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「――やはり気になるかね。私の事、彼らの事が?」
「……当然だ」
僕は吐き捨てるように言った。
「実兄だと……? アロー家の現当主は確かにニコラスだ。あなたが本当に兄ならば、何故弟が家を継いでいる? 最も血を尊ぶべき、三大名家ともあろうアロー家が!」
いつの間にか動悸も収まり、僕は抱いた不安をまき散らすように声を荒げていた。
言い切って、ふとアレクセイの表情を伺う。
彼は、とても冷静な――いや、冷めきったような表情で――それでいて、あの濁った瞳を見開いて、僕の事を睨んでいた。ゾクリとした寒気が、背中を伝う。
「……弟が、ニコラスが家を継いだのは、私が家に居なかったからだ」
アレクセイは一度瞳を閉じて息を吐くと、静かに感情の乗っていない声で答えた。
「あの夜、『船』がどうこう……と口にしていたな。あと、ノワズ伯が『島』とも。どこか、遠くへ出ていたのか?」
「その質問の答えは『ウィ』であり『ノン』だ」
「三人は何故死ななければならなかった。彼らがあなたに、何をしたと言うんだ」
「彼らは私の全てを奪ったのだよ。だから殺した」
言いながら、彼は右手で顔を覆った。
「だが、彼らへの復讐は手段の一つ――事の『ついで』ででしかない」
「どういう事だ?」
僕が問いかけると、彼はすくりと姿勢を正す。そうして、僕の目を見据えながら試すように言った。
「――君は、この国のあり方をどう思う?」
「どう思う……とは?」
「見たまえ」
彼は馬車の小窓に視線を向け、僕を促した。
言われるままに窓の外を覗き込むと、ちょうど目抜き通りから一本外れた通りの広場へ差し掛かる所だった。大通りに比べれば人の往来は少ないが、それでも多くの人が通りを行き交っている。
そんな中で、ちょっとした人だかりができているのが目に入った。
人々は何かに群がって、それを鑑賞しているようだった。次第に人だかりが近づいてくると、彼らが見ているものの正体も明らかになる。
人々が集まり、見上げていたのは長い棒きれの先に天を向いてはめ込まれた一輪の車輪だった。そして、そこに括りつけられた人間の変わり果てた姿だった。
「あれは……」
何のことは無い。罪人の処刑と、その後の見せしめの姿だった。
「あの車輪の上の罪人が、何をしたのか君は知っているか?」
「いや……」
当然、知る由も無い。
「薬と偽って毒薬を密輸した異国人らしい。どの国の人間かは、興味の外だが」
確かに、一目見ればこの国の人間で無い事は一目瞭然だ。この間の船乗りのように、隣国から出稼ぎにやって来た人間だろう。
「ルーフェン君は、あれを見てどう思う?」
「どうって……」
痛そう? かわいそう? 自業自得?
言葉にしようと思えば、いくらでも答えは出てくるだろう。
だが、ただ率直な感想を述べるとすれば、これ以外に答えは無い。
「――特に何も」
それを聞いて、アレクセイは鼻で小さく笑った。
「その通り。我々は何も感じやしない。ただ罪人が、法に則って裁かれたに過ぎないのだから。だが――彼らは違う」
彼ら――アレクセイの言うそれは、車輪に群がり見上げる民衆の事だろう。
「彼らはアレに幸福感を覚える。自分が生きている事に。自分が善なる存在である事に。罪人の死を通して、彼らは自分が罪人よりも優れた人間であることを自覚する」
自分が優れている――つまるところ、自分の方が上の立場である、格が高いと。
「だが我々は感じない。それは、我々は生まれながらにして彼らよりも格式が高いからだ。自覚しているいないに関わらず、既に彼らよりも満たされた存在だからだ」
「……言いたいことは、何となく分かった」
「では、質問を変えよう。アレが、我々の世界であったらどうだろう」
「我々の世界……?」
すなわちは、貴族社会という事か?
「どうすれば我々は、自分より優れた者に対して優越感を得る事ができる?」
自分よりも優れた者に優越感を……?
そんな事、僕が一番良く知っているじゃないか。
「――不可能だ。優れた者に対して、優越感を得る事はできない。なぜなら僕らは『生まれながらに優劣が決まっている』。それは普遍的なものだからだ」
「その通り……やはり、君は『理解』しているな」
アレクセイはどこか楽し気に笑みを浮かべる。
「そうやって、この国は一種の普遍的な階級によって平穏に形を保ってきた。当然だ。ピラミッドに積み上げられた石をたまに入れ替えこそすれ、組み替える事はしなかったからだ。安定した形のまま、保ち続けて来たからだ」
血縁主義――アレクセイが言ってるのは、この国を形作っている一つの概念だ。
王の子は王に。名家の子は名家に……親の、先祖のそれを同じ血が引き継ぎ続ける。
生まれながらにして自分の将来が決まっているため、子はそれを目指した教育を受ける事ができ、ノウハウも全て長い年月をかけて親から引き継ぐことになる。そうして代替わりするころには、自分の『役目』を支えるだけの人間に成長しているのだ。
それは、平民でも変わらない。大工の子は大工に。鍛冶屋の子は鍛冶屋に。誰も疑問に思わず、そうなるのが当たり前として小さい頃から生きて行く。ゴート家のようなイレギュラーも時にはあるだろう。だが、それさえなければ決して揺るぐことの無い巨大な建造物。そうやって、この国は成り立っている。
「その社会の仕組みが変わったとしたら、どうなると思うかな? 例えば、血縁ではなく実力でその者個人の価値を決める社会――では?」
個人の実力で価値を決める……?
ざわりと、いつもとは違う胸騒ぎが僕の中に渦巻いた。
「……血縁主義を破壊するつもりなのか?」
「どうだろう……結果的にそうなるかもしれないがね」
「そんな馬鹿なこと――」
口から出た言葉とは裏腹に、口元に引きつったような笑みが自然に漏れた。それを感じ取って、僕は慌てて顔ごと視線を足元へと向けた。
血統主義を無くすだって?
そんな事できるわけがない。
だが、できたとしたら……今までの僕の環境は一変する。
「――本当に、可能なのか?」
「セドリックの手記さえこの手にあれば」
彼の自信がどこから来るものなのか、僕には理解する事ができない。だが、まるでこの国の――いや、世界の全てを見通しているかのようなその瞳の力に、僕は吸い寄せられるように見入ってしまっていた。
他人の瞳を「美しい」と感じたのはこれで二度目だ。
一度目が底知れぬ深さを見出したのに対して、二度目は浅い所すら見えないほどに濁り切ったものだったが。その濁りが人間的で、引き込まれるような魅力を持っていた。




