13話
かなりお待たせしました。
鬼。
腰に毛皮を巻いて、手に金棒を持ち、角が生えていた肌の色が普通の人とは違う怪物。妖怪として絵巻に描かれたり、人とは相容れない存在として絵本に出てくるような、想像上の生き物。
私が出会った赤い少女が鬼であると、そして、自分自身がそうであると、アオイさんは語った。
「……鬼?」
「うん」
「『泣いた赤鬼』とかの?」
「ハルさんにしては例えが可愛らしいね」
「咄嗟に思いついたのがそれだったので」
あは、とはにかむ彼女の姿は、やはりどう考えても鬼とは程遠い。額に角が突き出している訳でも、肌が赤や青に染まっている訳でもない。
どこからどう見ても彼女は私と同じ人に見える。
「まあ、そういう分かりやすい鬼とはちょっと違うけど、それでも確かにわたし達は人間じゃないの」
ぐ、と私の頭を押さえる手に力が入る。人の頭を鷲掴み、持ち上げて、コンクリート塀に叩きつけることのできる膂力。それは確かに人間離れしていると言えるだろう。でもきっと、そういうのじゃないだろうことはあまり聡くない私にも感じ取れた。
彼女の言っている鬼は例えば残虐な人に使うような比喩ではなく、文字通り、生き物の種別としての話なのだろう、と察せられた。
「最初に殺人鬼って名前を聞いたときは、わたし達にぴったりだなって思った。むしろそのまま過ぎてちょっと笑っちゃった」
「そのまま、というのはどういう?」
「だって、人を殺す鬼、だよ?読んで字の如く、って使い方合ってる?」
「ばっちりだと思います」
「やった。……じゃなくて、ちゃんと説明しないとね」
それまで頭の上に載せられていた手が退けられる。ゆっくりと目を開くと、うすぼんやりと、輪郭が見えた。
「わたし達は人を殺すのが好きなの。そして、人を殺さないと、生きていけない」
「……それは、人を喰う、ということですか?」
「ううん。そういうのとはちょっと違うかな」
すぐに否定した彼女に、私は思わず首を傾げた。人を殺さなければ生きていけないというのは、人が家畜を喰うように、人を喰うのではないのか。
「わたし達は人を殺すだけで、命を永らえることができる。食べなくとも、それだけで生きていける。ちょっと、いや大分不思議だけどね」
「普通の――私達の基準で言う、普通の食事は摂らなくても良い、ということですか?」
「うん。わたし達にとって食事は全部が嗜好品。ちょうど人間と逆だね?」
「逆とは?」
「鬼は人を殺さないと生きられなくて、食事はしなくてもいい。けど、ご飯は美味しく食べられる。人は食事がないと死んじゃうし、人を殺す必要はない。でも、殺すでしょう?」
「そう、ですね」
なるほど確かに逆だった。
そして、それを何の躊躇いもなく言うことのできる彼女は、やはり人間ではないのだろうと思った。人が人を殺すことをこんなにも無感情に語ることができるのは、人間ではない存在だからとしか思えなかった。
「人間が食事に拘るように、鬼は殺人に拘るんだ」
「アオイさんは、拘っているようには見えませんでしたが」
「まあ、面倒だから。でも、中には変な鬼もいるんだ。溺死させないと嫌だとか、どうしても首を斬りたいとか」
「物騒ですね」
「今更。……まあ、だからなのかな。鬼はそれぞれ、不思議な力を使えるんだ。さっき挙げた溺死オタクは空気中の水分を操れたり、あと水の中でも自由に動けたりする。首斬りマニアは手足を鋭利にして何でも切断できる、みたいにね。ハルさんが会った鬼も、そういう力を使ってなかった?」
思い返す。職務質問をしてきた警官達の頭部を、あの赤色の少女は手も触れずに破裂させた。あれが鬼の力というやつなのだろう。
「イメージは、できました」
「それならよかった。後は……あ、そうそう。わたし達の殺人は証拠が残らないの。死体は残るし、報道もされるけど、絶対にわたし達が犯人だって分からない。だから今まで一度も捕まったことがない。まあ、人間の警察なんてどうとでもしちゃえるけど」
「……よく今まで絶滅しませんでしたね、人間」
「まあ、普通は一年に一人殺せば十分だし」
「君は、たくさん殺してるみたいですけど」
「蓄えって大事でしょ?」
いたずらっぽく口角を上げる彼女の姿に、私は納得せざるを得なかった。飽食の世の中と言われるくらい今の人間は食に贅沢だ。年に一人で十分なら殺さないでくれ、なんて人間側の都合でしかない。
それに彼女に手を貸している私はとっくに手遅れの側だった。
「その赤い鬼も似たような感じだと思う。この辺でちょうどわたしが人を殺してるから、それに乗じて自分も稼ごうと思ったとかかな。兎に角、去るまでは外出は危険だね」
「私に手を出す気はなさそうでしたが」
「鬼は気まぐれだから、次はないかも」
「それなら——」
無意識に出かけた言葉を、寸でのところで堰き止めた。
蒼い眼球が、私を見つめている。彼女は私の眼球を通して、その奥にある浅はかな考えまで見透かしてくるような気がして、喉から声にならないものが漏れた。
「――それなら、アオイさんが守ってくださいませんか?」
辛うじて、そのようなことを口にした。
「……気が向いたら、ね」
暗闇の向こうで、仄暗い微笑みが浮かんだ気がした。




