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屋敷での一件から夜が明けて、王都では王制三〇〇周年を記念する式典が大々的に催されていた。天気はあいにくの曇り空だったが、周辺の様々な国から集まった使節団や商売人、大道芸人たちが列を成し、王都の外壁門に長大な列を成す。
年に一度の大きなお祭りに、街の中も今まで以上に浮足立った浮かれようと、騒がしいほどの祝賀ムードでいっぱいだった。
さて――まずは掻い摘んであの一件のその後を語ると、ひとまず僕らは無事に夜が明ける前に地下牢へ戻る事ができた。アレクセイとハイドリクスの二人は、駆け付けた警備兵達によって無事にあの屋敷から救出された。救出の段階でアレクセイは放心状態。ハイドリクスは全身氷漬けだったと言うから、あの中で良く生きていたものだと感心する。
彼らは姫様の口添えとベルナデットの証言により急遽国家反逆の罪で拘束される事となったが、式典の真っ最中で今は沙汰を下す暇が無いため、取り急ぎ地下牢へ留置され処分は後日という事になった。
一方で、本日の式典内で予定されていた僕らの沙汰の言い渡しは急遽取りやめに。理由はハッキリしなかったが、その事を伝えに来たあの士官の悔しそうな表情はしばらく忘れる事が無いだろう。ちなみに、一晩経ってなぜがボロボロになっていた僕らの姿に関心を向けられて、姫様に言い包められた牢番と共に士官に言い繕うのには苦労した。
さて、式典と言えば当初の目的だった調印式だが……当然、ミュールの家は不参加という扱いになった。これで働き口が無くなった――と思ったが、今年はアローの家を含めて五つもの諸侯が諸事情により不参加という異例の事態になってしまったため、該当する諸侯家は当主不在の事実検証を行ったうえで、不慮に於ける正当性が認められた場合、後日改めて調印を行うというファインプレーな采配を王国は下してくれた。
結局、やっぱりミュール家を語って潜入する必要は無かったじゃないか――と言う結果論は水かけにしかならないので考えない事にした。
その間、僕らは地下牢で傷の治療を受けながら新たな沙汰が下されるのを待った。動きがあったのは、その調印式が終わった頃の事。士官が何とも言えない良い表情で僕らの牢へやって来たかと思うと、後ろ手に縄を掛けられて、僕とマルグリット、そしてリアは牢から連れ出される事となった。
「ちょっと、丁重に扱ってよね! こっちはけが人なんだから!」
「ええい、口だけは達者だ! そもそも、だからどうやってそんな怪我を一晩でこしらえた!?」
立場を弁えないというか何というか、明らかに自分達は犯罪者なのにそれを裁く立場の士官に口答えするリアの根性は大したものだ。まあ、彼女のそれが無かったら僕もマルグリットも、今ここでこうして静かに人生の終わりを噛みしめる事は無かったかもしれない。
「リアさん……ごめんなさい、その、巻き込んでしまって……」
一方のマルグリットは昨夜の一件の後から、どこかこういつもの怯えというか自身の無さが無くなって、堂々とまでは言わないが、しっかりと自分の言葉で自分の意見を言えるようになった――ような気がする。
「いいのよ、私にも落ち度はあったし……」
「でも……助けに来てくれて本当に嬉しかったです」
笑いながら答えるリアに、頬を染めて語るマルグリット。そう言えば、マルグリットはリアが裏切っていた事を知らないんだったか。うぅん……彼女はこのまま知らない方が良いだろうな、たぶん。知った所でメリットがあるわけでも無いだろう。
「ルーフェン様も、本当に……本当にありがとうございました」
ニッコリと笑みを浮かべて感謝の言葉を口にするマルグリット。過去形なのはきっと、既に自分の運命を受け入れているから。それはもちろん僕も同じことだったが。
「それで……どこに向かっているんだ?」
リアに絡まれて不機嫌そうな士官に尋ねると、彼は口元をひくつかせながら眉を吊り上げて怒鳴るように答えた。
「謁見の間だ! 国王陛下直々に沙汰を言い渡すとの事……重罪人でありながら、栄誉とも言うべき待遇に感謝すると良い!」
「国王様直々に……」
国王陛下――ロンベル・グダル・ド・エーテルランド。実際にお会いするのはこれが初めてだ。先王に似て武勇に長け、鍛え上げられた山のような体躯を持つと聞いているが……果たしてどんな方なのだろう。
式典の後片付けで大わらわな王宮内を横切って、僕らは謁見の間へと到着した。部屋へ入ると数人の警備の兵士を除いてまだ誰も中にはおらず、僕ら三人は先に王座の前に膝を突かされる。そのまま頭を下げておくように命令され、しばらく経つと、大地を揺るがすような大きな足音が王座へとやって来るのを感じた。まるで発作の時のように、心臓が強く波打つ。何と言うか、単純に緊張していた。
「――彼らが、国家反逆の大罪人か?」
「はっ! ルーフェン・ゴート、及びマルグリット、リアの三名でございます!」
低く唸る猛獣のような声に、士官はまるで自分の手柄を報告するように得意気な口ぶりで僕らの名を国王へと伝え上げた。
「なる程……」
陛下は吟味するかのように喉を鳴らすと、やがてゆっくりと口を開いた。
「ルーフェン、並びにマルゴット、リア。何か申し開きしておくことはあるか?」
陛下の問いに、僕は深く頭を下げたままハッキリとした口調で答える。
「ありません」
「あ、ありません……」
「ありません」
僕のそれに、他の二人も続いて答えた。申し開く事は何もない。何度も言うが、僕らは既に自分の罪を受け入れている。が……ふと一つだけ、胸の内に湧き上がってくるものがあった。どうせ死ぬなら――そう思って、僕は恐れ多くも陛下の御前で口を開いていた。
「陛下……一つだけ、お尋ねしてもよいでしょうか?」
「貴様……無礼であるぞ!」
士官の握る警棒が、僕の肩をびしりと叩いた。
それが丁度やけどの部分に直撃して、この世のものとは思えない激痛が走る。こいつ……死んだら化けて出てやるぞ。
「よい、語らせよ」
落ち着いた様子で僕の問いを促す陛下。
「恐れながら、申し上げます――陛下にとっての『愛』とは何でしょう?」
姫様に問われたその問いを、僕は国王陛下へと申し上げた。
陛下はその問いに対して、一切の迷いもなく、ただ一言で答えて見せた。
「『家族』だ」
「……家族?」
思わず聞き返すと、僕の視界の外で陛下は「うむ」と頷き返してくれた。
「家族――すなわち今は亡き父であり、母であり、最愛の妻であり、娘である」
言葉を補うように、陛下はそう続けて見せた。
「同時に家族とは、余にとっては臣民の事だ。この国に住む、大勢の民――それは皆余の家族であり、余の『愛』である」
――ああ、なるほど。僕はただ納得した。彼は確かに、姫様の父だ。前王の本当の子供じゃないとか、王に相応しくないとか、そういう事はどうでもいい。僕の『愛』である彼女の父である――それだけで、僕にとっては十分だった。
「――ありがとうございます。どうぞ、沙汰をお与えください」
柄にもなく、涙が込み上げた。自分の選択が間違っていなかった事が証明されたような気がして、心のどこかで救われたように思えたのかもしれない。




