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雨上がりのクールドリヨン ~劣等貴族の下克上~  作者: もがみのどか
4章 雨に濡れたフルール・ド・リス
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4-4

 街を一周して馬車は王城の前に戻り、僕はそこで降ろされた。「期待しているよ」と最後に言葉をかけてくれたアレクセイの表情は、澱みを隠した社交界の顔だった。

 小雨の中をゲストハウスの部屋へ戻ると、リアがマルグリットの髪を拭きながら僕の帰りを待っていた。


「やっと帰って来た! どこ行ってたのよ!」


 リアのいつも通りの剣幕も、今はどこか心地がいい。文字通り、まるで夢から覚めたような心地だ。


「いや……見つからなかったから方々駆け回ってな」


 僕はなあなあに答えを返すと、マルグリットの方を見る。

 彼女は僕の視線に気づくと、バツが悪そうに肩を丸めて小さくなった。


「す、すみません……勝手な事をして」

「……それで、見つかったのか?」


 マルグリットは無言で首を横に振った。

 セドリックの手記があれば、国の仕組みを変えられる。

 それが世迷言ではなく、本当の事なのだとしたら僕は――

 結論を急ごうとした思考を、部屋のノック音に遮られる。


「は、はい……!」

「――ベルナデットです。お時間よろしいでしょうか」


 マルグリットが入室を促すと、ベルナデットは変わらずの能面顔できびきびと姿を現した。


「おや……本日もお揃いですね」


 僕らの様子を見比べながら、ベルナデットはボソリとつぶやくように口にした。


「今、散歩から帰って来た所でして」

「この雨の中、ですか?」

「雨中の庭も風情なものですよ」


 眉間にしわを寄せながら真正面から見返す彼女の言葉にそれとなく返事をしていると、納得が行ったのか興味を失ったのか使用人の表情に戻って、一度深く頭を下げた。


「ルーフェン様。急なお話とは存じますが、この後オードリィ様にお時間はございますでしょうか?」

「特に、用事はありませんが」

「それは良かった。では、取り急ぎ準備を整えて王宮中央の塔まで来て頂けないでしょうか」

「構いませんが……姫様のお計らいですか?」

「左様でございます」


 こんな時に……か。いや、お呼び出しはとても嬉しいのだが、とてもじゃ無いが会えるような心境ではなかった。

 仮にも僕らは国を傾ける陰謀に加担している。どんな顔で会えば良いのだろう。


「すぐに準備をいたします。この状態ですので……僅かばかりお時間を頂きますが」

「かしこまりました。リア、お二人のご案内をお願いします」

「わ、分かりました……」


 不意を突かれてキョトンとするリアに、彼女はピシャリと言い放つ。


「私は準備がありますので、これにて」


 それから礼をして、彼女は部屋を去っていった。去り際に、翡翠の瞳が折り返すようにこちらを覗いた。

 何故だろう、彼女は何かと僕を見ているような気がする。何か恨みを買う事でもしたのだろうか……過去の事を彼女も覚えていたのだとしたら、心当たりが無いわけではないけれど。

 手早く着替えを済ませて、リアの案内で約束の場所へと向かう。式典を明後日に控えた今日、王宮の中はどことなく忙しない、ピリピリとした空気に包まれているのを感じる。荷物を抱えた使用人や、紙束を抱える城勤めの貴族達、街の神殿からやって来たのだろう聖職者達が、ちょっと歩くだけでもそこかしこに見て取れた。

 それだけでも昨日とは違った目新しい光景だったが、それ以上に目が付いたのは数部屋おきにすれ違う巡回の兵士達だった。初日に見かけた者達が身に着けていたような儀礼用の飾り鎧ではなく、チェーンメイルやブレストプレートを身に着け帯刀もした戦時体制の者達だ。

 見慣れない顔のせいか時折兵士達の視線を感じるが、僕やマルグリットが持つ紋章入りの小物を目にすると、敬礼で挨拶だけ済ませてすぐに任務へと戻っていた。皮肉なものだが、身分の低い人間と会する時だけは自分も本当に貴族なんだなと言う事を実感できる。それでもアレクセイの語る未来を聞いた後では、彼らの敬意も僕自身ではなく僕の血に対するものなのだと、卑屈に感じる事もできた。

 逆に言えば、僕を蔑む貴族達の目も、僕の血を蔑んでいるだけであり僕自身をそう見ているわけでは無いのではないだろうか。そう考えれば、彼の目指す未来は人として正しい生き方ができる世となるのではないかと――思考ばかりがぐるぐる巡り続ける。

 そんな事をしている内に、廊下の先でベルナデットが僕たちの到着を待っているのが目に入った。


「――お二方とも、お待ちしておりました」


 彼女は僕たの来訪に気づくと事務的な礼で出迎える。


「ええと、この先はお任せして良いんでしょうか?」

「はい、リアは奉仕に戻りなさい」

「はーい」


 気の抜けた返事で答えたリアをベルナデットがひと睨みすると、彼女はそそくさとその場を離れていく。


「――この間に頼まれてるの、調べておくから」


 去り際に僕の耳元でそう囁いて、彼女は鼻歌交じりに廊下の奥へと消えて行った。


「申し訳ございません。担当が彼女で、滞在中に何か不便はございませんか?」

「え……あ、はい、取り立てては……」

「本当に、いろいろと助かっています」

「それは、ようございました」


 引きつった笑みの僕と遠慮がちのマルグリットに、ベルナデットは溜息を吐く。

 助かっている事に関してはウソではない。正直、彼女の持つ、おそらく使用人間での情報網も侮れない。それに意外と面倒見がいいのか、マルグリットの事もしっかりと見てくれる。難はあるが、優秀な人間である事は理解しているつもりだ。


「態度さえ改めれば比較的良い待遇も望めるハズの娘なのですが……いえ、お二方にお話しする話ではありませんね。失礼いたしました」


 リアの事だからおそらくそんな事は分かっているハズだ。だからこそ行動が縛られる誰かの専属メイドになるよりも、今の待遇に甘んじているのだろうと思う。比較的自由に行動できる、今の待遇に。

 彼女もまた現状に、そして現状から地続きの未来にも満足しない人間なのだから。


「だ、大丈夫ですよ」


 マルグリットが答えると、ベルナデットも納得した様子で階段の方を向いた。


「それでは、ご案内いたします」

「どこへ、向かわれるのですか?」


 毎度の事だが、僕達はまだ目的地を聞かされていない。少なくとも、今から城の塔を上る事は分かるのだが……。


「申し訳ありませんが、ここでは申し上げられません。ただ、姫様が先にお待ちです」


 釈然としない答えだったが、彼女もそれ以上語るつもりはないのか一人でどんどん階段を昇って行ってしまったので僕らも慌ててその後を追った。

 王城の敷地には塔が三つあり、それぞれに簡単な愛称がある。西側の『ふとっちょ』と中央の『のっぽ』。そして城門にある『門番』だ。『門番』は言わずもがな見張り塔の事で、背の低いずんぐりした『ふとっちょ』の中は広大な王宮書庫がある。そして、現在登っている王宮の中央にある塔が『のっぽ』。城の中で最も高い位置にあり、何に使われているのかは僕も聞いたことが無かった。

 螺旋階段は壁に沿って遥か頭上まで続いている。小窓からわずかに光が差し込むものの足元は薄暗く、先を行くベルナデットが持つランタンの灯りは大事な光源だ。壁には燭台が等間隔に備え付けられているが、彼女がそれに火を灯す様子は無かった。


「燭は使わないのですか?」

「はい、本日は都合が悪いのでご了承ください」


 機械的に答えるベルナデット。

 都合が悪いと言うのはどういう意味だろうか。行先も教えて貰えないし、不信感は増すばかりである。とは言え、シルフェリア様の言いつけである手前、不穏な事では無い……と信じてこそいるが。既に随分と階段を昇っており、螺旋中央の吹き抜け部分からは下の様子は闇となって全く見えなかった。

 そんな時、階段の先にうっすらと木製の扉が見えて来た。扉と言っても、頭上に迫る天井にはめ込まれた蓋のようなものだったが。ベルナデットは扉の南京錠を外すと、僕らを部屋の中へと誘う。

 僕らが案内されたのは真っ暗な小部屋だった。『のっぽ』の上部についた小部屋の中なのだろうか。窓は無く、ランタンの光が無ければ本当に何も見えない。ここは何の部屋なのだろう。暗闇の中で、後ろをついて来たマルグリットが僕の服の袖を掴んだのが分かった。


「暗闇の中で申し訳ございません。ただ、通路がここしかございませんもので」

「通路……?」


 不安いっぱいの僕らの事などお構いなしに、突然ベルナデットはランタンの灯りを吹き消した。


「きゃっ!?」


 マルグリットの小さな悲鳴と共に、辺りは真の闇に包まれる。


「しばしの間だけ、我慢して頂けますでしょうか」


 暗闇の中で、コルクの蓋を開けるような小気味の良い音が響いた。

 同時にぴちゃりぴちゃりと、何か液体が床に垂れる音がこだまする。


「な、何をなさっているのですか?」


 僕の問いに答えるより早く、ぼんやりとした輝きが部屋の中に溢れ出す。青緑の美しいそれは、エーテルの輝きだった。足元から溢れ出したそれに、僕は慌てて視線を落とす。そこには、部屋の床いっぱいに描かれた巨大な《百合紋フルール・ド・リス》が描かれていた。


「これは……!」


 エーテルは光輝く《百合紋》から湯水のように湧き出して、あっという間に部屋中を包み込んでいく。


「綺麗――」


 うっとりとした声を上げるマルグリットだったが、次第に溢れ出した光で目の前が真っ白にくらんで来た。


「少し慣れない感覚でしょうが、じきに慣れるでしょう」

「何を……っ!」


 瞬間、目を開けていられない程のエーテルが足元から噴き出して僕は思わず身構えた。文字通りエーテルに包まれるかのような感覚。熱や触感は全く無かったが、感覚的にそう理解していた。次いでぐらりと足元が揺れるような感覚。まるで、崩れゆく石畳の上に立っていて、一緒に落ちていくかのような、そんな浮遊感。

 目も最早開いているのか閉じているのか分からない。エーテルの輝きで視界の全てが覆われていた。

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