?」
「うん。楽しみにしてて」
「はい、ありがとうございます!」
「…………それと……」
「ラーシュ様?」
「これを……」
そう言ってラーシュ様が差し出したのは小さな箱に入った星だった。ううん、星の光のような宝石のついた指輪……?
ラーシュ様は私の前に膝をついた。
「来年、リファーナが卒業したら僕と結婚して欲しい」
「!」
「僕達は家同士で婚約が決まったけれど、ちゃんと自分でも求婚したかった」
ラーシュ様の言葉が嬉しくて涙がこぼれた。
「……はい。不束者ですが、よろしくお願いします」
ホッとしたように笑ったラーシュ様は私の指に指輪をはめてくれた。左手の小指に。この国では約束の指って言われてる指に。そしてそっと抱きしめてくれた。
「約束する。もう二度とリファーナを辛い目に合わせないから」
「ラーシュ様にそんなことされたことないです。……練習以外では」
私もそっと抱きしめ返した。
「…………」
「ふふ、冗談です」
「ちょっと本気だったでしょ……」
「さあ、どうでしょうか?」
「全く……」
ラーシュ様の顔が近づいてきて唇が重なった。目を閉じる前に見えた顔が泣きそうに見えたのは私の涙が止まらないのと同じ理由?
その夜、私の指には星の精霊様と、聖地の精霊様とお揃いの光が宿ったの。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!




