14話
お久しぶりです。難産でした。
アオイの視点です。
いい夜だった。
黒くて。あ、でも、ちょっと青っぽい気もするような。とにかく綺麗な空が一面に広がっていて、月も丸くて、大きく見えた。
「言っちゃったなぁ。全部、ハルさんに」
わたし達の――鬼の事情をある程度掻い摘んで話したけど、あんまり分かりやすく伝えられなかったかもしれない。今思えば、説明が足りてない部分もたくさんあった。けど、ハルさんはハルさんなりの理解をしてくれた。
後悔とかは特にない。だって、話して困るようなことは、わたしにはない。ありえないけど、もし困るんだったらハルさんの方。目の前の――自分で言うのはちょっとアレだけど――美少女が、本当は人間じゃなかった、なんてことは、薄々気づいていたとしてもショックだろうし。
そうだ。あくまでわたしは答え合わせをしただけ。ハルさんもおかしいとは思っていたはず。人を軽々と掴み上げたり、打ちつけたり。そういうことは普通の女の子にはできないって。
だから、ハルさんの態度はあまり変わらなかった。あの後もいつもと変わらない調子でおしゃべりしてくれたし、話し疲れたらすぐ寝ちゃった。
人を殺す鬼の前で、安心しきったような表情を浮かべて。
「ほんと、不思議な人だなぁ」
怖がっているようで、怯えてはいない。
恐れているようで、拒んではいない。
そういう不思議な距離感があった。付かず離れず、という言葉がわたし達二人の関係にぴったりなんだろう。その距離感が、とても心地よかった。
わたしもびっくりだった。結構長いこと生きているつもりだけど、こんな気持ちになったのは初めてってレベル。覚えてないだけかもしれないけれど、たぶん初めて。うん。違うくても、初めてってことにしとこ。そっちの方がいい。
そう思うくらいには、わたしはハルさんを気にいってるんだろう。
だから。
「守ってあげたく、なっちゃうよね」
曲がり角を曲がった途端、鉄の匂いを帯びた熱気が頬を撫でた。
ちか、と灯りが明滅している。人間の技術に感心した。折れ曲がっていても街灯ってまだ明るいんだ。
それか、ただ彼女の力加減が絶妙だったのかもしれない。
首から上が、まるで吹き飛んでしまったかのような男の人の死体。それを街灯に叩きつけていたのは、全身を真っ赤な血で染めた少女。
ハルさんが話していた、鬼。
それが、こちらを見た。
「……あぁ?なんだ、お前」
さて。困った。わたし、この鬼の名前知らないや。
伝え聞いた特徴的に、私の知っている鬼だと思ったんだけど、ハズレみたい。
うーん、としばらくうなる。何も言わないのも変だし……。と、そこまで考えて、ぴったりな名前をハルさんが口にしていたことを思い出した。この鬼の話題ではなかったけど、色味はちょうどいい。
「こんばんは、赤鬼さん。わたしは……この辺りを縄張りにしてる鬼だよ」
そうフランクに、にこやかに、できるだけ敵意を見せないように挨拶してみた。
しばらくの沈黙。そして。
「……あぁ。変な趣味の」
なんか、とんでもない納得のされ方をした。
「変な趣味?何?わたしのこと、知ってるの?」
「お前あれだろ、人間に匂いだけつけて放し飼いにしてるだろ?趣味悪ぃことこの上ないぜ」
「……」
あー。
もしかしなくても、ハルさんのことだ。
「もう少しで危うく殺るとこだった。オレも別に鬼と争いたくないからよ、そういう紛らわしいことすんなよ」
「あは。ごめんね?そういうつもりじゃなかったんだ」
「いいぜ。鬼のよしみってやつだ」
けたけた。少女の相好に似つかわしくない笑い方だった。快活で、粗野。ただ、気が回らない訳じゃない。自らそういう性格を演じている。厄介な相手。
「それで?その様子だと放し飼いの件で来たわけじゃないんだろ?何の用?」
ふと、気になったから聞いたとでもいうような雰囲気で、探りを入れてきた。
それなりに長く生きている鬼だ、とすぐに分かった。警戒が解けていない。見た目の表情と、裏の感情がズレている。質感が、違う。
同じ鬼なら分かる気配。それをちらちらとこちらに向けている。わたしの出方を間違いなく窺っている。
それなら、私も単刀直入に行こう。
「この街から出てってくれるかな。正直、縄張りが荒らされるの、迷惑だから」
「……へぇ」
平坦な声。
すぅっ、と細められる目。
「喧嘩、売ってるってことでいいか?」
「ううん。別に?」
まずはこっちも出方を見る。
相手がどういう鬼で、どういう殺し方するのか。
何に拘っているのか。
「死にたいなら、相手してもいいけど?」
「じゃあ死ねよ」
瞬間。
右手に鋭い痛みが走った。ぶくり、と手の甲が、腕が、肩が、あ――。
ぱんっ。
「チッ。今ので死んどけよ」
赤鬼の悪態を無視して、今起きたことをまず考える。
ハルさんは、警官の頭部が破裂したと言っていた。実際、彼女は首から上が吹き飛んでしまったような死体を持っていた。だから、腕が膨らみ始めた瞬間、私は迷わず肩から先を切断した。
切断された右腕は空中で破裂した。弾けた肉片と飛び散った血液が周囲の塀やアスファルトをまばらに濡らして、じゅ、と音を立てている。
肩口から零れた血がびちゃびちゃと音を立てているのを聞きながら、わたしは赤鬼から目を逸らさずにいる。彼女は不機嫌な顔を隠そうともせずに、鼻を鳴らした。
「ま、いいさ。片腕は持ってったんだ。こっから出てくのはお前の方じゃないのか?」
「冗談が下手だね。誰の腕を持っていったの?」
「ハッ。強がりも大概にしろ。そこまで言うならもう片方も――あぁ?」
肩の断面を掴む。ぐちゅ、と音を立てながら、奥まで肉をかき分けて腕を入れ、そしてずるりと引き出す。
真っ白な、くすみ一つない右腕。爪も綺麗に生えそろっている。
「で?誰が、誰の、腕を持っていったの?」
「……へぇ」
赤鬼が片眉を上げた。
別にこのくらい不思議ではない。欠けた腕が生えるくらいは、鬼にとっては当たり前だ。人を殺せば、身体なんていくらでも替えが利く。
ただ、ノータイムですぐに腕が生えるのは、彼女も予想してなかったみたい。
「面白ぇ。跡形もなくしてやるよ」
「さっきから思ってたんだけど、主語と、目的語。ちゃんとした方がいいよ?」
お互いに地面を蹴る。
久しぶりの殺し合いだ。




